No.22『不機嫌な顔はいつものこと』
電車に揺られること数十分。俺たちは夏祭りと花火大会を兼ねている会場へと辿り着いた。車内は同じ場所を目指す人たちで満員に等しいレベル。ドチャクソ蒸し暑くて死ぬかと思った。特に俺の両隣はキモデブオタクと筋肉野郎だったので熱気がえげつないのだ。
「うっひゃー、電車の中以上にすっごい人っすねー!」
会場を見渡し、人口密度の高さに声をあげる夫婦島。俺の気も知らないではしゃぎやがって。お前ん家富裕層なんだから親に頼んで結果にコミットしてこい。
「そりゃまぁそうでしょうね。夏休みも終わり近いし」
大人も子供も皆、長期休暇の後半に最後の思い出を作ろうと必死なんだ。
それにしても夏休みもう終わりか……。忘れてたのに考えたせいでまた憂鬱になってきた。そもそも不思議なことに夏休みというものは、終わりが近付き始め、やり残したことをやっておこうとしてやることがなくなってしまう、または楽しかった思い出が多いほど、終わるのが切なくなるものだ。
これは人間関係おいても同じことが言える。友との思い出が深ければ深いほど別れが悲しくなり、家族愛が強ければ強いほど死んだ時に悲しくなる。
つまり何が言いたいかって言うと、夏休み終わりに切なくなりたくなけりゃ逆に何もしない方がいいということだ。でもそれはそれで勿体ないって思っちゃうんだもんなぁ。難しいなぁ生きるって(唐突な悟り開き)。
「さて、まず何しましょうか〜」
「はいはい! オレ腹ごしらえしたい!」
一二の問いかけに秒で手を挙げる一番合戦さん。相当空腹なご様子。図体デカいだけが取り柄で今年は受験控えてて、それ以前に高校三年生二回目で、それなのにジムでトレーニングして、その分飯も大量に食って……なんて金のかかるクズだ。親不孝万歳。
「じゃあどこかで食べ物買いましょうか〜」
「オレ、焼きソバ食いたい!」
「焼きソバちょうどそこに売ってるじゃん」
月見さんが近場の出店を指差す。たこ焼き屋とクレープ屋に間に位置している焼きソバ屋。漂うソースの香りが食欲を掻き立てるが、俺は夏祭りに一番食べたいのは何と問われたら焼きソバよりも焼き鳥だと答える。
「おっ、ホントだ。他焼きソバ食うヤツいない? 金くれたら一緒に買ってくるぞー」
「一番合戦先輩にしては気が利きますね。私の分もお願いします」
「オッケー。金は?」
「ちょっと待ってくださいね。穢谷?」
「おい、なんで俺を呼ぶ。てめぇが食うんだからてめぇが払えや」
春夏秋冬は浴衣の柄と同じ小物入れから自分の財布を取り出し、千円札を一番合戦さんに手渡した。なんでそんな不機嫌そうな顔してんの春夏秋冬さん? 俺が睨まれる筋合いが無さ過ぎるんですけど。
春夏秋冬から金を受け取った一番合戦さんが人混みを掻き分けて焼きソバ店へ。おー、さすが二メートル級巨人。遠くからでも見つけやすい。
「花火って何時からなんだっけ?」
「えっと、八時半からですね~」
「今が六時ちょっと前だから、まだ二時間以上は時間あるっすね」
この夏祭り会場は普段は普通に港として使われていて、もちろんことながら海がすぐそばにあり、夜が近まったことにより涼しい風が潮の香りを運んでくる。ちょっとかっこ良く言ってみたけど、あんまり海好きじゃないから俺的には正直潮臭ぇだけなんだけど。魚介類はいけるんだけど、この臭いはどうしても好きになれない。
「食べ物買ってどこか落ち着ける場所で食べてればそれなりに時間潰れるでしょ。まぁこれだけの人がいて落ち着いて食べれる場所があるかどうかだけど」
春夏秋冬がやけに険しい顔をして言う。確かにこんだけ人が多いんだ。ゆっくり出来る場所なんて既に抑えられているだろう。
「あ、それならちょっと待ってな」
唐突に月見さんがスマホを取り出して、誰かに電話をかけだした。少しの間通話し、やがて俺たちに向かって人差し指と親指の先をくっ付けてニヤっと笑った。
「特等席取れた」
「?」
△▼△▼△
「おぉ~! ホントにこれ乗ってもいいんすか!?」
「あぁ。花魁ちゃんに許可は貰った。冷蔵庫の中身も好きにしていいってさ」
「すっげぇ! 二階建てだ!」
「ふ、船の中にも部屋が、ありますよっ!」
「すおーい! おふねー!!」
