閑話 豪雨の中の戦い01

 レイがヨツシーの店の前で桃からスピアーを喰らっている頃。

 イキロ達はニルヴァーナの後を歩く数百人のプレイヤー集団と一緒に、コトカの西にある丘へ向かって荒れた海峡を鎮めるイベントに参加していた。


 改めて彼等を紹介すると……。

 リーダでメインタンクのイキロ。種族はヒューマンで、武器は盾と剣。

 彼はリーダーとして頑張っている。ただし、時々弱気な処ががあったりもする。


 サブタンク兼アタッカーのテルヒサ。種族はドワーフで、武器は両手斧。

 裏でイキロを支えて、戦闘だと臨機応変に攻撃と防御を使い分け、パーティーの中ではプレイヤースキルが一番高い。


 メインアタッカーのノブナガ。種族はヒューマンで、武器は両手剣。

 彼はあまり喋らないが、パーティーの中で一番空気が読める人。


 火魔法使いのコウメイ。種族はヒューマンで、武器は魔法詠唱に使う杖。

 無精髭を生やして見た目は渋いけど、言動はチョット若いと言うより、大人になれないガキ。


 ヒーラーのミミ。種族は猫獣人で、武器は盾とメイス。

 唯一の女性で、性格は明るくこのパーティーのムードメーカーでもある。姫ちゃんプレイまであと少しな子。


 土魔法使いで盗賊でもあるシュバルツ。種族はエルフで、武器は魔法詠唱に使う小さなワンド。

 彼は元々純魔法使いだったが、レイの影響でローグになる事を決め、アーケインでコートニーが起こしたテロに参加した結果、ローグスキルを得る事が出来た。


 レイがコトカで暴れ回っている間、彼等も少しずつ成長していた。

 特にシュバルツがローグスキルを得てからは、他のプレイヤーが死にコンテンツと敬遠してるダンジョンへ潜り、攻略出来るようになっていた。

 しかも、彼等は一度レイから卑怯な戦い方を聞いていて、スケルトンが現れると背後から肋骨を押さえてタコ殴り。ゴブリンが現れると転ばせてタコ殴り。女に目がないオークが現れたら、ミミを囮に罠に引っ掛けタコ殴り……と、相手の攻撃を封じてから全員でタコ殴り。

 傍から見ればただのリンチだけど、確実に勝つ戦い方をしていた。

 その結果、彼等は十分な経験値とお金が手に入り、他のプレイヤーとは比べ物にならないぐらいの成長を遂げていた。




「ねえ。何で異邦の11人なのかしら?」


 ミミが前を歩くニルヴァーナの11人と、体つきの良い老人に肩車されている海賊帽を被った幼女を見ながら首を傾げる。

 ニルヴァーナのコートニーがレイの姉だと知っている彼等は、異邦の11人の中に彼が入っていないのを不思議に思っていた。

 それに、彼等はフレンドリストからレイがニルヴァーナの一人である事も知っていた。


「何でだろうな。一度レイさんに連絡しようとしたんだけど、繋がらなかったんだよなぁ……」


 ミミの質問にイキロが答える。

 ちなみに、通信チャットが出来なかった理由は、レイが『ニルヴァーナ』と『デモリッションズ』の合併パーティに参加できずにイラっとして、フレンドリストの全員をブラックリストに突っ込んで時だったので、タイミングが悪かっただけだった。


