架空史の逸史という構造

「今回の話は、35や都市シリーズ、そして他のシリーズなどにも共通する構造である”架空史”と、更にその”逸史”。こういう構造は何処から生まれたのか。どうして使っているのか。そんな話ですね」


「そう言われてみると、みたいな話ですね」


「コレ、私、二代目担当さんにフラっと言われて自覚したのよね……」


「そうなんです? 狙ってやってた訳じゃ無くて?」


「狙ってるとしたら他の部分なんだけど、それが結果としてこうなってた? そんな感じ」


「またいつもの”あれ……? 本気で僕そんなことしちゃってたのか……。どういう……?”案件ですかね」


「その全くポジティブ感の無い転生モノみたいなアレは何よ一体」


「まあ何はともあれ構造的な話です」


「うん。ぶっちゃけあらゆるフィクションは逸史よね。――終わり」


「続く」


「エー」


「エーじゃなくて、ハイ」


「いや、本気で。あらゆる”物語”は”物語”のシステム上、時間の経過というものがあるのよ」


「ああ、まあ言われてみると」


「これも定理の一つだと思ってるんだけど、時間が経過しない物語って作れないのね。

 これは物語を表現する文章が、意思伝達の定理である”相手と自分の中にある共通の知識を喚起する”というものである以上、”発生”という時間経過が必ずついて回るの」


「それを無くすことは出来ますか?」


「叙述を使えば何とか」


「出来るんですか? 叙述?」


「ええ。つまり何かが起きた瞬間の描写をやっておいて”これは時間が経過しない一瞬のことであった”と書けば、やはり意思伝達の定理に則って、その一文は発生するけど、だからこそそれ以外のものは”時間が経過しない”ことになるわ」


「写真や絵が優れてるのは、時間停止状態を画像として保存、共有出来ることよね」


「写真や絵を文章で描写すれば、間接的に時間停止状態を文章表現していることにもなる……?」


「表現にもよるわねー……」


「何か話がズレましたね」


「まあそんな感じで、理解して欲しいのは、物語を書き出した以上、それはどんなに小さくても、舞台となる世界における”史”になるということなの」


「あとはそれが正史か逸史か、ということですね」


「……逸史の意味、解らない人、いますかね」



・逸史

:正史には書かれていない史実。


「勘違いされやすいのは、逸史=偽史ではないこと。つまり舞台となる世界の中では実際にあったことで、ただ正史にはなってない、ということね」


「そういう意味では”歴史的事実”として、国史とかナンタラ史に匹敵する、というスケール感ありますね」


「まあ感じ感じ。で、――フィクションの場合は偽史ね。」


「それらが、現実の世界・架空の世界、どちらにあるか、ということですね」


「ええ。分類するとこうなるわ」



・現実の世界(現実史)

 :正史

  :現実の世界で認められている事実

 :逸史

  :現実の世界で表に出ていないが実際にあった事実

 :偽史

  :現実の中で実際に無かった想像


・架空の世界(架空史)

 :正史

  :架空の世界で認められている事実

 :逸史

  :現実の世界で表に出ていないが実際にあった事実

 :偽史

  :架空の世界の中で実際に無かった想像


「更に、これらを、フィクションとノンフィクションで分けてみるわ」



・現実の世界(現実史)

 :正史

  :現実の世界で認められている事実

   :ノンフィクション

 :逸史

  :現実の世界で表に出ていないが実際にあった事実

   :ノンフィクション

 :偽史

  :現実の中で実際に無かった想像

   :フィクション

 

・架空の世界(架空史)

 :正史

  :架空の世界で認められている事実

   :フィクション

 :逸史

  :現実の世界で表に出ていないが実際にあった事実

   :フィクション

 :偽史

  :架空の世界の中で実際に無かった想像

   :フィクション

    ※フィクション内フィクション


「当然といえば当然ですが、架空の世界の話になると全部フィクションですね」


「ええ。あと、現実の世界の正史や逸史であっても、物語として表現すればフィクションになるわ。そこらへん気をつけてね」


「そうして考えると、川上作品ってケッコー面倒くさい”史”にいるような気が……」


「うちらホライゾンのGENESISとか、歴史的に見ると現代からの延長だったりするものね」


「まあ架空は架空として見ると、大体どんな感じです?」


「各世界観で見ると、世界のフィクション度はこんな感じでしょ」



・FORTH

 :現実ベースだが厳密には現実では無い、ややフィクション寄り

・AHEAD

 :現実ベースだが、フィクションをメインで見せる

・EDGE

 :現実ベースだが、フィクションで構成。過去の世界を再現

・GENESIS

 :現実ベースだが、フィクションで構成。過去の世界をフィクションで再現

・OBSTACLE

 :フィクションベースだが、現実を再現したものや、完全フィクションもあり

・CITY

 :フィクションベースだが、過去の世界をフィクションで再現

・LINKS

 :フィクションベースだが、現実をフィクションで再現


「再現、って言っても厳密再現じゃないからね。襲名とか、そういう感覚」


「思った以上にバラバラですね。FORTH→EDGEでフィクション率が上がっていって、OBSTACLEで切り替わる感じでしょうか」


「面白いのは、現実ベースのGENESISより、CITYやLINKSの方が”現実のイメージ”があることよね。これはもう、時代劇よりもサイバーパンクの方が現実っぽいとか、そういう話でもあると思うけど。しかしまあ……」


