第4話 マークⅡ

 昨晩のイベントを放置して部屋に戻って眠り、翌朝食堂へ行くと、女性全員がスッキリした表情をしていた。

 話を聞けば、俺とジンが部屋に戻った後、俺が助けた女性から男が浮気しているという話を聞いて、クララを寝かした後で女性全員が男をぼっこぼこにしたらしい。


 チンチラから見せてもらった記念のスクリーンショットには、半分屍を化している男を前にして女性全員が笑顔で並んでいた。チンチラ、何やってんの?

 その並んでいる女性の中には何故か無関係なこの宿屋の女将さん。それと、恐ろしい事にゴンちゃんも写っていた。

 それにしても、ボコられた男、よく生きてたな……。


 朝食を取った後、馬車に乗って村を出る。

 助けた女性は深々と頭を下げて馬車を見送り、その横では顔面が膨らんだ男性が木に吊り下げられていた。

 そのシュールでスプラッターな光景を見て、メスの本性は恐ろしいと思った。




 移動中、宿題ばかりやっていると疲れるので、俺とチンチラは息抜きをしていた。

 俺は保存データを開いてプロレスを観戦、チンチラはゲーム。

 チンチラのやるゲームはもちろん戦コレ。このゲームと戦コレを作った会社は同じらしく、ゲーム内に居るユーザー同士だったら対戦できるらしい。

 チラっとゲーム画面を見たら、プチキャット・フロム・ヘルが4人のプレイヤー相手に無双していた。


 車内を見れば、ニーナさんとターニャさんが編み物をしたり毒書をしたり……漢字が違う? いや、本の内容を考えれば、その字で合っている。

 その本の作者であるアルサは、時間のある限りいろんな形のチンコを描いていた。

 誰かこの女にチンコは触手みたいにくねくね動かないと教えてやってくれ。




 話の最後で腐りかけたが、そろそろ本題に入ろう。


 『VR幼女伝説クララちゃん』


 何となく裏流出発禁物のタイトルだけど、クララは可愛いから何でも許される。

 今まで『ニルヴァーナ』の地下アイドルだったクララだが、この馬車をお披露目した時にギルド外のプレイヤーの前に姿を現した事から一躍有名になった。

 それこそ、今ではギルド『ラブ&ピース』のジュニアアイドル……えっと、名前は忘れたけど、あのビッチの人気を掻っ攫い、匿名掲示板ではたった一晩でクララ専用スレがパート12まで伸びていた。

 どうやら世の中は、捕まっていないだけの性犯罪者で溢れているらしい。

 そして、うちのギルドにも居る性犯罪者、クララファンクラブリーダーのシリウスさん改め変態ペド野郎は、掲示板で当然の如く暴れていた。


 そのペドから突然、通信チャットが入って来た。


≪レイ君、いいかな?≫

≪え、ペドリス違った、シリウスさん? 突然、どうしたの≫

≪もしかして、今、僕の事をペドって言った?≫


 このロン毛はあれだけ周りにペドフィリアだとアピールしているのに、ペドと言われるのが嫌いらしい。


≪言ってないよ。多分だけど自分がペドだと思っているから、そう聞こえたんじゃない≫

≪そうかな? だけど、僕はペドじゃないよ≫


 やべえ、コイツ自覚してねえ……。


≪……それで要件は何?≫

≪ああ、そうだった。ラブ&ピースの人気を落としたいから、クララちゃんの写真を送って欲しいんだけど、いいかな?≫

≪…………≫


 何考えてんだ、ペド野郎。キャラが薄いからと言って性犯罪に走るのは間違っているぞ。

 そのシリウスさんが言う『ラブ&ピース』の人気を落とす方法だが、恐らく彼は掲示板にクララの写真を載せてジュニアアイドル目的のプレイヤーをこちらの陣営に組み込もうとしているのだろう。

 確かにクララの人気が最高値の今、「乗るしかない、このビックウェーブに」という考えは理解する。

 だけど、お前だけは信用できない。本当の使用目的は絶対に違うと確信できる。


 もちろん俺だって性に対する欲望は持っている。むしろ、それしかない。

 だけど、彼の様に性犯罪に突っ走る開き直りは一体どこから湧き出るのか理解でき……ああ、コイツは自分がペドだという自覚がないから犯罪だと思っていないだけか……。


≪返事がないけど、大丈夫かい?≫

≪……後で写真を送っとくよ≫

≪了解。期待して待ってるね≫


 シリウスさんとの通信チャットを終えてから溜息を吐く。

 軽く依頼を受けたけど、俺だって馬鹿じゃない。犯罪の片棒を担がされるのはゴメンだから、写真を送る先は痴女さん、違った、ローラさんにする予定。

 彼女だったらきっとペドの暴走をを止めてくれると思っている。




 と言う事でクララの写真を撮るわけだが、彼女は今鉄壁の守護神に守られていて、写真を撮るどころか近寄る事すらできないでいた。

 幼女を守る守護神の名前はターニャ。そう、クララの乳母でシャルロット家を守るメイドさんだ。


 彼女は昨日から何故か俺を警戒して、少しでもクララに近づこうなら鋭い眼光をビームの様に飛ばして俺を避けていた。

 理由はログインした直後からギーブやアルサとの会話……ほんの少し回想しただけでも思い当たる件が脳裏に浮かぶ。自業自得という奴だろう。

 もしかしたら彼女は危険感知のスキルを持っていて、俺の事を警戒しているのかもしれないが、俺をあのペドを一緒にするのはやめて欲しい。


 一方クララだが、彼女はいつの間にかジンをお気に入りにしていた。

 どうやら男の趣味は異国風の無口でシャイなイケメンらしいが、ジンは話すことが出来たとしてもただの陰キャラだと思う。

 だけどクララは困った様子のジンに甘えて寄り掛かり、その二人の様子にニーナさんとターニャさんも「あらあら、うふふ」とほほ笑み慈愛の目で2人を見守っていた。


 ……チョット待て、その俺との雲泥の差は何なんだ? ジンの心はピュアかもしれないが、コイツの体は前も後ろも穢れてる。

 逆に俺は心は穢れているかもしれないが、体はピュア童貞。言ってて悲しくなってきたじゃねえか、この野郎!!




 まあ、俺が心の中で叫んでも状況は変わらないわけで、クララに近づくために幼児誘拐犯の心境で方法を考える。

 そして浮かんだのが物で釣る案だった。

 本当は身内の不幸で誘おうとしたが、さすがに母親のニーナさんが近くにいる状況でこの案は使えない。


 おもちゃにされているジンを呼んでクララを誘い出そうとしたが、その前にターニャさんに見つかり睨まれ失敗に終わる。

 くそっ、ガードが堅てえ。


 次に普段被っているフードをめくり素顔をさらして自分自身を餌にした。結果、無視される。

 そして、今がチャンスとばかりにアルサが俺をモデルにデッサンを始めた。腐るからやめろ。


 他に何か良い物がないか鞄を漁っていると、一時期ジンに持たせていたウサキの鞄が見つかった。

 リュック型のピンク色したウサギちゃん。幼女とファンシー好きなババアなら間違いなく釣れるだろう。


 鞄の中を整理している振りをしながら、さり気なくウサギの鞄を外に出す。

 ゴソゴソと音がしたのが気になったのか、チンチラがチラッとこちらを見た。今は雑魚アイドルに用はねえ、黙ってゲームをしてろ!!

 チンチラはただの整理だと分かると再び戦コレに戻った。


 雑魚を追っ払うと、視線を外しながらウサギの鞄を持ち上げてゆする。これの意味は「私、無垢なウサギちゃん。一緒に遊ぼう♪」だ。

 その様子が視線の隅に入ったのか、ジンを相手に遊んでいたクララがウサギの鞄に気が付いた。




 一瞬だけクララを見た後、気にしない素振りをしながら整頓している振りをする。

 狙った相手が油断するのを待つのが幼児誘拐の基本だ。

 クララは席を立つとトコトコ歩いてきて、ウサギの鞄を近くでジッと見つめていた。


「ふわぁ、可愛いでしゅ」


 クララの方が可愛いでしゅ。おっと、シリウス菌に感染しそうになった。

 焦ってはいけない、ターニャさんがこちらを見ているから少しでも馴れ馴れしい態度をとったら、あの守護神がクララを回収しに来る。


「ん? 気に入ったのか?」


 さり気ない様子でクララに話し掛ける。我ながら名演技。


「うさぎちゃんでしゅか?」


 その質問にはただ頷くだけに留めた。

 本当は鞄でアイテムボックスなのだが敢えて言わない。何故なら、大半の女性は男性と違って、見た目が良ければスペックなんてどうでも良いと考える。

 だから、うんちくを自慢げに垂れ流すバカ男のマネをするのは下策だ。


「……もしかして、欲しいのか?」

「欲しいでしゅ!!」


 輝く瞳で俺を見上げるクララ。

 今なら握手券を求めて聞かねえ曲を大量に買うアイドルオタクの気持ちが理解できた。


「使わないからあげるよ」

「わーい。レイにいしゃん、ありがとうでしゅ」


 仕方がないという雰囲気を漂わせて軽く肩を竦めると、クララがウサギを抱きしめてクルクル回り嬉しさをアピール。

 もう駄目、吐血しそう。


「これ、リュックになるから背負ってごらん」

「こうでしゅか?」


 クララが「うんしょ、うんしょ」と言いながらウサギの鞄を背負い始めた。

 グハッ!! 穢れの俺にその行動はキツイ。削れる、削れる、SAN値正気が削れて発狂しちゃう!!