「それにさ、昨日の海賊の戦い……」

「あれ、凄かったな!!」


 イキロが話している途中で、コウメイが興奮して割り込んできた。


「たった一隻で何隻もの海賊船を倒して、観ているだけで面白かった!!」

「……まるでフロムヘルだった」


 コウメイの話に普段は何も話さないノブナガが珍しく呟く。


「「フロムヘル?」」


 ミミとシュバルツがノブナガに質問すると、彼は何でもないと頭を横に振った。


「えっと、話を続けても良いかな?」


 イキロが皆を見回すと、全員が「どうぞどうぞ」と手をそっと差し伸べる。


「何か熱湯風呂に入らなきゃいけないような促しだけど、まあ、いっか。昨日の海賊戦でさ、ボスを倒したのがニルヴァーナだって言ってたじゃん」

「そうだな」


 テルヒサが頷く。


「だけど、ニルヴァーナが軍艦に乗るところを偶然見たんだけど、11人居たんだよな」

「……つまり?」


 シュバルツが話の続きを促す。


「うん。それでもう一つの噂だけど、ニルヴァーナはアサシンと繋がって……」

「そこまでにしよう。きっと何か理由があるんだ」


 ノブナガがイキロの話を止める。

 彼は周りのプレイヤーの空気を読んで、今ここでする話ではないと判断した。


「相手が隠しているのを無理やり暴いて公開するのはモラルに反している。俺達はアイツに恩があるんだ、それを裏切るマネだけは止めた方が良い」


 テルヒサがそう締め括ると、全員が頷いた。




 ニルヴァーナとプレイヤーの集団は丘を登りきって高い崖の上に到着した。

 眼下に広がる海を見たミミとシュバルツが目を輝かせて集団から離れる。


「キレイな場所だなーー」

「ヨーロッパの海みたいでステキ」

「ヨーロッパの海ってこんな感じなの?」

「え? 行った事ないから知らない」

「何だそりゃ」


 後から来たコウメイが二人の会話を聞いて、ミミに突っ込んでいた。


「三人ともそろそろ戻って、何かが始まるっぽいよ」


 イキロから声を掛けられて祠を見れば、ニルヴァーナが祠の前で何かをしていた。

 三人が元の場所へと戻るのと同時に、青空だった空が突然暗くなって灰色の雲に覆われる。

 その様子に周りのプレイヤーが騒めき始め、イキロ達も不安な様子で辺りを見回していた。


「祠で何かが始まってるぞ」


 近くに居たプレイヤーの声に視線を向ければ、祠の上空に女性の幽霊が現れて、彼女は顔を手で覆い泣いてた。


「……イベントか?」

「多分、そうだと思う。ん?……雨」


 コウメイの呟きにシュバルツが応じると、空から水滴が落ちて彼の顔に当たった。

 雨は土砂降りになって、丘に居る全員をずぶ濡れにした。


「これも……イベントか?」

「多分、そうだと思う」

「最低」


 コウメイとシュバルツが先ほどと同じ会話をしていると、ミミが文句を言いながらフードを頭から被る。


「敵が出たぞ!!」


 プレイヤーの大声に全員が声のした方を振り向くと、丘の下から数百という数のモンスターが現れていた。




「これも……イベントか?」

「多分、そうだと思う」

「本当に最低!!」


 コウメイとシュバルツが三度目の同じ会話をすると、ミミが二人に向かって怒っていた。


「俺達に怒るなよ。それで、どうする? 突然、モンスターが現れても準備なんて……出来てるな」


 コウメイがミミに文句を言って皆に相談しようと話し掛けたけど、その途中で自分の言っている事が間違っている事に気付く。


「確かに、出来てるな」


 テルヒサが周りを見て頷けば、モンスターの集団を見て嬉しそうなプレイヤーで溢れていた。

 丘の下から現れたモンスターは、ゴブリン、コボルト、オーク、サバギン、と言った雑魚が大半で、強い敵だと数匹のオーガが単体で散らばっていた。

 ニルヴァーナの様子を知りたくてイキロが彼等を見れば、前衛が飛び出したタイミングで、彼等の足元が凍り地面にずっこけていた。


「何で味方を攻撃してるんだ?」

「……さあ?」

「俺達に手柄をあげようとしてるんじゃないか?」


 イキロが首を傾げていると、コウメイとテルヒサが肩を竦めた。

 ニルヴァーナは祠の前から動かず、プレイヤーとモンスターの集団が少しずつ距離を縮める。


 そして、プレイヤーから放たれた矢を切っ掛けに、全てのモンスターが突撃を開始した。




 最初の内、遠距離攻撃を持つプレイヤーが次々と雑魚を仕留めていたが、接近戦に入るとたちまち不利になった。

 コトカに来たプレイヤーは、レベルも高く戦闘にも慣れていたが、ローグが少しづつ増えているとはいえ、ダンジョンを攻略できるパーティーは多くなく、資金不足で装備が不十分であったこと、それに加えて、レイドに不慣れなプレイヤーが多く全体の指揮を取れるプレイヤーも居なかった。

 いや、指揮を取ろうとするプレイヤーは何人か居たが、彼等は支離滅裂な事を言ったり、自分の言うことを聞かないプレイヤーに向かって文句を言うだけで、相手にされていなかった。


 イキロ達は後ろの方に居たため、まだ戦闘に参加できず様子を伺っていたが、このままだと全滅するのは確実だと感じた。


「ねえ、どうする」


 シュバルツがイキロに尋ねると、彼は考えた末、他人に任せるという選択肢を選んだ。


「ニルヴァーナの近くに行こう」

「なんで?」

「モンスターが現れてもあの人達は動かなかった。きっと、俺達の知らない情報をさっきの幽霊から聞いたんだと思う」

「なるほど……」


 イキロの話にテルヒサが頷く。


「それに、ただ突っ込むより、彼等と共同戦線を組んだ方が生存率は上がるしね」

「私もそれに賛成。だって、あのコートニーさんだよ。何か作戦がきっとあるんだと思う」


 イキロが説明すると、ミミも頷き同意する。

 以前、シュバルツがローグスキルを得た時に居た二人は頷き、その話を聞いていたテルヒサ、ノブナガ、コウメイも賛成すると、イキロ達はこの場を移動してニルヴァーナが居る祠へ移動した。




 彼等が祠に近づくと、イキロと同じ事を考えていた数パーティーが既に祠の前に集まっていた。


「コートニーさん」


 イキロがコートニーに話し掛けると、海賊帽を被った幼女とじゃれていた彼女が振り向いた。


「あら? 確かイキロ君だったかしら? やっほーこんにちは」

「はい、お久しぶりです」

「あなた達も一緒に戦う?」

「是非ともお願いします」

「分ったわ。チーちゃん、この人達ともチームを組んであげて」


 イキロが頼むと、彼女はゴーレムを横に従えた美少女に向かって話し掛ける。


「分りました」


 チーちゃんと呼ばれた美少女がコートニーに頷くと、イキロ達の目の前にチームチャットの申請ダイアログが浮かび上がった。

 このチームチャットはギルドを超えた戦い時に活用する通信機能スキルで、このスキルを持つプレイヤーは大声を出さなくてもチームに参加した全員に声を届かせる事ができた。

 つまり、イキロ達にチャット申請したのが目の前の美少女と言うことは、リーダーは彼女と言うことになる。


 イキロ達がチームに入った後も、この状況に危機を感じたプレイヤーが次々とニルヴァーナの元へと集まってチャットグループに入り、その数が100人を超えたところで、美少女が横に居たゴーレムの肩に乗って全員に話し掛けた。




『さて、皆さん。これから全体の指揮を取るチンチラです。よろしくお願いします』


 イキロ達の耳に彼女の声が聞こえて、その声色に数人のプレイヤーが顔をしかめて文句を言い始めた。


「おい、今ピンチなんだぞ。そんな小娘に任せられるか!!」

「そうだ、俺は抜けるぞ!!」

「俺に指揮を取らせろ!!」


 彼等のヤジにチンチラが困った様子を見せたが、隣にいたコートニーが小声で彼女に話し掛けると、チンチラの表情が厳しくなった。


『えっと、嫌なら抜けて結構です』


 そう言うと、チンチラがコンソールを弄って、ヤジを飛ばしていたプレイヤーをチャットから退出させた。

 コンソールを閉じたチンチラが正面を向くと、今度は別のプレイヤーが大声で話し掛けてきた。


「アンタ……もしかして、戦コレのチンチラか!?」

『えっ……あっ……はい。そうです』


 その質問にチンチラが答える。ちなみに、最後の方は恥ずかしそうに小声になっていた。

 今の会話に数人のプレイヤーが騒めく。そして、その中の一人にノブナガが居た。


「……フロム……ヘルだと……」

「何、知り合い?」


 イキロが尋ねると、ノブナガがチンチラを凝視したままポツポツと話し始めた。


「彼女は……プチキャット・フロム・ヘル元帥だ」

「何、その可愛いけど恐いネーミング」


 ミミが顔を引き攣らせてノブナガに質問する。


「戦コレと言うシミュレーションゲームの最強プレイヤーだ。プレイヤー名と容赦のない非道な戦術から、ついたあだ名がプチキャット・フロム・ヘル地獄から来た子猫ちゃん……彼女の前では10倍の敵ですら、成すすべもなく全滅する……」


