第16話 プチキャット・フロム・ヘルの作戦
ブラッドを捨てた後、俺達『ニルヴァーナ』Withロビンは、キンググレイスを出て三日ほど歩いた場所にある森の入口に居た。
ここまで歩いて来た感想としては、「まさか移動に三日も掛かるとは思わなかったorz」の一言だろう。
クエストの依頼書には南の森としか書いてなかったから、全員近くの森だと思っていた。
ところが、街を出て南を見ても平原しかななく、全員の頭にクエスチョンマークが浮かんだ。
慌てて街の門番に確認したら、クエストの森まで歩いて三日掛かると言われて全員が驚いた。
特にクエストを選んだローラさんは、全裸で三日間登山をする企画物と聞かされて「ええーっ」と驚くエロ女優の様な表情だった。
ちなみに、街道からも外れているため、そこまで行く馬車もなかった。
舗装もされてない道を一日歩いて、全員が疲れ切って悲鳴を上げた。
幸いゲームだから足の裏にまめはできないが、現代人にガチ系のファンタジーをやらせるのは無理があった。
俺が今までやってきたゲームだと、移動手段はポータルゲートを使って省略させるのだが、このゲームはプレイ時間で課金額が増えるため、運営はプレイヤーから多くの金を摂取させようと、移動だけはプレイヤーにガチプレイをさせていた。
確かにゲーム時間を短縮させて、さらに移動も一瞬にするとプレイヤーから金を搾り取るのは難しいと思う。どうやら加速時間システムは便利だが、時には不便を強いられる場合もあるらしい。
だけど、移動だけで金を取られるプレイヤーからしたら、たまったものじゃない。
そう考えていたら、ゲーム会社のあるビルのフロアにRPG-32をぶっ放したくなった。
初日のキャンプで、次からは馬か馬車を購入しようと全員一致で決まる。
それと同時にキンググレイスで留守番をして楽をしているブラッドに殺意が沸いて、暇な時にブラッドに通信を入れて愚痴を言う。5回目でブラッドから「もう勘弁してくれ」と悲鳴が上がった。
後から考えると、ブラッドは好きで休んだわけでもなく理不尽な行動だったと思う。
移動中もモンスターの襲撃はあった。いや、正確に言おう。俺達がモンスターを襲撃した。
歩いているだけで暇だった俺達は、遠くで平和そうにしているゴブリンを見つけて襲い掛かった
確実に俺達が襲撃者。ゴブリンにも平穏な生活というのがあるだろうに、それを義兄さんが「王国の剣」の試し切りでゴブリンを切る。ロビンが自分の背丈ほどある大剣で一刀両断で胴体を真っ二つにする。
他の皆もスキルとレベル上げを目的とした殺害を狂気の笑みを携えて嬉々と行い、平和だったゴブリンの日常を地獄へと変えていった。
俺もクロスボウのスキルを上げるために、ガシガシ撃っていたから同罪だったと思う。
殺戮が終わった後、モンスターの屍を見て賢者モードになった俺は、何となくゴブリンが人を襲う理由が分かった。
二日目の昼に食料が尽きた。
アホだと思うが、移動に三日掛かるとは思っていなかったから、全員が用意していなかったし、誰かが用意していると思っていた。
そこら辺は現代人であるが故の無知といったところだろう。便利は人をダメにする。
一度街まで戻るかどうか相談していると、乗馬をした時にキングデビル、改め、ロッキーの父親から受けた依頼で倒したフォレストウルフと熊の肉が鞄に入ってのを思い出したから、皆に提供した。これで何とか帰るまでの食料を確保する。
そして、水は姉さんが魔法で作ったのを飲んだ。何時も悪魔、魔王、魔女、魔人に見える姉さんがこの時だけは女神に見えた。
俺が提供した肉を使ってチンチラ、ステラ、ローラさんの三人が料理を始める。
ジョーディーさんも手を出そうとしたが、彼女が肉を掴んだ瞬間、ベイブさんがその腕を掴むと一本背負いでジョーディーさんを投げ飛ばした。彼も妻の暴力に対して限界が近かったのだろう。
ジョーディーさんは「ドメスティックバイオレンスだ!」と叫んでいたけど、「お前の料理がクッキングバイオレンスだ。全員を殺す気か?」とガチなベイブさんに言われてしょんぼりしていた。犬の癖に上手い事を言うと思った。
料理に使う火は俺のサバイバルマッチを使った。そうすると俺のサバイバルスキルがガンガンに上がる。
このスキルは強い敵が居るフィールドだとスキルの上昇が早い。
最初に使った時はたき火の周りしかなかったセーフティーエリアも半径15mまで広がったが、この広さが限界だったらしく、これ以上は広がらなかった。
