第21話 寡黙な老人?

 朝、目が覚めると床で寝ていた。

 現実でもゲームでも寝相が悪いという自覚はないし不思議に思いながら起き上がってベッドを見ると、俺の替わりにロビンがグースカ寝ていた。

 そのムカつく姿に朝から一気にボルテージがMAXになり、ロビンの足を掴んでベッドの上でスコーピオンデスロックを極める。


「痛てててて! 何だ、何なんだ!!」


 スコーピオンデスロックが極って起きたロビンが腕立て伏せをして、自分の体を持ち上げ強引に技を外すと、その勢いで俺がベッドから落ちて大きな音が部屋中に響いた。


「痛て!」

「朝から何をする!」


 ベッドの上でロビンが床に落ちた俺を睨みながら、涙目になって大声を上げていた。


「それはこっちのセリフだ! シーツで巻かれてゴミ箱に押し込まれないだけマシだと思え……口にしてみるとそれもなかなか楽しそうだな」

「確かに昨日は酔っ払って、ついうっかりベッドに寝たのは悪かったけど、いきなりサソリ固めはないだろう!」

「お前はそのついうっかりで男を追い出してベッドに忍び込むのか? 俺の知らない新しい夜這いだな。入れろとは言わないが、しゃぶるぐらいはしやがれ」

「別にいいだろ減る訳じゃないし、だけど……その、あれだ」


 ロビンがニヤニヤと笑うのを見て、訝し気に眉をしかめる。


「何だ?」

「お前の寝顔って案外かわいいのな」


 ブチッ!


 俺の中の何かがキレました。


「ちょっと家主と居候の関係というヤツをハッキリさせる必要があるな」


 そう言って、手をボキボキ鳴らす。


「待て! 女の私に何をするつもりだ?」

「自分が不利になったら女性をアピールする卑怯な真似はやめろ。ついでに、世界中の全ての女にあやまれ、テメェなんぞ凶暴なメス犬で十分だ」

「お前、それは言い過ぎだろ!」


 それからも激しい怒鳴り合いをロビンと繰り広げる。


「前から思っていたけど、お前少しは私を人間として扱え!」

「人間? 生きる兵器が何を言ってる。細菌兵器を使って頭がイカれたか?」

「そう言うお前は兵器級の変態じゃないか!」

「だまれ、メスゴリラ!」

「メ、メスゴリラだと!!」


 怒鳴り合いは終わらずに段々とヒートアップしていった。


「ミルク~。搾りたてのミルクは入りませんか~」


 リビングに入ってからもロビンと怒鳴り合っていたら、山羊を連れたミルク売りの牛が外の路地でミルクを売り始めた。

 呑気なミルク売りの声に無性に腹が立って、俺とロビンが同時に窓に身を乗り出す。


「「ウルセエ! テメエの乳を搾れ、ホルスタイン!」」

「ヒィ!」


 結局、ギャーギャー騒いでいたら、隣の住人から「ウルセエ! 朝から夫婦喧嘩するんじゃねえ!」という大声で、喧嘩は一時中断となった。




「しばらく帰らないから家で暴れるなよ」

「なんだ? お前もクエストに行くのか」


 家を出て朝のキンググレイスをロビンと歩く。喧嘩? 怒鳴り合っていたら疲れたよ。

 ロビンはこれからおっさんが率いる『萩の湯』と一緒にクエストを受けるらしい。

 俺は昨日改造を頼んだタカシからクロスボウを受け取った後、そのままロックストーン監獄に向かう荷馬車に合流する予定だった。


「まあ、そんなところだな」

「ブリトンでソロをやるにはまだレベルが足りないと思うが、大丈夫なのか?」

「お前の近くに居るよりマシだろ」

「そんなに褒めるな」

「何一つ褒めてないから。もし褒められたと勘違いしているのなら、心療内科に行ってその暴力性について相談してこい」

「まあ、お前の家は冒険者ギルドや依頼所、それにマーケットも近くて便利だから居ない間も世話になるよ」

「近くに直腸洗浄クリニックはないけどな」

「本当にイカれてるな」


 俺の言い返しを聞いてロビンが溜息を吐いていた。




 俺とロビンがマーケット通りの広場に行くと、タカシの露店はすでに営業していた。

 ちなみに、ロビンはおっさんとの待ち合わせ場所と方向が一緒という理由で、付いて来なくても良いのに付いて来た。

 先に俺を見つけたタカシが俺に手を振るのを見て、俺も手を振り返す。


「あ、レイ君。もうできてるよ」

「無理させたみたいで悪いな」

「あんなにお金を貰ったんだから無理しないとね。はい、ちゃんと命中率+20は維持させたから」


 そう言って露店のテーブルに置いたのは、昨日見せてもらった試作品と同じ形をしたショットガン型のクロスボウだった。


「何だこれ? 凄いな」


 ロビンが驚き、クロスボウを手に取り色々な角度で見る。


「誰? もの凄い美人だけど、彼女?」


 そのロビンを見て、タカシが俺に近づき小声で質問してきた。

 凶暴性から忘れていたが、この女の外面は美人だった。


「まさか! アレ、人間に見えるだろ実は違うんだぜ」

「マジで!?」

「ああ、見た目は美女だけど中身は凶暴なオーガだからな、近寄ったら下半身のアレを握り潰されるぞ」

「オイ、聞こえてるぞ!」


 どうやら俺とタカシの会話を聞いていたらしい。ロビンが俺を見て睨む。


「目玉をかき出して、その美人でさえ見えなくしてやろうか?」

「違う玉でもしゃぶってろ」


 俺とロビンのやり取りを聞いてタカシが驚いていた。


「なんか凄いね」

「一緒にしないでくれ。ロビン、クロスボウを返してくれ」

「ほらよ」


 投げ渡されたショットガンを受け取ると、手元を曲げる。

 クロスボウはくの字に折れて、そこからボルトを入れられるようになっていた。

 鞄からクロスボウのボルトを取り出して、弾を込めてセットする。


「ここで撃ったら、さすがにまずいよな」

「そうだねぇ……ダメだと思うよ。だけど、正面の店って武器屋でね。そこのおじさんが良い人だから、試し撃ちぐらいならさせてくれるはず。ちょっと交渉に行ってくるよ」

「そうか、悪いな」

「待っててね」


 そう言ってタカシが駆け出し正面の店に入って行った。

 しばらくすると店の玄関でタカシが手で大きく丸を描いたから許可が得たらしい。

 タカシが戻ると隣の露店のプレイヤーに留守番をお願いして、三人で武器屋の裏庭で試し打ちをすることになった。




 武器屋の裏庭に行くと、試し切り用の木人さんが立っていた。

 木人さん、ご苦労様です。今から君の事を殺るから宜しくね。

 何となく、木人さんから「よろし……え? マジ?」って声が聞こえたけど、気にしない。


 クロスボウのハンドクリップを前後に動かすと、ガシャ! という音がした。これで空気が圧縮されたのだろう。

 木人さんにクロスボウを構えて引き金を引くと、音もなく木人さん目がけてボルトが放たれ、胴体に突き刺さった。


「どう?」

「命中率は前とほとんど同じと言っていいかな、悪くないね。撃った時に音がしないのも良いし反動もないのもいいと思う。ただ、ハンドクリップを動かすときに音が鳴らなきゃもっと良いかな」


 スニーク中に音が出るのはなるべく避けたい。

 タカシの質問に答えた後、再びハンドクリップを前後に動かして音を鳴らした。


「なるほど。ショットガンのイメージだったから、ハンドクリップは資料を見ながらそのまま作成したけど、別に弾を吐き出す訳じゃないから鳴らす必要はないのか」

「確かにショットガンだと弾を装填する時の音がイメージにあるからその考えは分かるけど、鳴らないに越したことはないと思う」

「そうだね。じゃあちょっと貸して、すぐに直すから」

「できるのか? だったら頼む」




 タカシにクロスボウを渡して露店に戻ろうとした時、不意にロビンが口を開いた。


「なあ、二人共、チョットいいか?」

「「何?」」

「せっかくここまでショットガンに近い形にしたのに、なんで弾がクロスボウのボルトなんだ?」

「「……え?」」


 ロビンの発言に俺達二人の動きが止まる。


「いや、これさ、ここまで精巧に作ったのなら、クロスボウのボルトにしなくても普通に銃弾でも飛ぶだろ」

「「…………」」


 武器屋の裏庭にしばしの間、静かな空気が流れる。遠く聞こえる街の声がBGMの様に俺達の耳に流れていた。

 そして、タカシががっくりと膝から崩れ落ちて、両手を地面につけた。


「その発想はなかった……」

「いや、普通に作っていれば気付くと思う」


 落ち込むタカシにロビンが追い打ちをかける。


「よし、ショットガンを作ろう!!」


 タカシが突然立ち上がると、アメリカのライフル協会が絶賛しそうな発言をしだした。


「作れるのか?」

「散弾にするから射程距離を50m以下に制限すれば、命中率も気にならないと思うし、多分できると思う」

「だったら、それができたら私が買おう」


 タカシの話を聞いてロビンが自分が買い取ろうと名乗りを上げた。


「本当?」

「ああ、実はこの武器を見た時から気に入ってね。私も欲しいと思ってたんだ」

「ありがとう。俄然やる気が出てきたよ」


 ロビンの話を聞いてタカシが嬉しそうな表情に変わった。


「ところでロビン。お前、金はあるのか? あるなら家から出ていって欲しいんだが」

「もちろんない。だから貸してくれ」

「オイ!」


 即行でツッコミを入れる。


「安心しろ、ここら辺のモンスターを狩りまくればすぐに溜まるさ」


 巻き添えを喰らう『萩の湯』の皆、逃げて!

 ついでにグレイス周辺に居るモンスターも逃げて~~皆、殺されちゃうよ!!


「必ず返せよ。タカシ、ほら、作るにしても資金は必要だろ。前金で80g渡すからそれで作ってやってくれ」

「おおー……ありがとう。それで、レイ君の持っているやつはどうする?」

「ああ、これはさっき頼んだ音を消すだけで良いよ。もしショットガンができたら、改めて改造の依頼をするから」

「了解、じゃあチョット待っててね」

「オッケー」


 タカシはクロスボウを手に取ると、自分の露店へと走って行った。


「これで私も遠距離の攻撃ができるのか、楽しみだな」


 ロビンがタカシの走り去る後ろ姿を見ながら、ニヤニヤと笑う。


「それはいいけどさ、お前って遠距離系のスキルを持ってるのか?」

「……あ、忘れてた」


 それを聞いて、手に額を乗せてがっくりと頭を垂らした。


「……金返せ」




 タカシが戻る前にロビンが「やばい、遅れる!」と言って、おっさんとの待ち合わせ場所へと走り去った。

 あいつにまだ人を気遣う心を持っていたことに、イカれた神へ感謝をする。

 ロビンが去ると、すれ違うようにしてタカシが戻ってきた。


「あれ? 彼女は?」

「彼女じゃねえ! 良いか、重要だから二度言うけど、あれは彼女じゃない! ついでにアレは人間でもない! 分かったか」


 俺のガチな態度と気迫にタカシが一歩下がる。


「う、うん」

「今度彼女と言ったら、タカシが寝ている時にあの女に襲わせるからな!」

「何となく翌日になったら干からびてそうだから、それは止めとくよ」


 それを聞いてタカシが震えていた。


「それで今度はどうかな?」


 クロスボウをタカシから受け取ってハンドグリップを前後に動かすと、今度は音がしなかった。

 ついでに試し打ちをしてみたところ、改造で別の問題が発生した感じもない。


「問題ないと思うぜ」

「よかった。時間は掛かると思うけど、ショットガンは完成させるよ」

「分かった。ちなみに聞くけど今回は風の魔石だったけど、次のショットガンはやっぱり火薬か火の魔石を使うのか?」


 そう尋ねると、タカシが首を横に振る。


「実はね、銃を作ろうという動きは僕以外にも何人か居たんだけど、NPCはプレイヤーに火薬を絶対に売ってくれないし、売ったら重罪になるらしいんだ。

 それならばと、火の魔石で火薬替わりにしようと工夫を凝らしても、今度は『この行為は禁止されています』ってシステムから警告メッセージが出て作れないんだよ」

「へー」

「だからね、次作るヤツも風の魔石で作るつもりなんだ」

「なるほど」

「という事で期待しててよ。必ず作るから」

「ああ、がんばれよ」


 そう言って、手を振るタカシと別れた。




 今度は食糧が尽きることがないようにマーケットで水とキンググレイス風サンドイッチを購入して、ブックスさんが買収したという荷馬車が待っている東門近くの倉庫街へと向かった。