 普段喋らないノブナガが珍しく長く語るが、その内容が酷い。

 イキロ達は改めて美少女のチンチラを見て、今の話が信じられなかった。


「あの娘が? チョット信じられないな……」

「噂だと自衛官幕僚全員で戦ったが、彼女にボロクソにされたらしい……」

「本当かよ!!」


 テルヒサにノブナガが答えると、横から聞いていたコウメイが驚いていた。

 そして、プチキャット・フロム・ヘルを知っていたのは彼だけではなく、戦コレの彼女を知っているプレイヤーが周りに伝える事で、全滅を覚悟していたプレイヤー達は彼女に希望の光を見た。


「フロム・ヘル降臨!!」

「チンチラの命令に従えば生き残れる!」

「プチキャット・フロム・ヘルが指揮を執るぞ! 勝てる! どんな敵でも勝てるぞ!!」

「フロム・ヘルに逆らう奴は、俺がお前をゴー・ツゥー・キル!」


 彼女を知る者達から声が上がり、次第に大きくなると全員の合唱が始まった。


『フロム・ヘル!! フロム・ヘル!! フロム・ヘル!! フロム・ヘル!!』


 チンチラはその歓声を聞いて、頭を抱えていた。




 頭を抱えていたチンチラが正気に戻ると、正面を向く。


『時間がありませんので、作戦を伝えます! もう直ぐ前線は崩壊して敵はこちらに向かってきます』


 彼女の言う通り全員が振り返って戦局を見れば、前線で戦っていたプレイヤーは百人を切っていて、逆にモンスター側は奥から続々と現れていた。


『敵が狙っているのはこの祠に納めた指輪です。勝利条件は指輪を守って、敵を殲滅する事以外ありません』

「もし負けたらどうなるんだ?」


 プレイヤー側からの質問にチンチラが話を続ける。


『負けた場合、海峡を塞ぐ海流は荒れたままになり、ブリトンへ行けなくなるそうです』


 チンチラの返答にプレイヤー達から不満の声が上がる。


『まず、タンクは二グループに分かれてください。そして、中央を少しだけ開けて、山になるように斜めに崖手前まで横一列に並んでください。

 ヒーラーはタンクの後へ、ヌーカーを含む遠距離攻撃プレイヤーは端へ。アタッカーは中央へ』


 チンチラの指令にこの場に居る全員がパーティー関係なく配置に場所へ移動する。

 配置が完了すると、防衛戦なのに何故か突撃に向いている鋒矢の陣に似ていた。


『敵が来たらタンクロールの方はヘイトを奪わず、ひたすら耐えて下さい。ヌーカーと遠距離攻撃の方は強そうな敵に一度だけ攻撃をして、崖の端へと誘導してください』

「フロム・ヘル。それだと敵が倒せねえぞ」


 チンチラの指示に、一人のプレイヤーが抗議の声を上げた。


『大丈夫です。今の状況だと全てのモンスターのヘイトは私達ではなく、今私が持っている祠の指輪になっています。つまり、今の私達は敵のヘイトを全く取っていない状態です。

 そして、タンクが彼等の道を塞いでいれば、敵は攻撃せずに後ろから味方に押されて端から順に崖から落ちます』


 チンチラがゲームのヘイトシステムと地の理を使用した作戦を伝えると、全員の口から「おおーー!!」と声が上がった。


『次に中央部分ですが、あの数で押されたらどんな人でも押されて陣が崩壊します。なので、ワザと隙間を作り少しずつ敵を入れて、火力を一点集中させ敵を倒します。

 雑魚が来たら普通に倒して構いません。ただし、オーガが入って来た場合、先に右側のアタッカーが攻撃してください。オーガーが振り向いたら今度は左側のアタッカーが攻撃。それを繰り返せば、オーガは振り向いている間に倒れます』


 土砂降りの雨の中、攻撃を任された全員が顔に雨が当たるのも構わず、チンチラに頷く。


『タイミングの指示は右側をベイブさん、左側はシャムロックさんに任せます』

「「了解!!」」


 チンチラの命令に、ニルヴァーナのマントを羽織った大柄な男性とワーウルフが頷いた。

 そして、チンチラが作戦を伝え終えるのと同時に、前線が崩壊してモンスターの集団が移動を始めた。


『それでは作戦開始です。パンツァーフォー!!』

『パンツァーフォー!!』


 戦車はないし前進もしないが、チンチラが戦コレの開始時に使う号令を下すと、この場に居た全員が大声で叫んだ。

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