二日目の深夜にサバイバルスキルのレベルが15になったら、突然地面から小さなテントが出現した。
意味が分かんない。スキルが俺の常識を超え始めている。
深夜にレベルが上がって、シャムロックさんが寝ていた地面から突然ズボッと現れ、彼は背中を抑えて地面に転がり呻いていた。
ちなみに、このテントは女性専用として使われることになって、そのテントを出したスキルを持つ俺はまだ一度も中に入った事がない。
「レイ! 置いていくぞ」
「あ、今行く」
……回想が長げえよ。危うく置いて行かれるところだったじゃねえか。
義兄さんに呼ばれて、俺も森の中に入る。
森に入ると草木に覆われていたが、ゴンちゃんがブルドーザーとなって道を切り開いた。
ゴンちゃんを見てシャムロックさんが「いいね!」と喜んでいたけど、脳筋の考えは相変わらず理解できない。
茂みの中を進むと森の空気が変わった。どうやらインスタンスエリアに入ったらしい。
「フィールドに入ったな」
「フィールド? インスタンスエリアの事?」
「ああ」
どうやらロビンも気配が変わったのを感じ取ったらしい、ローラさんの質問に頷いていた。
「よく分かったな。私には何も感じないが……ステラ、お前はどうだ?」
ヨシュアさんが直感系スキルを持つステラに確認すると、ステラは首を横に振った。
気が付いたのは俺とロビンだけだったらしい。どうやら、ロビンは俺と同じでこのゲームにどっぷりと嵌っている。違うな、俺は嵌められている。
「「見つけた」」
森を進む事10分。俺とステラが検索系スキルでトロール敵を見つけた。
「ちょうど三体、固まっているね。何をしているかはここからじゃ分からないわ」
ステラから状況を聞いた義兄さんが俺の方を振り向く。
「レイ、チョット偵察に行ってくれないか」
「検索系のスキルは持ってるけど、ステルスを持ってないから偵察だったらステラの方がいいんじゃね?」
残念ながら今の俺は軽戦士。それに、部外者のロビンも居るから盗賊スキルは封印中。
「あ……ああ、そうだったな。ステラ、頼む」
俺がそう言うと義兄さんも今の俺のロールプレイを思い出して、偵察をステラに頼んだ。
「了解」
ステラがステルスで姿を消してトロールの偵察に向かった。
その間、俺達は作戦を練ることにした。
「問題は三体居ることだな」
ヨシュアさんがトロール攻略の問題点を言うと、それに全員が頷いた。
「こちらも三パーティに変えるか?」
「十二人だから三つに分けて、四人パーティか」
「それだとこちらの総合DPSが弱くなります」
義兄さんとヨシュアさんの会話にチンチラが加わる。プチキャット・フロム・ヘル降臨。
「ちーちゃんの考えを教えてくれる?」
「えっと、パーティ構成は五、五、二が良いかなと」
「ふむ、その理由は?」
姉さんから促されてチンチラがパーティ構成について意見を述べると、義兄さんがその理由を尋ねた。
「えっと、まずトロールが初見の敵なので強さが分かりません。なので、こちらもできるだけ最大の力で当たって死亡率を下げます」
「……確かにそうだな」
ヨシュアさんが頷く。
「そして、二人のパーティはトロールを一体引き付ける役になります。倒すことを考えずに、ターゲットを取ったらトロールの攻撃を受けないようにひたすら逃げて下さい。
二人にしたのは、一人がメインでターゲットを取って、もう一人がそのフォローに当たるといった感じかな。そして、五人パーティのどちらかがトロールを倒したら、すぐに応援に駆けつけて下さい」
「なるほど……」
チンチラがプチキャット・フロム・ヘル元帥に変身して作戦を提案すると、全員が彼女を褒め称えた。
そのチンチラは姉さんに抱き着かれて、恥ずかしそうにモジモジしていた。可愛い元帥である。
「チンチラの案で皆は良いか?」
「二人パーティを二つ作って、残りは一体に全力で当たるのはダメなのかい?」
義兄さんが全員に確認すると、シリウスさんがチンチラの作戦を少し変更した案を出す。
「私の予想ですが、それだと過剰戦力になると思います。それに、二人パーティのどちらかが倒れた場合のフォローが難しいかなぁ……」
「なるほど、僕もチンチラの案に賛成するよ」
シリウスさんもチンチラの案を受け入れて、これで作戦方法が決まる。
「なあ、私が二人パーティのメインをやってもいいか?」
一番キツイ役を誰にするかを悩む前に、ロビンが挙手して立候補した。
もしかして皆に気を使って、自ら犠牲になってくれるのか?