夏祭り会場からほんの少し離れた波止場に停められている数々の船。その中でも一際目立つかなり巨大なクルーザーに、俺たちは乗船して花火を見ることが出来るようになった。月見さんの言う通り、まさに特等席だ。
「校長先生、ホントにお金持ちなんですね~。こんな立派なお船持ってるなんて思わなかったな~」
「まぁ花魁ちゃんの船って言うよりかは、
花魁ちゃんのものではなく東西南北家のものねぇ……。あの人、やっぱなんか訳ありなのか。ただの金持ちじゃないのは確かなようだけど、別に今深堀りする必要も無い。というかいつだろうと深堀りする必要は無い。人のことをあまり知り過ぎるようなことにはなりたくない。
人のことを知り過ぎると、良くも悪くもその人への思い入れが出来てしまう。俺は人への思い入れをなるべく作りたくないのだ。他人とズブズブの関係になってしまった場合、様々な感情が芽生える。その中には必ずしも良感情だけでなく悪感情も交じっている。俺は他人のことでそんなに色々感情を感じることを面倒だと思ってしまうのだ。そして面倒なことになるくらいなら、仲の良い人間は作るべきではないとも思ってしまう。どこかの恋バナ大好きマネジ二人組も言っていた、交友関係は広く浅くが一番だ。まぁ俺広くも浅くも交友関係持ったこともないんですけど。
だけど校長にはそれは自分が傷付くのが怖いからだと言われた。その自覚はある。というか俺はこれまでの人生をそうして生きてきたのだ。今さら、仲の良い人間を作ろうとしても作り方がわからん。はたから見ればこうして数人で花火を見に来る関係は、仲が良いように見えるのだろうか。
「よーし、やっと飯食えるわ。腹減ってたんだよ~」
「あ、僕も焼きソバちょっと食わしてくださいっす。たこ焼き一個あげるっすから」
「おぉいーぞいーぞ! 交換な!」
巨人とデブは早速テーブルに着き、それぞれ買ってきた出店料理をつつき始めた。
「かーしゃん! おなかー!」
「はいはい、ご飯ね。祟ちゃん、ちょっとそこに座らせてあげて」
「あ、はいっ!」
二人が食べだしたのを見て、ずっと祟の腕の中で静かにしていたよもぎが声をあげた。飯を要求されたヤンママはよもぎ用のご飯を用意する。よもぎは足をプラプラさせてうずうずといった表情だ。俺も買った焼き鳥食べるとしようかな。
「ねぇねぇ葬哉くん」
「ん?」
紙袋から焼き鳥を取り出したところで、一二が何やら不安げな顔で俺の名前を呼んだ。
「あの、朱々ちゃんのことなんだけどぉ……もしかして、あたしたちと夏祭り来たくなかったのかなぁって思って」
「なんで?」
「だって駅くらいからずっと怖い顔してたし、出店見て回る時も全然楽しそうじゃなかったしぃ……グスッ」
「お、おいおい。なんでお前が泣いてんだよ……っ!」
「だってぇ! 朱々ちゃんとっ、遊びたいって思ってるのはあたしだけでっ、朱々ちゃんはそんなこと思ってないだろうしぃ」
一二が泣きながら俺に訴えかけてくる。春夏秋冬が楽しんでいないのに無理に連れて来てしまった、そしてそれは誘ってしまった自分が悪いんだと自責の念に駆られているのだろう。なんだよ一二、おバカで頭の中男の股間しかないようなセックス中毒っ娘のクセに、人の顔色窺うのは上手いんだな。
しかし言われてみれば、と言うかずっと春夏秋冬の表情は険しかった。まぁ不機嫌な顔はいつものことな気がしないでもないんだけど……。でも別に楽しくない感じじゃなかったし、下駄のサイズミスったせいで足痛いだけなんじゃなかろうか。
「聞いてみたらいいじゃねぇか」
「無理だよぉ、朱々ちゃん怒らせたくないもんっ……葬哉くん聞いてきてくださいよ」
「俺なら怒られてもいいのかよ……。まぁいいや、聞いてくるから待ってろ」
「ホントですかっ! 葬哉くんありがとう!」
「わ、わかったわかったから離れてくれっ!」
俺が若干かっこつけて言うと、一二はぱぁっと顔を輝かせてギュッと抱きついてきた。さっきまでの泣き顔が嘘のようだ。魔性な女よのう。そんじょそこらの童貞だったら抱きつかれた瞬間落ちてたわけで。ちなみに俺は将来の魔法使い予備軍なわけで。
兎にも角にも、俺は春夏秋冬に不機嫌顔の理由を聞くべく、クルーザーの二階へと上がった。
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