 指定の場所に行くと荷馬車に荷物が積まれている最中で、それを少し離れた場所に立っている老人が作業を終わるのを待っていた。


「お前が、例の奴か?」


 その例の奴ってのが何なのか知らないが、ここですっとぼけても意味がないので素直にうなずく。


「ジョンだ」

「ビートだ」


 俺が偽名を名乗ると、老人も名乗った。


「話は聞いているし、その分の報酬は貰っている。ただし、俺はあまり喋る方じゃないから、お前も話し掛けるな」

「分かった」


 俺も煽る時は煽るけど、普段はあまり喋らない方なのでその提案に頷く。

 荷馬車の荷物が積まれると、街を出るときも衛兵に見られたくないという理由から、ビートが指定する空の樽に入った。

 暗く狭い樽の中でじっとしていると、やがて荷馬車が動き出した。


 樽に入ってから、やる事がない。

 暇だったから外の景色ぐらい見たいと思い、鞄からナイフを取り出しキリの様に回転させて樽に穴を開けようと努力するが、樽の板が思ったよりも厚いから思ったよりも時間が掛かった。

 もう少しで樽に穴が開くかもというタイミングで、樽のフタが開きいてビートが覗き込んでいた。


「……何をやっている?」

「……忍法のぞき穴」

「意味が分からん。城門を通ったから、もう出てもいいぞ」


 穴を開けている途中だったが、素直にビートの指示に従って外に出た。

 ちなみに、樽の穴を開けていた方は別の樽が目の前にあって、穴を開けても外の風景は見れなかったらしい。




 寡黙と言っていたのに、ビートはよく喋った。

 しかもブスッとした表情のまま喋るから、怒っているのか楽しんでいるのか彼の表情からだと全く分からない。

 俺が横に座って世間話をチョロッとしただけで、なぜか気に入られてそれからずっとビートのターン。俺はただビートの話を聞いて、相槌を打つだけだった。


「だからあの時、嫁に言ったんだ。隣の野郎はお前を狙っているから気を付けろって、それなのに……」


 ビートの奥さんが不倫しそうだから、それを阻止するために隣の男と決闘したなんて話を聞かされても、正直言って対応に困る。


「それで俺が決闘の場所に先に行って落とし穴を掘って、いざ決闘という時にそいつが穴にハマったところを、上からヤリでブスっとチョットだけ刺したんだ」

「ケツにか?」

「いや、上からだったからケツじゃない。だけどそれで奴は降参したぜ」

「降参する前に、一発やっとけばよかったじゃねえか」


 そう言うと、先ほどまで自慢げだったビートが突然戸惑い始めた。


「いや、実はその後でな、仲直りして嫁を交えて、そのな……」

「なんだ乱交か、いい年してやるじゃねえか」


 老人同士の乱交とか、誰得だよ!


「乱交じゃない3Pだ! だけどな、奴が先に嫁とヤってて、俺も参加するぞって時に俺のアレと奴のアレが触れたんだ。ぶつかったとかじゃなくて本当に軽く触れただけだ。つまり……何でもねえよ……変でも何でも。でも……誰にも言うなよ」


 死んでも言わねえよ!


「……そのライバルと乱交でホモ達になったんだな」

「だから乱交じゃない3Pだ!」


 なぜそこにこだわる?