「一番面白そうだし!」
残念、ただの脳筋でした。
「確かに五人の所に入ると、初めて組むメンバーも居るから連携が取り辛いのは分かるが、いいのか?」
「もちろん、もちろん」
義兄さんの確認に、笑顔のロビンが頭をブンブン縦に振る。
「そうなると後はサブだが、ヨシュアのところからだと数が少なくなるから、こっちのヒー……」
「サブはレイにしてくれ」
「「は?」」
義兄さんが考えている途中でロビンが俺を指名して、俺と義兄さんが同時に変声を出した。
「いや、レイはちょっと……それに、ヒーラーでもないし」
「大丈夫、問題ない。攻撃を喰らわなきゃいいだけだ」
義兄さんが現実で死ぬかもしれない俺の事を考えて反対しようとするが、何も知らないロビンが無謀な事を言う。
「いや、喰らうだろ」
「何でだ?」
俺がツッコミを入れると、ロビンは不思議そうな表情で首を傾げた。アカン、この人どこかおかしい。
「さすが『ワン・ウーマン・アーミー』ね」
姉さんのその一言でベータ参加組が全員納得していた。
「で、なんで俺なんだ?」
「面白そうだから」
理由が酷い。この女、きっと他人の都合なんて一度も考えた事ないぜ。
「……仕方がねえな、手伝ってやるよ。性欲処理はしないがな」
「ははは、安心しろ。イカれた神に誓ってお前が攻撃を喰らう事はない」
「いや、待ってくれ、レイは……」
「義兄さん」
義兄さんの話を途中で止めて、義兄さんの目をジッと見る。
「何だ?」
「俺は死なない……どんな敵が相手でも、絶対に生き残る」
森の中が静かになる。
何も知らないロビンが首を傾げるが、この場に居る『ニルヴァーナ』の全員が無言になって俺と義兄さんの動向を黙って見ていた。
「……分かった」
仕方がないといった感じで義兄さんが頷く。
「ただし無茶はするなよ」
「……善処する」
そう答えると、ロビン以外の全員が溜息を吐いた。
パーティ構成は、以下の構成となった。
Aチームを義兄さん、姉さん、ベイブさん、ジョーディーさん、チンチラ。
Bチームをヨシュアさん、シャムロックさん、シリウスさん、ローラさん、ステラ。
Cチームがロビンと俺。
AチームとBチームはタンクとヒーラーが居るバランスの取れた構成になった。
Cチームは、まだロビンの戦闘能力がゴブリンを虐殺した時しか見てないから分からないが、あの時メチャクチャ速かったからスピードタイプだと思う。俺も足が速いし……。
「戻りました」
作戦とパーティ構成が決まったタイミングでステラが戻って来た。
「お、どうだった?」
義兄さんが尋ねるとステラが両肩を竦めた。
「ボスが居ます」
「ボス?」
「ええ、一匹だけ頭が二つあって、体が大きいのが居ました。多分ボスだと思います」
頭が二つ? 一人でWフェ○ができるじゃん。
「じゃあそいつ貰う」
あっさりとロビンが宣言。巻き込まれる俺の事など全く考えちゃいない。
「大丈夫なのか?」
義兄さんがロビンに尋ねる。
「なにが?」
「いや、勝てるのか?」
「勝てなきゃ逃げればいいんだろ」
「確かにそうだが……」
今の会話の内容からして、逃げる気ねえじゃん。
ステラにも作戦内容を説明した後、俺達はトロールが居る場所へと向かった。
「居たぞ。皆、静かに」
義兄さんが後ろを振り向いて人差し指を唇に当てる。
俺も茂みからコッソリと覗くと、森の中の広場にトロールがたき火を囲んで座っていた。
トロールは身長は3m以上で肌は緑色。所々に苔が体に付いていた。
頭髪はなく、顔は人間に似ているが、人間の頭なら丸のみ出来そうな大きな口を見て、彼等が人食い種族なのだと理解した。
腹回りは太っているが、全身は筋肉の鎧で覆われ、彼等の近くの地面を見れば丸太の様なこん棒が転がっていた。
もし、そのこん棒で殴られれば、どんな強い戦士でも、一撃で骨ごと潰されるだろう。
彼等は腰布だけを身に着けて、見た目だけで言えば、銭湯に居そうな風呂上りの力士。タオル一枚で扇風機の風に当たって、涼しんでいるのがお似合いだ。
そして、三匹のトロールの一匹に異形のトロールが居た。
ステラの報告通り、頭が二つあって他のトロールと比較しても一回り図体が大きい。
「トロールの亜種とってとこか。とりあえずボストロールとでも呼ぶか」
どこかで聞いた名前だな。
「奇形の間違いじゃないのか?」
「その言葉は規制だからアウトだ」
「言論封殺クソ喰らえ」
ロビンとやりとりをしていたら、義兄さんに睨まれて静かにする。
「それじゃ、手筈通りに行くぞ」
振り向いた義兄さんに全員が頷き、広場へ突入した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます