第29話 360°変態

 タカシが教えてくれたラーメン屋は彼の店と同じ露店広場で営業をしていた。

 昼時ということもあり、行列ができていたので俺達も最後尾に並ぶ。


「なんでラーメン屋に限らず行列ができていると、味に関係なく安心するのかしら?」

「テクニックのない美人の風俗嬢に行列ができるのと同じだろ。テクに関係な……」


 ドスッ!


「ぐはっ!」


 話の途中でステラから容赦のないレバーブローが突き刺さる。


「変態」

「…………」


 脇腹を押さえて呻く俺をステラがジト目で見下し、ジンは彼女の雰囲気に押されて身を引いていた。


「ジン君はレイの真似はしないでね」


 そうステラから言われたジンは首を傾げると、何かを書いて俺達にメモを渡した。


『レイとステラは恋人?』

「「はぁ?」」


 メモを見た俺とステラはお互いの顔を見ると、同時に顔をしかめた。


「なあ、ジン。これを見てどうして恋人だと思う。テメエはマゾか?」

「そうよ。こんな顔だけの変態男を好きになっても、人生という貴重な時間を無駄にするだけじゃん」

「ステラの言う通りだ。恥ずかしくて直腸洗浄クリニックに行けず、万年便秘でイライラしている捻くれ女と付き合っても碌な事にはならねえ」

「ちょっとウィリアムテルごっこで遊ばない? もちろんレイがリンゴ役ね」


 並びながら言い合う俺とステラの様子にジンは首を傾げていた。




 順番が来てラーメン屋台の横に設置されたテーブル席に座る。

 俺がセルフサービスの水を取ってくる間、ステラはラーメンを知らないジンにメニューを見せながら説明していた。


「すみませーん。ラーメン三つと餃子を二つ下さい」


 俺が席に着くのと同時にステラが店員を呼んで俺の分まで注文する。

 勝手に俺の分を頼むなと文句を言う前に店員がテーブルを離れて言いそびれた。


「餃子は二つなのか?」

「私、全部食べられないから、二人のを一つずつ貰うわ」

「まあ、いいけどね……」


 隣のジンはラーメンが気になったのか、周りをキョロキョロ見て他の客が食べている様子をジッと観察していた。

 俺も席に座っている人を観察すると、コスプレな格好をしているプレイヤーが大半で、このゲームのNPCは殆どいなかった。


「プレイヤーしか居ないわね。やっぱりまだこの世界の人達にラーメンは普及していないみたい」

「調味料が出回ったのがつい最近らしいからな」

「確かにそうね……」

「それにしてもさ、なんで俺達以外のプレイヤーは街中で鎧を着ているんだ? 夏なのに暑くねえのか?」


 空は夏の太陽が広場を照らして、湿気は少ないが外は焼ける様に暑かった。


「たぶん暑いんじゃないかしら。だけど、服を買うぐらいなら家を買う資金に回しているってシリウスさんが言ってたね」

「全裸になれ。見てるだけで暑苦しい……」


 適当な会話をしながら待っていると、店員がラーメンと餃子をテーブルに置いた。


「「いただきます」」


 俺とステラがそう言うと、ジンが首を傾げる。


「何だ? お前も「いただきます」に首を傾げるベタなネタを使うのか? もうマンネリなんだよ」

「そんな事言わないで説明してあげなさいよ」

「仕方がねえな。「いただきます」ってのは生産者に対するお礼の挨拶だ。女をヤル時も心の中で「いただきます」と言って、その両親に対し娘をここまで育ててくれ……痛!」


 説明の途中で机の下からステラのケリが膝に炸裂して足を押さえる。

 ジンは痛がる俺を見てたじろいでいた。


「ほっんとーに馬鹿よね。くだらない事言ってないで、さっさと食べるわよ」


 ステラが俺に向かって溜息を吐いてからラーメンを食べ始める。俺も足の痛みを我慢しながら麺を啜った。

 ラーメンは醤油ベースで、昔ながらの鶏がらスープがなかなかイケる。

 ジンは俺達が音を立ててラーメンを啜るのを見て驚いていたが、これがこの料理の作法だと教えた。

 それでも、ジンはラーメンを見て食べようとしなかった。


「お前、食べないのか?」


 俺の質問にジンがメモを書いて俺に見せる。


『食べていいの?』

「食べねえと冷めて不味くなるだろ、とっとと食え」


 そう言うとジンが驚き頷くと、フォークとレンゲを使って器用に食べ始めた。


「ジン君、美味しい?」


 ステラの質問にジンが食べながら頷いていた。




「レイ、質問があるんだけど良い?」


 ラーメンを食べていると、ステラが話しかけてきた。


「スリーサイズか?」

「男のスリーサイズなんて聞いてどうするのよ……ちなみに幾つ?」

「やっぱり聞くんじゃねえか。スリーサイズは気にしたことがないから知らね」


 それを聞いたステラが首を傾げる。


「服とか買わないの」

「病室でパジャマしか着ないのにスリーサイズなんて測るわけないだろ。パジャマなんてS、M、L、デブ、しかないんだから」


 ちなみに、病気で外出する必要がない俺は、普段着を買わない替わりに高級シルクのパジャマを着ていたりしている。


「ああ、そうだったわね。ゴメン」

「気にするな、メシがまずくなる」


 そう言いながら餃子を食べる。

 餃子は中の肉汁で舌が火傷しそうになるほど熱かったが、味は確かだった。


「ははっ、確かにそうね。それで質問なんだけど、何でタカシ君に属性系の弾を注文したの?」

「ん? どういう意味だ?」


 質問の意図が分からない。


「だって属性系の矢とかボルトって、敵に攻撃してもダメージを与えることができないわよ。私もそうだけど他のプレイヤーだって使ってないし……」


 こんな便利なのを使わないなんて、もったいない。


「ステラは知らないのか?」

「何が?」

「水の属性は明かりを消して守衛に見つからずに傍に寄れる。

 土の属性は当たった場所に土ができるから音が響く床に撃てば静かに移動できる。

 風の属性は撃つと音が鳴るから陽動に使える。

 火の属性は明かりを灯すことができるし、それで陽動もできる。

 売ってる場所が盗賊ギルドしかねえから、俺は買えずにコトカで買った水しか持っていないけどな」


 そう説明すると、納得した表情を見せた。


「なるほどね。攻撃に使わないって事なのね」

「使わないな。普通の矢に比べて一本のコストも高いだろ」

「確かにそうね」


 俺とステラの会話を聞いていたジンがメモを取り出して、何か書いた後テーブルに置いた。


『弓で属性の攻撃はできる』

「え、そうなの?」


 ステラの質問に、ジンが頷いて再び紙をテーブルに置く。


『精霊語を知らないと無理』

「精霊語? そんなスキルあったかしら?」

「それよりも、何でジンがそんな事を知っているのかの方が気にならね?」


 それを聞いてジンがメモを書いて俺に見せる。


『昔読んだ童話でエルフが使ってた』

「元ネタがおとぎ話かよ……以前、冒険者ギルドのリストを見たけどそんなスキルはなかったぞ。魔術系か?」

「うーん……ちょっとシリウスさんに聞いてみるわ」


 そう言って、ステラが目の前でシリウスさんとチャットを始めた。


「そう……うん……分かった、ありがとうございます……精霊語のスキルはないって」

「そうか……」


 精霊語、精霊語……精霊?


「あー……一つだけ習得できるかもしれない方法があるかも……」

「本当?」

「剣の爺さんに聞いてみるのはどうだ?」


 王国の剣と言わなかったのは他の人が聞いている可能性もあるから。俺はあの中二病のブラッドとは違う。


「ああ、確かにいいアイデアかも。あれ? 何であのお爺さんの言葉は分かるのかしら?」

「他の精霊と年季が違うだろ、1000年も剣に取りついていたら、どんなアホでも喋れるようになるんじゃね」


 腰のコイツは永遠にアホだと思うけどな。


(ブー! ブー!)

(ところで何でお前も喋らなくてもいいのに、喋れるんだ?)

(んー多分、指輪に居た幽霊の記憶じゃないかな? 知らないけど)

(なるほどね……)

「どうしたの?」


 こっそりテクノブレイカーと会話していたら、ステラに怪しまれる。


「いや、何でもない。あ、お前、残しておいた最後の餃子を取ってんじゃねえよ」


 俺の文句を聞きながら、残していた餃子をステラが目の前で食べた。


「帰ったらカートさんに頼んでお爺さんと話してみるわ」

「あやまりもしねえ……」

「そろそろ出ましょ。タカシ君の方も終わったと思うし」


 そう言ってステラが席を立つと、タカシの露店に向かった。


「支払いは俺か……ジン、覚えておけ、あれが悪女って奴だ。あんな女には引っかかるなよ」


 それを聞いてジンは戸惑いながらも頷いていた。




「あ、お帰り。できてるよ」


 俺達が戻ると、タカシの方も作業が終わったらしい。クロスボウを付け加えたショットガンを俺に見せる。


「ハンドグリップをレイ君のクロスボウに交換したから、今度は認識してくれるはずだよ」


 ショットガンを見れば確かにハンドグリップの箇所が木製に変わっていた。


「エンチャントの命中率は?」

「もちろん継続して残しているよ」


 グリップを変えただけで命中率が上がるとは思えないが、タカシは余裕で作成したらしい。


「ねぇ、タカシ君って実はかなり腕が良いんじゃないの?」

「実は俺もそう思っている。これだからマニアって奴は馬鹿にできねえ……」


 タカシに聞こえないように小声で話し掛けるステラに俺も頷いた。


「それとこれが弾と注文の属性弾ね。バックショット弾は100発、スラッグ弾は30発用意したよ。一発5sでどう?」

「ああ、それで買うよ」

「属性弾はちょっと高くて、一つ10sで4属性をそれぞれ10個で4gになるね」

「オーケー」

「家具が売れないから助かるよ」


 そう言って肩を竦めるタカシだが、家具よりも武器を作った方が儲かると思うのは俺だけじゃないと思う。

 俺が代金を用意している間に、ステラはタカシと話をしていた。


「家具が売れないんだったら、展示会でもやったらどうかしら?」

「展示会?」


 金額を数えながらタカシがステラに質問する。


「ええ、家具ってやっぱり家の雰囲気に合わせて購入すると思うのよね。だったら家具に合わせた部屋を作って展示会を開いたら、家具の良さも伝わるんじゃないかしら? タカシ君の家具だと畳があれば、より雰囲気が出ると思うけど……」

「畳ならあるよ」

「あるんかい!」


 俺が突っ込むと、タカシがニンマリと笑った。


「トップ集団の生産系のプレイヤーを舐めちゃダメだよ。最初はゴザを作ってスラムで売ってたんだけど、だんだんスキルが上がって畳まで作れるようになった知り合いのプレイヤーが居るんだ」

