第10話 便秘女臭メタル

『おっさんが異世界で乙女ゲームの悪役令嬢になりました。婚約破棄される予定の公爵令嬢ですが、お返しに王子のお尻へ「ざまぁ」をしてやります』


「「…………」」


 コゾドーム村への移動中。馬車の中でジョディさんから渡された漫画のシナリオタイトルを見て顔をしかめる。

 俺の横に居たジンも同じように顔をしかめて、長いタイトルをジッと見ていた。

 ちなみに、コゾドーム村まではゲーム時間で4日間、現実だと4時間ぐらいなので他の皆は風呂や食事のためにログアウトしている。


 そう、これはジョディさん曰く「私は別にアブノーマルじゃなくて、これが普通なの。女子は皆、心の中で腐っているのよ!」と、自分が健全な女子であるという妄想を何故か俺にアピールするんだけど、正直言って傍迷惑以外の何物でもない。

 しかも今回は、以前と違ってジョディさんのサポートにアルサが居るから、こちらも御者席からジンを呼んで数の暴力に対抗している。

 ジンもこんなクッソ下らない事で呼ばれたとは思ってもいなかっただろう。


「酷いタイトルだな。お前もそう思うだろ」


 ジンに話し掛けると、返答の替わりにメモを差し出した。


『タイトルが長い』


「安直でベタな答えだが、間違っちゃいねえな」


 そのメモを人差し指と中指で挟んでピラッと向きを変え、婦女子の二人に見せた。


「そのぐらい分かってるわ。だけど、タイトルでストーリーを書かないと、誰からも読まれずに埋もれるだけなの」

「それはネーミングセンスが足りねえだけじゃないのか? 俺から言わせりゃ、スケベなタイトルで購買力を上げただけのブスしか出てこねえエロ動画と変わらねえって」

「このドスケベ野郎」

「お前が言うな、対魔忍」


 俺の例えにアルサが突っ込んできたけど、お前、その「ドスケベ」ってセリフを気に入ってね?


「だったら、レイ君ならどう付けるの?」


 ジョディさんに言われて、この一見しただけだと悪役令嬢ざまぁに見えるけど、よーく見れば変態が一周して女体化してから王子と付き合うから、性癖としては正常なのかと思うけど、眼力凝らして見てみれば、王子のお尻へ「ざまぁ」の部分でやっぱりホモかと落胆するタイトルについて考える事にした。

 まず、タイトルに重複が多い。「悪役令嬢」に「公爵令嬢」、それと「婚約破棄」も「ざまぁ」が代名詞になるから、削って纏める事ができる。

 だけど、それ以外は異性愛を貫く俺だと理解できないから、腐女子の二人に質問する事にした。




「まず聞きたい。この主人公は転生前はおっさんって事でオーケー?」

「オーケー」

「それなのに女になったら王子のケツを狙うのが分からん。ネタとしては百合レズ展開じゃないのか?」

「元はホモのおっさんという設定なのよ」


 おうふ……出だしからヒデェ、ホモが来た。


「よし、ホモは置いとこう。次の質問だ。俺が思うに正常な精神の持ち主のおっさんは乙女ゲームをやらないと思う。それなのにゲームを知っているのは読者から叩かれないか?」

