第6話 どかまさん
防具屋に行く途中、食料市場があったので立ち寄ることにした。
市場は屋台が立ち並び、大型スーパーとは違った温かい雰囲気があって色々と面白い。
「なあ、ロビン。平成とか令和の日本にもこんな感じの商店街がいっぱいあったんだろ」
「…………」
チンチラが食材を選んでいる最中、暇そうにしていたロビンに話し掛けるとジロッと睨み返された。
「……何だよ」
「どうして私が50年以上も前の日本を知っていると思った?」
「何となく」
ロビンから醸し出される険悪な空気を読み、首を傾げて無知を装う。
「遠回しに私の事をババアだと言っているだろ。前にも言ったが、まだ23だぞ」
「このメンツで一番年配だから聞いてみただけで、そんなつもりはねえよ。だけど、年齢を気にするって事は……話が長くなるから端折るけど、VRでも現実でも無理な若作りは見ている方がしんどいな。ジンもそう思うだろ」
前振りなしでジンに同意を求めると、頭を左右に振って否定していた。
「怖いからって嘘はいかんよ、嘘は。いつまでも自分が若くて美人だと思っている女は手遅れになる前に現実を教えねえと公害になるぞ」
ジンに忠告してから笑顔をロビンの方へ向けると同時に一発殴られた。
「おまたせ」
買い出しが済んだのかチンチラが戻って来る。
「何か美味そうなのあった?」
殴られた顎を摩りながら話し掛けると、チンチラが「うん」と頷いた。
その無邪気な笑顔が顎に響く。
「ここって乳製品の加工が有名みたいで、美味しそうなチーズがあったよ」
芳醇なチーズは熟女の香り。
昔、疲れて寝ているナポレオンの横でチーズの匂いを嗅がせたら、妻の
「へぇ、いいね。んじゃ次行こうか」
俺達の会話を聞いていたロビンが呆れた様子で俺を見ていた。
「……何だよ」
「お前って、相手を選んで会話をしているよな」
「人生を成功させる秘訣は世渡りが上手な事だと教わったし」
「誰に教わったんだよ……」
「姉さんだけど、何か?」
そう答えたら、全員が納得していた。
市場を抜けて大通りを歩いていると街の住人の服装に変化が現れた。
先ほどまでの中世ヨーロッパ村人Aの格好ではなく、日常だと邪魔にしかならない鎧を着たり腰に武器を持ったりと、現実だったら警察に職務質問される格好だと思う。
昨日タイさんから聞いた話だと、この街はモンスターが蔓延る魔の森が近いという事で、多くの冒険者が稼ぎに来るらしい。
冒険者と言っても、俺達みたいなプレイヤーのなんちゃって冒険者ではなく、NPCの冒険者でガチな日雇い労働者。
そして、そんな集団がたむろしている通りに防具屋があった。
店に入るとファッションとは無縁の中年のおっさんが、カウンターの奥で暇そうに座っていた。
どうやら田舎のアパレル業界は衰退の一途をたどっているらしい。
「あら、いらっしゃい」
俺達を迎えるのは、哀愁漂う中年カマ野郎。
リストラを機に新しい職場で挑戦をするのか? 頑張ろうとする気持ちは分かるけど、それでカマになろうとする気持ちは理解できない。
「お気の毒です」
俺が返答すると、アパレルのカマ野郎が首を傾げていた。
女性用防具コーナーを見れば、急所部分をガードしているにも関わらず厚ぼったくなくラインを強調させる防具が並んでいた。
「なあロビン」
「何だ?」
「気付いたんだけど、スタイルだけが良い中年女性は露出度が高い服装をしがちじゃね?」
女性向けの肉体労働者ファッションの限界を感じながらロビンに話し掛けると、彼女は少し考えてから頷いた。
「たしかにそうだけど、頭髪がフサフサの中年男性も年齢にそぐわない服装をしているし、それと同じだろ?」
「ふむ、なるほど……若作りってヤツは誰かが指摘しないと、間抜けな格好になるんだな」
俺とロビンが防具を見ながら会話をしている横で、何故かチンチラがうずうずとしていた。
「ロビンさん。この装備なんてどうですか?」
チンチラがチョイとオシャレで真っ赤な装備を指さしながらロビンに話し掛ける。
どうやら彼女が疼いていたのは、尿意でも欲情でもなく、自分の選んだ装備をロビンに着せたかっただけらしい。
「うーん。色が派手すぎやしないか?」
ロビンはそう答えていたが、お前は今のレースクイーンもどきの格好を鏡で見てから言え。
見た目が美人だから何も言われないだけで、もしお前がただのおっさんでその格好だったら間違いなく通報されている。俺なら確実に通報する。
「だけどロビンさんは顔が派手だから、地味な格好だと全体的にやぼったくなりますよね」