 ふと、アルサを見れば、白目をむいて吐血していた。

 あいつも穢れているから、俺と同じくSAN値にダメージを受けているのだろう。


「にあうでしゅか?」


 クララがリュックの紐を両手に持って首から上だけを振り向き話し掛けてきた。


「か、か、可愛いよ」

「わーい!!」


 プルプル震えながら褒めると、クララが頭の上に両手を乗せて、ウサギのマネをしながらピョンピョン跳ねた。

 はい死んだ。今、俺の穢れが死んだ。

 再びアルサを見れば、SAN値が0になったのか頭を抱えて机の上で突っ伏していた。


 今のクララを例えるならば、クララちゃんMk-II。ガ〇ダムじゃないけどMk-II。

 装甲に新素材ターニャを採用して従来よりも固い防御力を手にする。

 さらに背面にウサギ型鞄を装着させることで可愛さが上昇し、周囲に穢れ浄化拡散ビームを放つことが可能になった。

 ウィキペディアっぽく語って見たけど、ウサギと合体した事でクララちゃんMk-IIが誕生した。




 俺とアルサに致命傷のダメージを与えたクララは、ウサギを自慢しにニーナさんたちが居る席へ戻っていった。


「あんなの勝てないわ……」


 その後ろ姿を見ながらアルサが呟く。


「ああ、危うく発狂して死ぬところだった……」


 俺とアルサが見つめる先では、クララが無邪気に笑っていた。


 クララとの会話の最中に撮った、ウサギを抱きしめるクララ、ウサギリュックを背負って振り向くクララ、ウサギのマネをして笑顔を見せるクララのスクリーンショット3点セットをローラさんにメールで送る。

 その際、変態ペド野郎からの依頼である事とやましい事に使わせないように注意を添えた。

 その後、しばらくしてシリウスさんから慌てて「何故、ローラに知らせた!?」と通信が入ってきたから、「あて先間違えちゃった、てへへ」と嘘を吐いて適当に誤魔化す。


 それと、タカシにクララのスクリーンショットを送って、デフォルメした二頭身の粘土フィギアを依頼した。

 直ぐにタカシから了承と、現実でも10体ほど作って数量限定のオークションで売ると返信がくる。コイツ、人の欲望を分かってやがる。

 その事を後でシリウスさんに教えると、「ガタッ」と席から立ち上がる音がした。このペドが購入するのは確実だろう。

 ちなみに、通信チャットで背後の音は聞こえない。仕様を超える興奮を表現したらしいが、馬鹿じゃないかと思う。




 と言った感じの、たいして面白くもなくストーリーに全く関係のないイベントを消化しつつ馬車は進み、俺がログインして三日後に馬車はシャルロット領内に入った。

 三日間の間に、他のメンバーもログインしていて、クララMk-IIを見て喜んだり、吐血をしたりと、人間の本性の判断が出来た。

 ちなみに吐血をしたのは、ベイブさんとジョディさん。至当である。


 馬車の外からシャルロット領を見れば、湿原は草原に変り、遠くでは深い森が遥か遠くの山脈まで広がっていた。

 あれがアルドゥス爺さんが言っていた魔の森だろう。

 おそらくプレイヤーでここまで来たのは俺達が初めてだけど、オープンワールドというやつは、プレイヤーが来ない場所でもきちんと作らなければいけない面倒な世界だと思う。


「あの塔は何だ?」


 俺と同じく馬車の外から森を見ていたロビンがニーナさんに質問する。

 彼女の視線の先を見れば、確かに森の中には離れたこの場所からでも見える怪しげな巨大な塔が立っていた。


 ロビンの質問にニーナさんが馬車の窓から塔を見て首を傾げる。


「……何かしらね? 私がここを離れた時には無かったわ」


 どうやら領地に詳しいニーナさんも初めて見る建物らしい。

 それであの塔がプレイヤーの為に作られたイベントだと理解した。


「レイ、後で行ってみよう」

「俺を誘うな、1人で行け」


 目をキラキラさせてロビンが誘うが、それを白けた目で見ながら素っ気なく断る。


「つれないな」

「つれなくて結構。そんなことより、お前はハイポーションを飲め」


 俺と同じでVR病が陽性になったロビンがログインしてもハイポーションを一向に飲もうとしないから、その事を言うと彼女は露骨に顔をしかめていた。


「あの塔も気になるけど、誰も来た事がない場所って楽しいと思わない?」


 今度は楽しげな姉さんが話し掛けてきた。


「まあね」


 そう答えると、遠くに広がる森と山脈を眺めながら姉さんが楽しそうな理由を考える……ああ、山ガールか。

 俺達を乗せた馬車は街道を進み、シャルロット領都へと入って行った。


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