第2.5話

『気持ち悪い』

 とある町のとある施設。その表門前に、両手で数えられる程度の数人の施設職員とひとりの少年が面と向かっていた。少年は奇妙なほどに口角を上げてニタニタと楽しそうに笑っており、対する職員は皆、強張った表情で恐ろしい化け物を見るかのような目付きをしている。


「それじゃあ職員の皆さん! 五年間本当にありがとうございました! 多感でめんどうな思春期のボクを育ててくれたこのご恩、一生忘れません! またいつかお会い出来たらいいですね! あ、それとこの場にいないヤマモトさんによろしく伝えてください! 多分ボク、一番お世話になっていたと思うので! それでは、もう行きますねwww!!」


 笑って手を振り、施設を出て行く少年。この施設は本来、在所者は許可が下りる、または施設職員の付き添いがあれば外出は可能である。

 だがしかし、この少年の場合は違った。一度だけ施設職員と外出したことがあったが、帰宅したのは少年ひとりで職員は街の路地裏のゴミに埋もれていた。その後施設に戻ったその職員は何故か彼の前に立つと足が震え、過呼吸に陥ってしまうようになったのだ。少年がひとりで帰ってきたのと関係があるんじゃないかと考えた職員は少年に追求するが、少年は『ボクは何もしてませんよw』とへらへら笑うだけ。

 また、ある時は施設外からやって来たカウンセラーとマンツーマンで対話した。二時間のカウンセリングの結果、カウンセラーは精神を病み、二度と社会復帰出来ないような状態と化した。

 またまたある時は、少年より三つ年上の寮の同室の男の子が突然『部屋を変えて欲しい、変えてくれないと頭がおかしくなりそうだ』と号泣しながら職員に頼み込んできた。

 そのまたある時は、施設内で飼われていた子犬六匹全てが一夜にして毛皮を剥がされ死んでいたり。誕生日の職員の机上に犬の毛皮で編まれたマフラーが置かれていたり。同年代の少年たちとゲームをし、負けた際には笑顔で自分の爪を剥いだり。逆に嫌がり泣き喚く少女の爪を笑顔で剥いだり。階段から足を滑らせ、複雑骨折しているはずなのにニタニタして全く痛がらなかったり。そんな少年を気味悪がったイジメっ子たちを暴力で返り討ちにしたり。それを止めに入った職員さえもおかまいなしに痛めつけたり……。

 少年と関わった人間は皆、口を揃えて少年のことをこう言う――――気持ち悪い、と。


「所長!!」

「……あぁ。ヤマモトさんか」


 すっかり少年の姿が見えなくなったところで、白衣を着た女性が表門に駆けてきた。


「か、彼はどうしたんですか。まさか退所させたんですか!?」

「そうだ。彼にはここを出て行ってもらった」

「そんなどうして……。彼には住む場所もないし、親もいないんですよ!? これからどうやって生きていってもらうつもりなんですか!」

「君はいいだろうさ!!」


 ヤマモトの言葉に、所長は声を荒げてそう言った。


「君は、彼に気に入られていたから……何も手出しされなかった。だけどね、君以外の職員はみんな、彼にはいなくなって欲しかったんだよ。スズキくんが最初に彼という存在にPTSDを引き起こし、カウンセリングの先生も、寮の子たちもみんな彼に酷い目に遭わされてきたんだ!」

「で、でも……だからってそんな子を野放しにするのはダメでしょう! 私と共にいることで彼の暴力行為も収まっていたじゃないですか!」

「この状況を見て一目瞭然、事実職員の数は設立時から三十人以上減っている。その全て、彼が原因だ。彼は、この施設の疫病神なんだよ」

「そんな言い方……っ!」


 ヤマモトは所長の少年への侮辱に顔をしかめる。だが実際に元々いた職員のほとんどが辞めてしまい、今では十人にみたない。寮の子たちも少年への恐怖心からか、皆部屋に引き篭もり出てこないのだ。その現状もあって、ヤマモトは口を噤んだ。


「ただ、何ひとつとして対処してないわけじゃない」

「え……?」

「高校への入学手続きをしておいた。彼が編入試験を合格するかどうかだけれど……まぁ、確実に受かるだろうね」

「高校……どこですか?」


 ヤマモトの問いに、所長はポツっと呟いた。


劉浦りゅうほ高校」

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