第7話 「ノリの良い鍛冶師」

 アイゼンに案内された先には凄い人だかりが!

 なんてことはなく、ひとりの女性(見た目は)プレイヤーが様々なカテゴリの武器を商売用の布の上に並べながら簡易版鍛冶セットで武器を作っていた。

 客がいないことを考えれば時間を無駄にしない行動ではあるが、逆にその行動のせいで客が寄って来ていないのではなかろうか。


「彼女……で正しいのかは分からんが、あの人が目的の店主か?」

「そうですな。ただ今は作業中のようなので少し待ってあげましょう」


 リアルさを売りにしているゲームでも、実際の鍛冶並に時間が掛かるわけではない。

 武器カテゴリを選択して金属アイテムをハンマーで一定回数叩く。ただそれだけだ。

 叩く回数は武器のレア度が上がるに連れて多くなるらしい。

 が、彼女が作っているのはスキル上げのためかNPCの店で買える初期武器がほとんど。そのため数回叩くだけで金属は武器の形へと姿を変えている。

 それを考えると声を掛けても失敗はほぼなさそうに思える。

 だが……俺は生産者側のプレイヤーではないが、集中しているのに声を掛けられると嫌な時があることは知っている。

 それにどうせ作るなら納得の行くものが作りたいというのが人の性というものだ。ここは彼女の作業が一段落するまで待つべきだろう。


「う~ん……まあ今のスキルならこんなもんやろ。……うん? 何やアイゼンさんやないか。来てたなら声掛けてくれたらええのに」

「ご無沙汰しておりますムラマサ殿。集中されているのを邪魔するのは騎士の矜持に反しますので」

「アイゼンさんはそのへん紳士よな……ところでそっちのお兄さんは?」


 ムラマサと呼ばれたプレイヤーは立ち上がると、軽い動きで近づいてきた。

 タンクトップに短パンとラフな格好ではあるが、逆にそれがすらりとした手足を引き立たせている。プラチナブロンドの髪は短めに整えられているが、その下にある顔は人懐っこそうな印象を受ける。

 もしも現実の容姿がベースになっているのであれば、撫子と同じくらいの美人であるだろう。


「こちらはナグモ殿、私の友人です」

「ほぅほぅ……あれ、確かアイゼンさんって現実じゃあれなんやろ? つまりこの人も……」

「いえ、ナグモ殿は現実でもこのままですぞ。多少髪色などは違いますが」


 アイゼンさん、さらりと人のリアル情報を出すのはどうなんでしょうね。一言くらい俺に断りを入れるべきではないでしょうか。

 まあ……そのへんのことはこいつも分かってるだろうし、ムラマサって人は信用できるんだろう。もしかしたらアイゼンのリアルでの知り合いかもしれないし。


「え……つまり撫子ちゃんの彼氏?」

「なっ……なななな何を言っているんですか!? べべべ別に私と零次さんはそのような関係では。仲の良い殿方ではありますけど……!」

「おふたりさん、そこまでにしようか。さらりとリアルネームが会話に出ちゃってるから」


 ムラマサはもう少し話したそうな顔を浮かべているが、そんなものは気にしない。

 だって撫子口調のダンディさんとは見たくないもん。

 明日葉やアリスと知り合いだから多少のことでは動じないけど、さすがにこれには慣れそうにない。


「クールなお兄さんやな。実にアイゼンさんが好きそうなタイプや」

「ちょっ、そういうことを言うのはやめてもらいたいのですが!?」

「同感だ。現状の見た目だとあっちの方向性になるし。俺は至ってノーマルだから……それより武器を買いたいんだけど」

「ナグモさん、それよりって言いましたけど、割と結構大事な話をしてると思うんですけど! 私との今後に関わるかもしれない話をしてると思うんですけど!」


 え……そうなの?

 いやまあ確かにそうだけど、そこ掘り下げても大丈夫なんですか? 掘り下げていいなら気が済むまで付き合うけど。

 友人のその手の話は聞いても損はないし、撫子はそれなりに美人だからそのタイプだと言われて嫌な気はしないし。


「じゃあやる?」

「え……いや、その……出来ればまたの機会にしていただけると」

「なら何で食い下がったん?」

「それはその場のノリというか、ノリに任せて何か言わないと落ち着かない病気なんで」

「あーなるほど」


 適当に言ったけど納得されてしまった。

 アイゼン……いや撫子よ、お前は誰が相手でも一定の距離を詰めたら態度を変えないんだな。

 うん、俺はお前のそういうところ良いと思うよ。

 世界に男なんて数えきれないほどいるんだし、きっといつかお前が良いっていう男も現れてくれるさ。見た目は良いんだから見た目は。


「そんな同情した目で見るなら自分がもらってあげたらええやん。こっちではこれやけど、あっちでは見た目ええんやし」

「見た目の良し悪しよりも俺は平穏な時間を優先したい。それでいて見た目も良ければ更に良し」

「なかなかに欲望に素直な人やな……まあ嫌いやないけど。アイゼンさんから聞いて知っとるやろうけど、うちはムラマサ。この通り今はまだしがない鍛冶師や」


 差し出された手をそのままにするのも失礼なので握手することにした。

 ゲーム内での性別なんて気にしても真実は異なる可能性がある。ならいちいち意識していても仕方がない。

 だって大体のプレイヤーが美男美女なんだろうし。

 つまり現実の自分を流用している俺はモブということさ。まあだからといって悲観はしないが。

 だって俺は俺だから……見た目が良くても中身がって人間を割と知ってることも理由だけど。


「そんでナグモの兄さんはうちに何の用や? でも先に言うとくけど、うちまだ大したもんは作れんで」

「あぁ大丈夫、俺はロングソードが7本欲しいだけだから」

「ほほぅ、ロングソードいうと初期武器の長剣やな。それを7本……7本? 何で7本も必要なん?」

「ふふふ、愚問ですな。それなナグモ殿が七刀流だから決まっているではありませんか」


 え、愚問でもないと思うよ。真っ当な質問だと僕も思うもん。

 というか……別に俺、七刀流でもないんだけど。7本装備するけど、同時に7本とか使えないし。《ブレイカー》を使うから複数装備しているだけで、基本的に使うのは1本ずつだし。


「なっ……何やて!? 七刀流なんて堕天に出てくる剣帝やん。ま、まさか……7本の魔剣を集めて剣帝を名乗ろうとしとるんか。うち以上のファンやな!」

「いいえ先輩、私以上のファンです!」


 その言い回し……主人公にヒロインの血を吸って強くなりそうな作品を彷彿とさせるね。

 俺もああいう後輩が欲しいものだよ。まあストーカーされるのは嫌だけど。というか……


「ファンでも何でもないからね。原作1巻たりとも読んでないし、剣も基本的にブレイカーしてるから」

「……ブレイカー? ブレイカーというと武器を犠牲に放つあのブレイカー?」

「うん、そのブレイカー」


 隠しておくのもあれだし、流れで言っちゃったけど……

 ムラマサさんの身体が凄く小刻みに揺れてるよ。まあ普通そうだよね。あなたの剣を買いに来ました→壊すために使います、なんて客を快く受け入れる人なんて早々いないだろうし。


「あんた、よう剣を作る人間に壊すための剣が欲しいとか言うたな! あんたは剣を何だと思ってんねん!」

「……消耗品」

「…………せやな」


 もっと怒声が飛んでくるかと思ったけど、まさかのタイミングで消沈したぞ。

 もしかして意外と理解がある人というか、心の広い人物だったりするのだろうか……まあアイゼンと仲良く出来てる人だし可能性はあるか。


「固有名の付いたユニーク品ってわけでもないし、初期武器なんて使うのは最初だけやしな。それに……せっかく作ってくれたものを買うって言ってくれてるんや。買う人が居らんかったら赤字やし……売れる時に売るのが賢明や」

「ムラマサ殿……ナグモ殿、あなたという人は!」

「その流れで俺? 俺が悪いの? ここに連れてきたのお前なのに?」


 いや確かに俺も悪いんだろうけどさ……ここで買うようになって改めて質問された時に言う方がよろしくないじゃん。

 俺は俺として最善だと思う流儀は通したんだけど……少なくともアイゼンにだけは咎めるような視線は向けられたくない。


「ナグモの兄さん、アイゼンさんばっか相手しとらんでうちの相手もして。ロングソード7本買うんやろ?」

「買うけども……ちなみにお値段は?」

「1本あたり150Gでどうや!」


 うおぉぉっそれでいいの!?