 それからしばらくの間、聞きたくない老人のエロトークが続き、ビートが話し終えると俺を見てニヤリと笑った。


「お前は面白い奴だな、話してて楽しいぜ」

「俺、全然話してねえけど……」


 こうして俺と老人ビートのロックストーン監獄までの道のりは続いた。




 キンググレイスを出てから二日経ち、平原だった道のりが荒れた岩肌へと変わる頃。


「ほら、あれがロックストーン監獄だ」


 ビート老人が指をさす先には、山の岩肌を切り崩したような要塞が聳えていた。


「あれがそうか……」


 荒れ果てた場所にある荒れ山の麓では、高い石壁が入口を覆っていた。

 ここからでは壁で見えないが、キンググレイスで捕まった多くの犯罪者があの中に居るらしい。


「俺はあの中の現状を知っているから死んでも犯罪を犯すつもりはない。だけど、まあ、見つからなければたまの小遣い稼ぎぐらいさせてもらうがな」


 そう言ってブスッとしたまま笑うビートを見て、この二日間を思い出す。


 この二日間は大変だった。特に夜が……。

 あんな老人のホモ話を聞かされて夜を安全に寝れる奴が居たら、ソイツはホモ、もしくは願望があるに違いない。俺は同性には興味がない、むしろ離れてくれと願う。

 しかも、ア〇ルファ〇クはジャンル的にオーラルセッ〇スだから、システムが強制終了しない可能性だってありえる。


 夜にビートから襲われない方法が何かないか考えた結果、空き樽を横にして履くように足を入れて寝る事にした。

 これなら俺のケツを襲う前に樽を取る必要があるから、寝ていても気づくだろう。

 ちなみにテクノブレイカーにも見張りを頼んだが、俺より先に寝たコイツを二度と信用しないと決めた。


 見張り番を交代する時に、ビートが俺の姿を見て「何でそんな状態で寝ている?」と尋ねられたが、異邦人の寝方だと嘘を吐いてごまかした。

 このゲームの世界で異邦人の間違った常識が広まったが、俺のケツを守るためだから仕方がない。




「そろそろ樽に入った方がいいか?」


 ビートに確認すると、「まだ早い。焦っても仕方がない」と言って肩を竦めた。

 そしてロックストーン監獄を見ながらビートが話し始める。


「先に言うべきことは今のうちに話しておこう。あそこには昼過ぎぐらいに到着するだろう。そして日没前には出る。それまでは俺も待つが、それ以上は無理だ」

「分かっている」

「ならいい。話の続きだ。この荷馬車はロックストーン監獄の倉庫前に停まる。しばらくすると監獄の中から守衛に連れられた囚人が現れて荷下ろしを始めるから、お前はその前に樽から出て囚人が出てきた場所から忍び込め。

 俺がアドバイスできるのはここまでだ。後は、まあ、捕まるなよ。もし捕まっても俺は知らぬ存ぜぬでとぼけるからな」


 そこまで言うとビートがニヤリと笑ってから、いつものブスッとした表情に戻った。


「ああ、俺もヘマをするつもりはないから、安心しな」

「そうか……もう少しだけ外の空気を味わっとくんだな」

「ああ、そうするよ」


 会話が終わって暫しの間、荷馬車から広がる荒野を眺めていたら、姉さんから通信チャットが入ってきた。


≪レイちゃん、やっほー≫

≪やっほー≫


 たまに姉さんのこの挨拶がイラっとする時がある。その時は俺も同じように返事を返している。


≪今日は気分が良いのね≫


 問題は相手がそれを理解してくれない。


≪皆、ログインして揃い始めているけど、今どこかしら?≫

≪今、荷馬車に乗せられて売られる子牛のドナドナ気分を満喫しているところだな。悲しそうな瞳ってどんな瞳か知ってる? 今の俺なんだぜ≫

≪それはないわね。んー説明をお願い≫


 姉さんに即されて今回の仕事の内容を説明する。


≪随分と危険な仕事ね≫

≪そう? どこに忍び込んだって捕まれば一緒だと思うけど≫

≪確かにそうだけど……だけど気を付けてね。皆には言っておくわ≫

≪了解≫

≪それじゃ頑張ってね≫


 姉さんのチャットが終わると再び荒れた荒野を眺めながら、ロックストーン監獄に近づくのを待った。




「そろそろ中に入れ。安全が確認できたら樽を叩いてやる。それまでは死人のように静かにしていろ」

「了解。よろしくな」

「お前も頑張れよ」


 ロックストーン監獄が近づいて、そろそろというタイミングで、ビートから樽に入れと言われた。

 樽に入るとビートがフタを閉じて暗闇に覆われる。鞄からマスクを取り出して顔を隠した。

 じっと待っていると動いていた荷馬車が止まって、前方から話し声が聞こえてきた。


「ビートか、ご苦労だな」

「ほら、何時もの許可書だ」

「ああ、少し待て…………良いぞ問題ない。オイ、城門を開けろ」


 ビートと話をしていた守衛が指示を出すと、前方でガラガラガラと音がした後、荷馬車が再び動き始めた。

 監獄に入った荷馬車が停止して、そのすぐ後で樽を叩く音がした。盗賊隠密スキルで姿を消して樽から出ると、近くに居たビートと目が合う。

 お互いに頷いた後、すぐに荷馬車から出て倉庫の物陰に隠れた。


 倉庫の物陰から監獄の入り口を監視していると、足に鎖を繋がれた囚人が守衛に連れられて現れた。

 物陰に隠れるように移動して、囚人が出てきた入口に近づく。

 残り10mで隠れる場所はなし。囚人と守衛が視線を反らした一瞬を突いて、一気に中へと突入した。


 目指すはロックストーン監獄5階の最深部。タイムリミットは夕刻までの4時間。

 俺のたった一人だけの戦いが始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る