「だからホモなのよ」


 ホモを置いたつもりが、何故か乙女ゲームにホモが絡んできた。意味が分からない。

 それにしてもアレだ。ジョディさんの考えだと、ホモの精神は異常らしい。

 問題はそのホモが好きな腐女子の精神も異常だと自覚していない事か……。


「ホモだから乙女ゲームをやるのか? ホモに加えてカマでオッケー?」

「ブーハズレ。乙女ゲームって攻略相手がイケメン男子でしょ。だからイケメン男子に恋愛する乙女なおっさんなのよ」


 気色悪いおっさんだな。恋愛なんて面倒くせえ事をせずに買春しろよ。


「なあ、ジン。経験豊かなお前に質問だ。おっさんにやられた時、どう思った?」


 再びジンに相談してメモを受け取る。


『イヤだった』

「お前等キメェ、この腐れマン〇ス。だってよ」


 メモの内容と違うけど、文面から心境をくみ取って訳すのがセンスのある翻訳家だ。


「嘘よ。ジン君がそんな事書くわけないじゃない!」

「ドスケベと違って頼めば何時だってモデルになってくれるイケメン君よ。裸にはなってくれないけどさ」


 文句を言うアルサを半目になってジッと睨む。


「ジンが何も言わないからって欲望出し過ぎじゃねえか?」

「そ、そんな事ないわよ」

「そうか? 女って時々調子こいて散々暴力を振るった挙句に、言葉で自殺に追い込むからな。お前もそんなクソブスにならねえように気を付けろよ」

「…………」


 言い返したらアルサが視線をそらした。どうやら多少の自覚はあったらしい。




「それでコイツの落ちは、婚約破棄のざまぁで最終的には王子のケツにチン……いや、主人公は去勢済みの女だからフィストでもブチ込むのか?」

「そうなるわね」


 王子逃げろ、お前の未来はガバガバだ。


「だけど、俺はざまぁとかあまり知らねえからなぁ」


 腕を組んで口をへの字にゆがめると、ジョディさんが頷いた。


「基本的にざまぁは女子向きの話だからね」

「俺が持ってるざまぁのイメージは、そうだなぁ……被害者の振りをした捻くれブスが、ヒロインにキノコトラップを仕掛けて嘲笑う……そんな感じか?」

「キノコトラップって何?」

「ハニートラップの男版。今、思い付いた」

「センスあるわ~~」


 アルサの質問に答えたら、ジョディさんが感心した様子で頷いていた。


「それとさ、王子のケツにぶち込む落ちをタイトルに入れたら、内容バレバレじゃね?」

「私もそう思ったんだけど、やっぱりインパクトは大事よ」


 確かにインパクトは大事だけど、そのインパクトがデカすぎて読まれない場合もあると思う。




 さて、そろそろタイトルを考えよう。先ほどの重複文を削って、ジョディさんから聞いたネタを入れる。

 その結果……


 『ホモの悪役令嬢が王子にフィストざまぁ。肘までめり込ませます』


 うーん、いまいち。これだとジョディさんが言うとおり、数ある小説の中に埋もれる気がする。

 よし、こうなったら思いっきり削ろう。


「『悪役 王子のケツにフィストプレイ嬢』でどうだ?」


 考えたタイトルを言った途端、腐女子の二人が爆笑した。


「「ギャハハハハハ!!」」

「お? 受けた?」

「凄い! さすがレイ君。たったそれだけの文字数で何となく伝わる!!」


 どうやら婦女子のツボに入ったらしい、二人そろって馬鹿笑いをしていた。

 そして、笑い転げる婦女子とは逆に、ジンは呆れ返ってため息を吐く。まあ、俺もコイツと同じ気持ちだ。


 などとアホな時間を過ごしている内に、ゲーム時間で4日目。馬車の行く先にコゾドーム村が見えてきた。




 コゾドーム村の遠くでは魔の森と呼ばれる深い森が広がっているが、村の周辺は閑散とした雰囲気のある農村地域だった。

 道を挟んだ草原には放牧された牛が「モー」と鳴き、ジョディさんとアルサが「ホモォー」と鳴く。

 都会で疲れた熟年夫婦がスローライフを夢見る理想郷が目の前で広がっていた。

 だけど、待って欲しい。シャルエッセンで出会った山賊はこの村の出身だ。この村は理想郷に見えるが、陰では限界集落の闇が潜んでいるのだろう。


「良い所だな」


 俺と同じように外を見ていたベイブさんが話し掛けてきた。

 そんなベイブさんの種族は犬。都会の生活に疲れた中年が望む田舎暮らしを夢見ているのか、それとも放牧されている牛を見て襲いたいのか、どっちなのかが分からない。


「不便そうだけどね」


 適当に答えたけど、本音でもある。

 ただでさえ時代遅れのファンタジー。電気は勿論、ガス、水道だってありゃしない。

 もし、俺が田舎暮らしをするとしたら、自然環境を破壊して、ガス、水道、電気、インターネット環境を作るだろう。


「分かってないな。不便なのが良いんだ。便利すぎる環境は人をダメにする」


 ダメ人間のベイブさんが言うと説得力がある。思わず「なるほど」と頷いた。

 それからベイブさんが田舎暮らしの素晴らしさを語っていたけど、誰からも相手にされていなかった。




 村に近づくにつれて、雰囲気が変わった。

 魔の森のある方向の村はずれではテントが立ち並び、住民の大半は冒険者風の装備を着ていた。

 彼等の表情や様子を見ていたら、何となく昔やった第二次世界大戦FPSゲームのアメリカ軍最前線基地を思い出した。

 あの当時はNPCのドイツ人を殺す度に「F〇ck!!」と叫んで、性欲の替わりにストレスを発散していた。

 ドイツ人には何も罪はないが、俺が薬で立たなくなった故の不幸である。


 馬車が村の中に入ると、村人の全員が見たことのない馬車を二度見してから動きを止めていた。この挙動に慣れた俺の羞恥心はすでにない。

 馬車が宿屋の看板がある家の前で停まったから、俺達は馬車から降りた。


 義兄さんと姉さんが宿泊の交渉をしに宿屋の中へ入っている間、他の皆は宿屋の前で待っていた。

 俺も馬車に寄りかかって待っていたら、好奇心からか鉄の鎧を着た見知らぬ男性が話し掛けて来た。


「アンタ等、何処から来たんだ」

「キンググレイスからだけど」

「へぇ随分と遠くからなんだな。一体こんな村へ何しに来たんだ?」


 この国の国王が受けた毒を調べに来たとは言えない。だから、適当にごまかす事にする。


「俺達はバンドグループなんだ。この村には巡業に来た」

「バンド?」

「…………」


 隣に居たジンが「コイツ、突然何を言い出したんだ」といった様子で顔をしかめた。


「音楽グループって言えば分かるか?」

「ああ、それなら分かる。それで、どんな音楽を演奏するんだ?」

「世紀末シンフォニック・ゴブリン博愛・反騎士道精神・テロリズム推進スラッシュメタル」

「は?」

「…………」


 男が理解ができないといった表情で聞き返し、ジンも理解できないのか、俺を見たまま固まっていた。


「世紀末シンフォニック・ゴブリン博愛・反騎士道精神・テロリズム推進スラッシュメタルだ」

「……分からねえ」

「そうか、残念だ。まあ、ただのコピーバンドだから気にするな」

「ますます分からん。それでお前達のえっと……」

「バンド名か? 『コロン・バースト』だ」

「『コロン・バースト』?」

「直訳すると、大腸破壊だな。重度の便秘女って意味でもある」

「ヒデエな!!」

「まあ、今のは全部冗談だ」

「何だそりゃ! 面白れえ男だな!!」


 冗談と言ったら、男が「ヒデエ」と言いながら笑っていた。




「それで、アンタは誰だい?」


 改めて男を見てみれば、体格の良い30台ぐらいの男性で、顔つきは野性味あふれる渋いツラ。

 上半身は鎧に包まれ、やや長めの剣を腰にぶら下げていた。

 エロで例えるならば、海外のビューティフルポルノに出てくる、無精髭を生やしたイケメン男優って感じか?


「俺はリカルド。『黄金の荒鷲』という傭兵団を率いている」

「イカれた名前の傭兵団だな。まあ、『コロン・バースト』には負けるけど」

「さすがに便秘女には負けるぜ」

「最後にクソしたのが4カ月前の便秘だから、年季が違げえ」

「そりゃ大腸も破壊するわ!」


 互いに笑いながらリカルドの様子を見た。

 ふむ、なかなか冗談が通じる面白い男だと思う。

 俺が持っている傭兵団のイメージは、金で雇われた殺人、強盗、レイプ集団なのだが、彼と話をしてもそんな雰囲気はなかった。


「それで実際は何しに来たんだ?」


 どうやら話が通じそうだから、本当の目的以外の事を話す事にした。


「実は、キンググレイスで仕事をしていたら、シャルエットの領主のお気に入りになったらしくてね。今回も仕事でここまで来たけど、森を見たら巨大な一物が勃起してるじゃねえか」


 そう言って魔の森の塔を顎でしゃくれば、リカルドも塔を見て苦笑いをした。


「俺は起ったら起ったでほっときゃ適当に萎むから放置でいいと思っていたんだけど、うちのリーダーが安請け合いしちゃってね。仕方がねえから勃起させたセクシーな張本人を調べに来たんだけど。アンタはアレか? もしかして、あれのマスをかきに来たのか?」


 そう言いながら、右手をしこしこ動かすと、リカルドが爆笑しながら話を始めた。


「わははははっ。アレを射精させるとしたらかなりハードだな。だけど、残念ながら俺達もお前達と同じで、あの塔を調査しに来たんだ。まあ、凶暴化したモンスターの退治がメインだがな」

「凶暴化したモンスター? そのモンスターは全員メスで、あの塔を見て興奮でもしたのか? 痛てっ!」


 俺が冗談を言ったら、何時の間にかロビンとベイブさんとチンチラがすぐ近くに居て、ロビンが俺の頭を叩いた。


「お前はいい加減、エロで物を例えるのをヤメロ」

「俺はただ健全じゃないユーモアを提供しているだけだ」

「だったら健全なユーモアを提供しろ」

「そんなクソつまらねえユーモアを聞きたかったら、テンプレの小説でも読んで嘲笑ってろや」

「お前達、いい加減にしろ!」


 俺とロビンが言い争いを始めたら、ベイブさんが止めたので口を噤んだ。


「うちのレイがすまなかったな」

「いや、面白かったから別にいいぜ」


 ベイブさんが謝るとリカルドが笑って手を左右に振る。


「皆、残念だけど満員だった。どうやら馬車で野宿するしかないらしい」


 その声に振り向けば、宿屋から出た義兄さんが肩を竦めていた。


「あ、義兄さん、姉さん。こっちにカモンcome on

「何だ?」


 俺が二人を呼ぶと全員が集まって互いに紹介した後、宿屋の食堂でリカルドにご飯を奢る替わりに情報を得る事にした。




※ 新作書いとります。

『ワイルドキャット・カンパニー』 ~俺達 過疎ゲー ゲーマーズ~


MMOじゃなくてMO。

RPGじゃなくてFPS。

ファンタジーじゃなくてSF。

ステータスなし、掲示板なし、おまけにテンプレ全てなし!

興味がある方は是非読んでみてください。

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ガンバルローグ 水野 藍雷 @kanbutsuya

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