「そうなんだけどねぇ……派手だから派手な色を選択するのは、俗に言うケバイって感じで禁忌なのもあるんだよ」
「……そうなんですか。難しいですね」
チンチラがロビンにダメだしされる。
プロに挑戦して潰される無謀な素人を見ていると、優越感に浸れる事に気付いた。
「色が気に入らないんだったら、店員に頼んでR247 G208 B195にしてもらったらどうだ?」
横から口を出すと二人が首を傾げる。
「何だそれは?」
「RGBで肌色。それなら肌と同化して目立たないぜ」
「なるほど。つまり、傍目から見たら全裸の様に見える鎧を着た私に恥をかけと考えているんだな。死ね」
俺のアドバイスを聞いたロビンが首を掻っ切るポーズをした。
女性の服装選びは犬も食わぬ。パパっと決めればいいのに、試着も始めてクソなげえ。
つまり面倒だから放っておけという事で、女性二人が盛り上がっているのを他所に暇な俺とジンはプラプラと店の商品を見る事にした。
金属や皮の防具が立ち並ぶ店の中は、マニア専門コスプレ屋。
コスプレ屋なんて行ったことないけど、一般人には理解できない品々が並んでいた。
「店員さん。儲かってる?」
「そうね。最近はモンスターが増えてきているせいかしら、順調よ」
おっさん店員に話し掛けたら、オネエ言葉が返って来た。
改めておっさん店員を見れば、背が低く腹が出ているのを無理やりベルトで締め付けて、髭の無い眉を剃った赤ら顔……コイツは驚いた。
「アンタ、もしかしてドワーフなのにカマなのか?」
「悪い?」
「いや、悪くはねえよ。ただ、ハードルの高けえLGBTだとは思うけどな」
店主がおかまのネタはありきたりだから、さほど驚きはない。実際にこのゲームでゲイの宿屋に泊まった事もある。
だけど、そのカマ野郎がドワーフなのは見た事がないし斬新だ。ついでに言えば、闇が深そう。
「なあ、ドカマのおっさん……」
「ドカマはヤメロ、しばくぞ!!」
ドカマがギロっと睨んでドスの効いた声で否定してきた。
ドワーフのオカマだから略してドカマ。どうやら俺のネーミングセンスは相手のヘイトを高めるらしい。
たった数回の会話で相手の地を出させた俺を自画自賛する。
「おっと、すまない。俺も未知なる生物との接触には慣れてないんだ」
「…………」
俺の謝罪をドカマが黙って聞く。
「カマだからといって腫物を扱うような行動は失礼だと思ってね。個性を引き立たせる会話をチョイスしたけど、対応を誤ったか?」
ここまで話を聞いていたドカマは、頬に手を添えて深くため息を吐いた。
「確かに腫れもの扱いは嫌だけど、ドカマはないわ。それで何の用?」
「別に用はない」
「ないんかい!!」
無言で困った顔しかしないジンと違って、良いツッコミをしてくれるオカマである。
「ほら、俺達と一緒に入ってきた女性が居るだろ。今、向こうで防具を選んでる二人だけど。背の高い方の防具を選んでいるんだ」
俺が背後で防具を選んでいるロビンを顎でしゃくりながら話し掛けると、ドカマがロビンを見て眉をひそめる。
「随分と派手な格好ね」
「な、酷いだろ。あれでバリバリの前衛職なんだぜ」
教えるとドカマが驚き、思わずと言った様子で俺に振り向いた。
うむ、オカマなのに女性を全く感じないヒデェツラ構えである。
「彼女は自殺願望者か何かなの?」
「ただの自殺願望者だったら誰も迷惑の掛からねえ所で勝手に死ねばいいだけの話だ。そんなちゃちなもんじゃねえよ。アイツは狂った性癖の持ち主でね、普通の快楽殺人者だったら自分より弱い無抵抗の奴を虐待しながら股間を弄れば満足するだろ?」
「だろ? って言われても知らないわ」
「そうなのか? 理解出来ると思ったけど勘違いだったか。まあ、オカマの性癖はどうでもいいや、理解できないし……。あの頭のイカレた女の話に戻すけど、アイツは殺戮で快楽を得るのと同時に、激しく攻められたいっていう自虐願望を持っていてね。そうだな……プレイで例えるならば、馬乗りになって腰を振りながら首を絞められて興奮するみたいな、マルキド・サドもビックリだぜ」
「マルキド・サドって誰よ」
「作家で俺の師匠」
「碌な師匠じゃないのは確実ね」
話を聞いたドカマは顔を引き攣らせていた。
「レイ、また変な事をしてんじゃないだろうな」
買う防具が決まったのか、離れた場所からロビンがチンチラを連れて声を掛けながら近づいて来た。
「ちげーよ。ただ縛りプレイをするゲーマーの話をしてるだけだって」
「……本当か?」
ロビンが俺じゃなく隣の無口野郎に問いかけると、ジンは深く考えた末に頷き返した。