 ってなるほどのあれじゃないけど、NPCの店が200Gであることを考えるとお得だよな。となれば


「よし、買った!」

「まいどあり~! あ、ちなみにこれから定期的買いに来たりする?」

「まあ適度に買出しはするとは思うが」

「ならうちとフレンドになろ。今後はナグモの兄さん用に少しでも耐久力のある長剣作っとくから。うちにも定期的な収入があるわけやし、お互いに勝利な関係になろうや」


 NPCよりもお得に武器を調達できるわけだから損ではない。

 ムラマサよりも安く提供してくれる店が見つかるとあれだけど……そんな簡単には見つからないよな。知り合いが多いわけでもないし。知り合いが多そうな奴はすぐ隣に居るけど。


「他にも素材集め手伝ってくれたら武器とか作ってあげるで。他の店に浮気されたら激怒やけどな」

「ふむ……でも束縛とかあまりされたくないんだよな」

「何言うてるんや。うちのスキル上げを手伝ってくれたらそれだけええ武器をお求めやすい価格で手に入れられるんやで。どうせ最初はステータス的な問題で強い武器は装備できんことが多いんやし、ここでの選択は一択やろ。ちなみに……うちはリアルでも美人や♪」


 ここでゲームに関係のない話を出しますか。

 リアルでも美人だと? そんな話に乗るとでも思ってるのか……ふっ、舐められたものだな。


「ほんとでござるかぁ~?」

「お兄さんの隣に証人になってくれる人がおるもん」

「……どうなの?」

「部分的に違うところはありますが、確かに美人ですぞ」

「なるほど……よし、そちらの提案に乗ろう」


 乗るのかよ!?

 なんてツッコミが聞こえてきそうな気もするが、俺だって年頃の男ですよ。美人と知り合いになれるのは嬉しいですって。

 撫子や明日葉が居るって?

 ははは……もう少しまともな奴と知り合いになりたいの。

 あいつらはあいつらで魅力的なところはあるけど、やっぱり普段の言動を考えるとやっぱりあれだからさ。


「商談成立やな。にしても……意外とナグモの兄さんノリええな」

「周囲に居るメンツがメンツなんでな」

「大変そうやな……何かあったらうちのところに来てええで。愚痴くらいは聞いたる」

「私のところに来てもらっても構いませぬぞ」

「いや……それはないわ」

「何ですか!? 私、こう見えて結構色んな人から相談とかされるんですよ。包容力あるねって割と言われてるんですよ!」


 そうかもしれないけど……俺にとっては愚痴になることをしてくる人物のひとりなんだもん。

 それにお前にするならアリスにするよ。

 あいつは口調を除けば一般的な感性の持ち主だし。時折ノリで余計なことしてくるけども。


「アイゼンさん、素が出とるで。その見た目でその言い回しはちょっときついわ」

「そんな頻繁に素に戻るならアバター作り直したら?」

「素に戻るようなことをしているのはあなたですからね! 私だけ悪いような言い方されるのは心外です!」

「それはこっちとしては心外なんだが」

「いやいや、類は友を呼ぶって言うし……普通に絡める時点ではたから見れば同類なのかもしれんで」


 そういう悲しい現実を突きつけるのやめてもらっていいですか。

 はたから見た場合の話をされたらそうなのかなって思っちゃうんだから。俺の精神だって鋼のように強靭じゃないんだし。

 さすがに俺が中心じゃないよね?

 ……いや中心じゃないとしても中心に呼びこまれてる時点で同類なのか。

 よし、これ以上考えるのはやめよう。考えたってメリットはひとつもないから。



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