「何です?」


「こういう中で”その世界で本当にあったこと”を書く訳だけど、確かに逸史にブッ込むクセがあるわよね」


「何かもう35の話じゃなくなってる気がしますが、各シリーズごとの代表作とか都市の話を見てみましょうか」



・FORTH

 :連射王

  →市井の少年の物語

・AHEAD

 :終わりのクロニクル

  →世界の裏というか正史にならない陰での戦いの歴史

・EDGE

 :神々のいない星で

  →地球を離れた外宇宙の仮想空間で九十年代を再現しつつテラフォーム

・GENESIS

 :境界線上のホライゾン

  →遙か未来の地球で、過去の地球の歴史を再現する

・OBSTACLE

 :激突のヘクセンナハト

  →現代を模して作られた異世界で、世界の動勢とは別の魔女達の物語

・CITY

 :伯林シリーズ

  →WW2前夜から最中の、伯林を舞台とした正史の外の話

 :倫敦

  →WW2以前の、倫敦を舞台とした正史の外の話

 :香港

  →香港返還を巡っての、香港を舞台とした正史の外の話

 :OSAKA

  →日本の東西分裂と併合を巡る、OSAKAを舞台とした正史の外の話

 :巴里

  →WW2巴里解放に通じる、巴里を舞台とした正史の外の話


「DTとかは現代話なので割愛ですね。でもまあ、見事に”正史の裏側”率が高い

ですね」


「せいしの裏側……」


「ハイ! ハイ! 段々飽きてきましたね!?」


「つーか見事に正史の横にくっついてきた感ね。

 なお、一番フクザツなのはホライゾンで、正史を再現しているようでいて、実は表向き再現だから、逸史を重ねまくって正史の体裁を整えてるのよね、アレ。

 更にはその中での”逸史”をやってるもんだから、何処まで正史か逸史か解らなくなる部分があって、まあそれが面白さでもあるわよね」


「今ここ35の話なんですけどね……」


「そういう意味では、作中内作品のような、逸史内逸史や架空史内逸史とかを、よくやってるのよね」


「どういうことなんです?」


「いやまあぶっちゃけ、昔からいろいろ作ってきたから”全部独自”になったとか、それが第一だと思うわ。あとは……」


「? 何です?」


「私、知識マウントが凄く嫌いなのよね……」


「また面倒な処を」


「いや、知識の”繋がり”って何に価値を見るかで変わるから、こっちにとっては無関係な話なのに”自分が知ってるのと同じ単語を使ってる”くらいで、別の価値からの知識を突っ込まれたりとか、そんなことされてもね。

 そういうのって”向こうは長文で喋ってるけど価値がズレてるから何を言われてるか解らない……”になるのよ」


「単に持論を言いたいだけの人もいますからね……」


「大事なのよ? ”素人質問ですが”って。アレ、価値の違いで間違った質問したときも自己フォローに回せるから。それは”価値”が幾つもあるって解ってるからこその物言いなのよね」


「それが無いといきなり否定マウントとかになるので、価値は幾つもあると、まずそう思えるようになることが大事ですね……」


「そんな処よね。――で、九十年代って仮想戦記とかファンタジーとかSF? とか? そういうのでそういうのを見かける事が多くて」


「アー」


「だから、誰もが”いや実はそれは違うんですね”って作者から言われるような世界観にすると、読者の誰もが知識マウントされずに済むじゃない」


「つまり歴史とかを書くときに、主導権が”既存の知識”にない世界観にすると、そんな感ですか……」


「感じ感じ。それに知識マウントって、やってしまうと引っ込み付かなくなる人も多いから、そういうのを誘発する作品って、読者間の争いを生んだりして損なのよね。

 皆、”何か知ってるようだが、究極にはよく解らん!”の方が面白いじゃない」


「何か、やたらと飛びましたが、マーそういう設計や発想だと”逸史で遊ぶのが一番安全”ってことですね」


「そうね。特に九十年代後半ってまだまだ独逸のイメージが悪い時代だったのか、初代担当さんが嫌ってて。

 まあそういう面倒なものを避ける、という空気感が、防御面としてはあった感ね」


「それ以外の面としては?」


「やはり浪漫でしょ。正史や、歴史の裏でこんなことがあった、って言うのは」


「大河に関係してる感というか、そういうものですね」


「そうそう。まあそんな感じで、結果として逸史がメインとなってる感ね。

これは今後もその傾向が強いと思うわ」

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