No.11『手放したのか、剥奪されたのか』

「平戸さん、最初に来た客の時に話してたことなんですけど」

「あぁ、そういやボクの昔話してたんだっけねw」


 俺が話を切り出すと、平戸さんはすぐさま思い出し笑った。正直どうして今のタイミングで笑ったのかわからない。いつもこんな感じだけど。


「でも、ボクの昔話なんて大して面白くないと思うけどなぁw」

「んなことないですよ。個人的に、東西南北校長との関係がすごい気になってます」

「花魁先生w? ただボクが中学一年生の頃に担任の先生だっただけだよ」


 おっと、ここできました新情報。やはり、と言うかそうなんだろうなと予測していた節もあったが、平戸さんと東西南北校長は教師と生徒の関係だったようだ。


「どんな感じだったんですか、その時の校長は」

「どんな感じって言われてもねぇ……w。まぁ、すっごくキラキラしてて、それでいてものすごく初々しかったかなww」

「初々しい……。新任教師だったってことですか」

「うん、そうそう新卒~。本人は言ってなかったけど当時の噂じゃ大学の主席卒業だったらしいよww。あ、あと人に何か教えるってことが得意だとも言ってたね。実際めっちゃ授業わかりやすかった記憶あるしw」


 東西南北校長が授業をしているという情景が一切浮かばない。しかも大学主席卒業とは……。やっぱりスペックはめちゃくちゃ高かったのだ。ただ今現在使っていないだけで。


「ん……でも大学を出て新米教師ってことは、教員免許って持ってるはずですよね」

「そりゃそうだろー。じゃなきゃどうやって教師になるのさw」


 平戸さんは当たり前だろというように笑うが、俺が気になったのにはちゃんとした理由がある。俺と春夏秋冬ひととせが初めて放送で校長室に呼ばれた時、あの時東西南北校長は言ったのだ。『わたしは教員免許を持っていない』と。

 非常勤でもない限り、学校の教員が教員免許を持っていないなんてこと滅多にないだろう。ましてや新卒の新米教師でひとつのクラスを任され担当していたのなら、教員免許を持っていなかったとも考え難い。と言うか持ってなかったらそんな大事な役割任されないと思うんだけど、教育現場の詳しいこととかよく知らんから断定は出来ない。今は謎のままにしておくとしよう。今いくら考えたところでわからないのだから、深く考えたって答えは出てこない。


「でもなんだっけ、最近はあれだよね、全く教育の仕事したことない民間人とかが校長になれたりするみたいだし、そういう感じで教師になったのかもしれないねw」

「あぁなるほど……」


 しかしそれでも少しネックになる部分が残る。例え東西南北校長が免許を持っていないただの民間人である特例的な教員だったとしても、何故新米が一気に校長にまで昇進することが出来たのだろうか。平戸さんが中一の頃に新卒で担任だったということは、単純に計算して東西南北校長の年齢は二十六、七歳。どれだけ優秀な人間でも、教育関係素人の民間人が二十代後半という若さで校長職に就けるとは思えないが……。


「平戸さんが二年生になった時はどうなったんですか?」

「それは転勤したか残ったのかとか、またボクの担任だったのかとかそういうこと?」

「はい」

「……悪いけど、ボクもよく知らないんだよね~w。それに思い返してみたら、花魁先生に昔の話はするなって釘刺されてたんだったしww」


 釘刺されてた割にはだいぶ喋ってた気もするが、お喋りな性格の平戸さんのことだ。きっと考えるよりも先に行動する、みたいな感じで考えるよりも先に口を動かしてしまったのだろう。絶対口軽いだろうなこの人。

 にしてもいきなり色々な情報が多く出て来て難しくなってきたな。少し整理しよう。

 まず平戸さんと校長は担任と生徒の関係だった。そして当時の噂では大学主席卒業の超ハイスペック人間らしいと。教員免許を持っているのかいないのかは謎だが、あそこで俺たちにわざわざ持っていない嘘を吐く意味もわからない。

