第34話 5日目⑥

 西日に照らされかけた水槽の中のクマノミが話し出す。心なしかいつもより口調が穏やかな気がする。椎名さんは魚が話していることに驚いている。そしてまた驚く。

「今の声が誰のものかは分からねぇ。だけど、今のは誰かが記憶を忘れようとした。その思いが海に溶け込むはずが、その箱の中に溶け込んだ。そして、その箱はしかっりと閉められ、おそらく黒魔女のお嬢ちゃんしか開けられなかったから、魔法によってだろう。海に沈められた。密閉されたため、箱の中に海水は入らず、他の思いと混ざることもなかった。だから、あんなにも鮮明に聞こえたんだろう。だから、さっきの声の主とその箱を沈めた人は同一人物と考えるのが自然だろう。」クマノミが一気に話し終える。こんなことはこの海に生きていても初めてのようで顔からは分かりにくいが少し面食らっているようだ。

「じゃあ、なんだろう。あの言葉は。」三谷さんが言う。

「魔王とか言ってたよね。」御紋さん。

「彼を選んだみたいなことも。」と僕。

「じゃあ、魔王に仕えてる、仕えてた人ってこと?」椎名さんが言う。

「よくわかんないね。」と僕が言うと、

「短かったしよく分かんねぇのは確かだ。」とクマノミも同調した。その後、沈黙が続く。何せよくわからないことが起きたのだから当然だ。しかしその沈黙がしばらくの間となったのには理由がある。

 スアァー。スアァー。

 どこかで聞き覚えのある音がする。そうかこれは鍵の音。誰もがそう思い当たったとき、これは鍵の入った宝箱なんだそう確信した時、椎名さんを白い光が包んだ。数秒後、光から解かれた椎名さんは、

「なんか、清々しい。これで私もなんかグレードアップしたかな。」と言う。

「何だろうね。するはずだけど。」三谷さんが言う。

「だよね。でも分かんないね。」椎名さんが言うと、

「じゃっできることからしよう。織屋これからどうする。」御紋さんに急に振られて驚きながらも

「次のセクションに移れますね。まだ、夕方になりかけですし。」そう言うと、

「次は、『怨恨の炎』だな。海を渡った方向にあるぞ。」とクマノミが教えてくれた。

「ですって、どうしましょう。私がまた泳ぎましょうか。」僕が言うと、

「さすがにそれは悪いよ。どうしよう。」椎名さんが言う。

「じゃあ、初ちゃん泳ぐ?」三谷さんが訊くと、

「一人嫌だ。」とすぐ断る。

「じゃあ、全員で泳ぎますか。潜水艦を走らせて、オートもあるでしょうから、疲れたら乗り込めばいいですよ。どれくらいかかる?」クマノミに訊くと最短でいけば五分ちょっとだな。との返事が返って来た。

「泳げるね。決定。」御紋さんは元気がいい。それに押されて

「じゃあ、そうしよっか、京華ちゃん。」三谷さんが言う。

「分かったよ。はいっ。」椎名さんが右手を上げると、三人が水着姿になった。

「頑張れよ。達者でな。」三谷さんに海に戻してもらった、クマノミに見送られ、僕らはまだあたたかい海へと入った。

「きゃあ。やっぱ泳げない。」椎名さんの声がする。

「できてるよ。双葉ちゃんも。」御紋さんがほめている。三谷さんに返答の余裕はない。

「こっちの方向ですね。」潜水艦から送った地図を見ながら、先導する。潜水艦もオートで無事動いている。万が一の意味もあったが、これぐらいなら泳げそうだ。はじめの、無理は潜れないってことだったのか。一人で納得しながら、バタ足がかからないようにしつつ泳ぐ。

「はぁ、疲れた。」椎名さんの声からも楽しさが消えかけたころ、僕には砂浜が見えて来た。でも、『忘却の海』のそれとは雰囲気が違う。あっちがマリンブルーなら、こっちはバーガンディレッドだ。一足早く砂浜に立ち、潜水艦を止め、三人を手招きする。あっちには看板らしきものが立っている。さっき、かまどは椎名さんが移動させたから、この辺においてもらおう。そんなことが頭を占めているうちに、三人は到着した。御紋さんに手を引かれながらも、二人も無事泳ぎ切った。

 人間界では烏が山に戻ったぐらいであろうか。そんな夕方だ。

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