どうやらコイツは、自分の身より友情を選択したらしい。だけどジンがどんなに友情を注ごうとも、ホモは勘弁。
「……あまり変な事を言うなよ、突っ込むのも疲れるんだからな」
どうやら、ロビンはジンの事を信じなかったらしい。
「なあ、アンタ、店員だろ」
「ええ、そうよ」
ロビンにドカマが頷き返すと、彼女とチンチラが驚いて目をしばたいた。
「ドワーフなのに、オカマなのか?」
「悪い?」
「いや、悪くはない。チャレンジャーだと思っただけだ」
ロビンの突っ込みは俺に似て、ナチュラルに相手の精神を抉る感じで嫌いじゃない。
「軽くてそこそこ防御力のあるのが前提で、肌色以外の防具のお勧めはあるか?」
「あら? プレイ的にそれで満足するの?」
「プレイ?」
ドカマの質問にロビンとチンチラが首を傾げた。
「貴女が命知らずなファイターってのは彼から聞いたわ。少し待ってて、今面白いのを持ってくるわ」
そう言ってからドカマが席を立って奥へと消えた。
「なあ、お前、本当に何の話をしていたんだ?」
店員の姿が消えると、ロビンが俺を睨んだ。
「今、店員が言ってたじゃねえか、アンタが命知らずなファイターだって話だよ」
「じゃあプレイってのは?」
「……姉さんが言うには、俺の話は独特な解釈があって、それが面白いと思うか不快に思うかは相手の力量によるらしい」
釈明にロビンが呆れていると、ドカマが戻って来てカウンターにいくつかの防具を置き始めた。
「私の感だけど、貴女ってあっちに展示してある普通の防具じゃ満足できないと思うの」
ドカマの意見にロビン以外の全員が頷く。
「NPCすら認める色物キャラか……公式認定おめでとう」
「ウルサイ、黙ってろ」
俺の突っ込みを軽くいなしたロビンはが顔を顰めて腕を組む。
「それでね、今カウンターに並べたのは、そんな貴女にオススメのチョット特殊な防具よ」
「特殊とは?」
ロビンの質問にドカマが一つ目の防具を掲げて俺達に見せた。
「例えばこの防具。これを装備すると不思議な事に空腹感が減少するの。ダイエット中の女性に人気の商品よ」
「別に減量には困ってないから、いらないな」
「デブと呼ばれている全てのメス豚に謝れ」
「レイ君も酷い事を言ってるよ」
「おっと、こりゃ失礼」
ロビンにツッコミを入れたら、チンチラからツッコミが来た。
「じゃあ、今度はこれ。この装備はひるみ耐性がついてるわ。装備すると相手の威嚇に対して抵抗力が上がるの」
「ロビン。お前、今までの人生で怯んだ事ってあるか?」
俺の質問にロビンが少しだけ考える。
「……ないな」
「よし明白だ。お前は人間としての何かを損失している」
「鏡を見てから改めて言え」
悔しいが言い返せない。
「なかなか難しいわね。だったらチョット値は張るけど、これはどうかしら?」
そう言うと、最後にドカマが俺達に見せたのは、中世ファンタジーをガン無視したアーミースーツ? だった。
色はブラックを基本として、グレーとダークグリーンの混じった迷彩色。体にフィットするラバースーツは収縮性があり、布? ゴム? よく分からない素材は分厚く弾力があり、頑丈そうだった。
一言で言えばメタルギ……おっと、これ以上は言えない。だけど、一言で説明できるネタがそれしかない。
「メタルギアか?」
自粛した直後、ロビンが言ってはいけない単語を放った。
「オイ。俺が自粛したのに、言ってんじゃねえよ!!」
「……え? よく分からんが、すまん」
俺とロビンの話を聞いてドカマが首を傾げる。
「メタルギア? それが何か知らないけど、半年前に森の中でうちの常連がこれを手に入れたのよ。だけどこの防具って女性用なのよね。売りに来たのは全員男性だったから、私が買い取ったってわけ」
「それで、これは何の効果があるんですか?」
チンチラの質問にドカマが困った表情を浮かべる。
「多分ね」
「多分とは?」
重ねてロビンが質問すると、ドカマが防具を片付けながら答える。
「調べたけど、力の開放って名前しか分からなかったの」
「分かった、買うよ!!」
ロビンが即決すると、ドカマが驚く。
どう考えても防具として見ていないのは確実だ。
「え? 買うの?」
「何となく能力名から私に合っている気がする。それに、嵩張る防具を着るよりも、アーミースーツの方が好きなんでね」
にんまりと笑うロビンとは逆に、俺とチンチラは顔を見合わせると、同時に両肩を竦めていた。
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