 となるとだ。

 東西南北花魁は、平戸さんが中学一年生の時には教員免許を持っていたが、それから現在になるまでの五年間でそれをか、もしくはのか。この推測で話を進めるならば、今校長をやっているのにわざわざ教員免許を手放す意味がない。ということは前者の可能性は低いと考えるべきだ。よって東西南北校長は何かしらの不祥事で教員免許を剥奪されてしまったという後者の可能性があるということになる。

 ではその何かしらの不祥事はどんなことだったのかが気になるが、これまでの考えはあくまで推測であって確定ではない。俺のこの考えが丸っきり違うことだってあり得る。

 ただ、もし本当に東西南北校長が不祥事を起こしていたのだとしたら、春夏秋冬の求める校長の弱みが存在することになる。平戸さんがそれを知っているかはわからないけれど、これも少し探ってみるとするか。


「そう言えば平戸さん、始業式の日に東西南北校長が変わっちゃったとか何とか言ってませんでしたっけ」

「あー、確かに言ってたねw。花魁先生に昔の話はするなって怒られちゃったけど」

「昔のこと話されるのが嫌なんですかね」

「どーだろうねぇw。あんな風に無理矢理ずっと笑ってるような先生じゃなかったんだけどなー」


 無理矢理笑ってる。平戸さんからはそう見えているのか。俺から言えば、平戸さんと東西南北校長は常に笑顔なところやマイペースなところなど雰囲気が似ていると感じているのだが、平戸さんはそうではなく東西南北校長が無理矢理笑っていると言う。

 確かにずっとコピペしたような不気味な笑みを浮かべているという印象はあった。と言うかその印象を東西南北校長にも平戸さんにも共通して受けた。だから似ていると思った。しかしながら平戸さんは自分にその意識は無いようで、自分と似ているとは思わず、無理矢理笑っていると感じたようだ。

 いや、ちょっと違うな。平戸さんは別に無理矢理は笑っていない。むしろ、笑うことしか知らないから常に笑っているという感じだ。

 無理矢理常に笑顔を保っている校長と、笑うことしか知らないからずっと笑ってる平戸さん。実は本質は異なっている、似て非なるものなのかもしれない。


「もうこれで昔話はおしまいw! これ以上喋ったらボク、花魁先生に秘密バラされちゃうよー」

「平戸さんの秘密って、何系ですか? 恥ずかしい系? それとも社会的地位系?」

「うーん、まぁボクの場合はきっとバレたら皆んな引いちゃうだろうから、社会的地位系かなw」

「引いちゃう……?」

「そw。せっかく仲良くなった穢谷くんとか春夏秋冬ちゃんに引かれるのは嫌だしね〜w」


 俺はいつの間にか平戸さんと仲良くなっていたようだ。その他人が配慮をしないでいい存在なら、仲の良いと言えると春夏秋冬は夏祭りの時に言っていた。言われてみれば平戸さんに配慮してるつもりはない。まぁそれを言えば春夏秋冬も夫婦島も一二も一番合戦さんも月見さんも祟も、俺は皆に配慮はしてない。故に仲良いことになるのだ。俺の意思で仲が良いと思ってなくても、配慮しなければ仲良いと言えるのだろうかと俺は疑問に思った。だからあの夏祭りの日、春夏秋冬に反論したのだが、よく考えれば俺の問いにアイツ答えてねぇな。


 そんな風に思考を巡らしている時だった。俺たちが今日風俗店に来ている本来の目的を達成する要因が、唐突に発生した。

 ガタガタと室内で暴れているような音が響き、続けて颯々野の悲鳴混じりの叫び声が聞こえてきた。


「やめてってば……っ!!」


 これはもしかしなくても万一の可能性が起こってしまったのか。


「平戸さん……」

「いやーやっとボクらの出番だねっw!」


 平戸さんは小柄な体格からは想像出来ない力でドアを蹴破った。

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