「「へー」」


 それを聞いて俺とステラが感心する。貧乏人の根性は舐めたらダメだと思う。


「これも皆『ヨツシー』のマリアさんがコトカに居た時に、原価に近い値段で材料を売ってくれたおかげだけどね」

「ああ、なるほど」


 どうやらここに来て、ブロックのヘマが地味に生かされているらしい。


「展示会の方はお金がたまったらやってみますね。それとレイ君、前に試し撃ちをした武器屋の裏庭を使えるように交渉しといたから、試し打ちをして感想を教えて」

「お前は来ないのか?」

「僕はその間にラーメンを食べてくるよ」

「ああ、了解。じゃあまた後でな」

「行ってらっしゃい」




 タカシと別れた後、武器屋の主に一言断って裏庭に行った。

 俺を見た瞬間、例の木人さんから悲鳴が聞こえたような気がする。出迎えありがとう。今から的にするから宜しくな。

 木人さんから10mほど離れてバックショット弾をショットガンに装弾。ハンドグリップを前後にスライドさせる。

 装填したときに音が出ないのは、タカシが以前のクロスボウで音が出ないようにした仕様を継続しているからだろう。


 準備ができると、木人さんを狙って引き金を引いた。

 パン! と音がして弾が放たれると、木人さんの胴体に着弾して表面がボロボロになった。


「……凄いわね。これでクロスボウと言うんだから、もはや詐欺に近いわ」

「…………」


 後ろで見ていたステラとジンがショットガンの威力に驚いている。


「想像以上に効果が高いな。ゴブリンも一発で倒せるというのも納得できる」


 次にスラッグ弾を装弾してハンドグリップを前後にスライドさせると、使用済みの弾薬をピン! と排出してスラッグ弾が装填される。

 もう一度木人さんを狙って引き金を引いた。

 バーン! という先ほどよりも大きい音がして、今度は木人さんの胴体に穴が開いた。


「……こっちも凄い威力ね。バックショットってやつより、今のスラッグを使った方が良いんじゃない?」

「いや、確かスラッグ弾は貫通力はあるけど、弾の速度が遅いんだ」

「そうなの?」

「ああ、今度はジンにやらせるから、着弾までの速度も意識してみろよ。ジン!」


 ジンを呼ぶと、ショットガンについて説明する。


「……人に向けて撃つなよ。ロックストーンに戻されて、死ぬまで守衛のカルピスを飲まされるからな」


 そう言うとジンが何度も首を上下に動かして脅えていた。

 ジンも木人さんに向けてショットガンを撃ったけど、最初は狙っても命中しなかった。それでも何度か撃っている内に次第に当たるようになる。

 木人さんがもはや見る影もない状態になったから、ジンが新たな木人さんをセットする。


「確かにスラッグ弾の方が弾の速度が遅く感じるわね」

「弾が大きい分、空気抵抗があるから遅いんだらしいよ。俺もネットで知った情報だから本当かは知らん」

「へえ……」


 俺とステラがジンの射撃練習の様子を見ていると、武器屋のドアが開いてタカシがやってきた。


「もう食べてきたのか?」

「うん。この時間は空いてるからね」


 コンソールの時計を見ると2時を回っていた。


「ジン、タカシが来たから練習は止めだ」


 ジンが頷き、構えていたショットガンを下した。


「それでどうだった?」

「威力は申し分ないけど、発射の音がうるさいかな」


 それを聞いてタカシが両肩を竦める。


「それは仕方がないよ。火薬を使ってないとはいえ、それなりの威力を出すために風属性の魔石で空気圧を高くしてから一気に放出しているからね。でも属性弾は工夫してあった筈だけど、そっちはまだ試してない?」

「もったいないから試してないけど、何かしたのか?」

「うん。散弾の一部に小さな風の魔石を入れてね、効果を反転させて音を出さないようにしたんだ」

「タカシって木工系の職人だったよな……」


 薬莢に風の魔石を入れて音が出ないようにするとか、どこにも木工の要素が見当たらない。


「そうなんだけどねぇ……弾丸を作成している内に、上げるのを諦めていた錬金のスキルがガンガン上がってるんだよね。あははははは」

「錬金ってことは調合のビンとかも作れるのか?」

「はははっ、懐かしいね。アースに居た頃はそれしか作れなかったから大量に作ってたけど、調合師が居ないおかげ全く売れなくてね。あの時はどん底の生活だったよ。

 ちなみに、ショットガンの弾は錬金の瓶を改造して小さくしたのを使ってるんだ」

「マジか? 凄いな。それと錬金の瓶が作れるなら今度注文するよ」

「へー……レイ君は調合もやるのか、珍しいね。あの事件後も調合を続けている人って初めて見たよ」


 タカシのあの事件というのは、俺と姉さんがアーケインに居た時にやらかした汚職事件の事だろう。


「ああ、よろしく」

「それで話を戻すと、風属性以外の属性弾は発射音を吸収するようにしてあるよ」

「なるほど……ジン、これを使って撃ってくれ」


 鞄から土の属性弾を取り出してジンに投げ渡す。

 ジンが弾をキャッチすると、ショットガンに装弾させて木人さんに狙いを定めた。


「撃っていいぞ」


 俺の合図でジンが撃っても発射音は聞こえず、木人さんに弾が当たると土の属性弾の効果で木人さんが土に覆われた。


「……確かに音がしないな」

「でしょ。風は音を出す効果があるから使えないけど、それ以外の属性弾は音がしないはず。前回、レイ君がかなり音に拘っていたたからね。こっちで勝手に組み込んだけど気に入った?」

「ああ、御褒美にしゃぶってやりたいぐらいだ」


 ジンがな。


「それは遠慮しとくよ。じゃあ、もう一丁も同じように作成するよ。だけどそっちは命中率のエンチャントは付いてないからね」

「了解」

「……ねえ、ねえ」


 タカシとの会話が終わると、横からステラが俺の袖を引っ張った。


「何?」


 ステラがタカシに聞こえない様に小声で話し掛けてくる。


「タカシ君ってやっぱりどこか変よ」

「多分だけど狂人と呼ばれる天才の類なんじゃないかな? 偶にいるんだよ、変人が360°回って一見凡人に見えるけど、どこか狂っている天才ってやつが……」

「……何でレイの周りって変人が多いの?」

「そこにお前も含まれてるんだけど、気付いていないのか?」


 そう言い返すと、ステラがショックで固まった。




 裏庭からタカシの露店に戻った後、タカシへ次に作るショットガンを前金で渡す。

 ついでに今までの分の領収書を貰った。


「私もタカシ君に弓の改造を頼む事にしたわ。『ヨツシー』にはジン君と二人で行ってね」


 あ、この女逃げやがった。

 文句を言おうとしたけど、ステラは既にタカシと相談を始めて俺を相手にするつもりはないらしい。


「仕方ねえな。ジン、次に行く店はかなり変な店だから覚悟しろよ」


 そう言うと、ジンが生唾を飲み込んで頷いていた。

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