第45話 スキルだってたまにはミスをする

 バー『シーフ』のある繁華街に向かう途中、晴天だった天気が突然曇り空になった。

 町の西を見ると凄い雨が降っているみたいだけど、あの方向って祠があった気がする。どうやら義兄さん達の方で何かイベントが発生しているらしい。

 連絡して確認したいところだけど、忙しそうだからやめといた。そんな俺は空気が読める良い子。だから、連絡する代わりに合掌して皆の冥福を祈った。


 繁華街の裏路地に入って盗賊ギルド改め、経営舐めプーの『シーフ』に着くと、扉には「close」の看板が掛かっていた。

 看板をガン無視してノブを回すと、鍵が掛かっていなかったので何食わぬ顔で中へ入る。

 こう不用心だと盗賊ギルドなのにだらしがないと思う。まあ、性格が真面目な盗賊も何か変だし、これが普通な気がした。


 店ににマスターは居なかったが、カウンターの席に一人むさ苦しいおっさんが書類に囲まれてうつ伏せで死んで、いや、寝ていた。

 顔はカウンターに突っ伏していて見えなかったけど、胡散臭い雰囲気からチョイ悪おやじだと分かった。


 このおっさん、本当に過労死するんじゃね?


 まあ、おっさんが過労で死のうが、女に刺されて死のうが、どうでもいい話で、店のマスターが居なくてスキルが手に入らない方が俺には問題だった。

 それに、このおっさんと関わるとろくな事しか起きやしない。

 起こさないように静かに足を運び、二席ほど離れた椅子に座ってマスターが来るまでの間、俺もうつ伏せになって眠ることにした。


 それにしても、今日は疲れた……朝立てた計画がほとんど潰れた。

 軽業スキルは手に入ったけど、教会に行ったらお祓いは意味なかったし、パリィスキルは手に入らない。

 強欲な女に二度もタックルを喰らい、ブロックとフローラムから店の経営を相談されて、揚げ句の果てには俺と全く関係ない生産職の悩みを解決するとか、町を歩いていただけなのに何でこんな展開になったのか分からない。本当に分からない。


 だけどハイポ―ションが手に入ったのは儲けたと思う。

 ブリトンに行くまで手に入らなかったと思っていたから、ログアウト直前に飲んで結果がどうなるか楽しみだ。


 ああ、本当に疲れた……。




「おい、起きろ」


 顔を上げると、カウンター越しにマスターが俺の体を揺すっていた。

 目覚めの一発目が爺だとテンションが下がる。


「今、何時?」

「そろそろ夕方だな」


 久しぶりに見た店のマスターは相変わらず不機嫌そうな面をしていた。

 愛敬の一つでも振りまけば良いのにと思ったけど、こんな面で笑顔を見せられたら、たとえ相手が老人でもぶん殴りたくなる。この爺はぶすっとした面で正解なのだろう。


「何か飲み物ある?」

「何にする?」

「んじゃ、レモンスカッシュ、ガムシロ抜きで」

「少し待ってろ」


 あるんかい!

 冗談で言ったらあるし。何度も言うけど、本当にこのゲームの世界観が分からなくなってきた。運営もいい加減だと思う。


「久しぶりだな」


 横から加齢臭、違う、声がして振り向くと、チョイ悪おやじのギルドマスターが煙草をふかしながら俺に向かって手を上げていた。

 本人はキメてるみたいだったけど、寝起きなのか髪がボサボサで締まりはない。


「相変わらず忙しそうだな」

「お前の姉貴のおかげでな。あの人は俺を便利な事務処理係としか思ってないんじゃないか?」

「前に一度警告したのに守らないお前が悪い」

「警告? 何の事だ?」


 覚えていないのかギルドマスターが眉をひそめる。


「薬も飲みすぎると毒だと言ったはずだぞ」

「……ああ、確かにそんな事を言っていたな。身に染みて分かったぜ」


 ギルドマスターがガクッと項垂れて溜息を吐いた。


「ほら、レモンスカッシュだ」


 氷の入ったグラスに弾ける炭酸が爽やかな音を立てて、俺の前に置かれる。


「俺にもコーヒーをくれ」

「注文は一度にしろ」


 マスターがギルドマスターの注文に文句を言ってから、水を沸かし始めた。本当に商売っ気がない店だと思う。

 レモンスカッシュを飲むと、甘くないレモンの炭酸水が喉に刺激を与え、渇きを潤す。


「それで、その書類の束はなんだ? コトカの領主の件は片付いたんだろ」

「ああ、そっちはな。これはコートニー様が言う保険会社って奴の資料だ」

「なんだ、やっぱり一枚噛むのか」

「……まあな。どう考えてもこのアイデアは金になる。目の前に金が転がっているのに手を出さねえ盗賊は居ねえよ。そもそも、このアイデアはお前が発案だと聞いているぞ」


 チョイ悪おやじに両肩を竦める。


「せっかく大金が手に入ったんだから、一番有効に使おうと考えたら保険会社が有効かつ、確実に儲かりそうだったからな」

「悪くない考えだと思うぜ。俺の仕事量を考えなければな」


 手を出した方が悪いと思う。

 その後、チョイ悪おやじが保険について質問してきたから、俺の考えや意見交換をした。




「ほらよ」


 軽く会話が終わったタイミングで、マスターがコーヒーをカウンターに置いた。

 このマスターは飲み物を出すタイミングが良いと思う。恐らく俺とギルドマスターの会話の間を読んだのだろう。義兄さんも少しは見習ってほしい。


「アサシン、手紙と荷物を預かっているぞ」


 俺が感心していると、マスターが俺宛の手紙と荷物をカウンターに置いた。

 手紙は以前、毒ババア、おっと、師匠に送った手紙の返答だった。

 手紙を読むと、俺に対して相変わらずむちゃをしていると怒る? いや、逆で面白いからもっとやれという内容と、ハイポーションについての回答だったけど、もうハイポーションは手に入れたでござる。

 ちなみに、ハイポーションについての返事は、あんな糞不味い薬には興味がないと、実にあの婆さんらしい回答だった。

 そして、荷物の中身だけど……手紙のお礼にゲロポーションが10個も入っていた。相変わらずあの人、無駄に頑張るよね。

 最臭兵器ゲロポーションは便利だけど、できれば自分で作りたくないからありがたく頂いた。




「それでアサシン、ここに来たのは挨拶だけじゃないだろ」


 ポーションを鞄にしまっていると、マスターがここに来た用事を尋ねてきた。


「ああ、罠解除のスキルが欲しくてね」

「……あんなのが欲しいのか?」


 スキルの名前を言った途端、マスターとギルドマスターが同時に顔をしかめてた。しかも露骨に……。


「え? 何かマズい事でも?」

「あれはなぁ……確かにアドバイスらしき感覚はあるんだが、スキルがミスするぜ」


 言っている意味が分からない。


「どういう意味だ?」

「スキルが罠解除を間違えるんだよ」


 マスターの代わりに横のチョイ悪おやじが答えたけど、スキルが間違えるとか訳分からん。


「は?」

「だからな、目の前に罠があるとしよう。罠解除のスキルを持っていると、何となく罠の仕組みが分かって解除をしようとするだろ」

「ああ」

「その解除方法が間違ってるんだよ」

「……何それ?」

「俺だって何で間違えるのか知らねえよ。特にレベルが低い場合、スキルの野郎はほとんど間違えるぜ。しかも、たまに正解があるからタチが悪い。J・B、お前スキルは持っていたか?」

「いや、俺は取る前に話を聞いていたから持ってないが、持っていた奴は全員、罠に引っかかって天国に行ってるぜ」

「…………」

「悪いことは言わん。罠解除のスキルだけは取るのを止めておけ」

「ああ、助言に従った方が良さそうだ」


 酷でぇスキルもあったもんだ。取る前に教えてもらって助かった。

 だけど、結局、今日一日使って手に入れたスキルは軽業スキルの一つしか手に入らなかったな。




「あ、マスター。一つ聞きたい事があったんだ」

「何だ?」

「パリィを覚えたくて戦士回避スキルを取ろうとしたら、スキル同士が反発しあって取れなかったんだけど、何かパリィを覚える方法ってない?」

「お前、盗賊回避のスキルを持ってなかったか?」


 マスターが答える前に、コーヒーを飲んでいたギルドマスターが話し掛けてきた。お前は仕事をしていろ。


「ん? 持っているけど?」

「レベルは?」

「14だけど、それがどうした?」

「少し足りないが、まあ大丈夫だろう。手を出せ」


 言われるまま手を出すと、強引に俺の手を握られた。おっさんに手を握られるとか、すげぇ嫌なんだけど……。

 引っ込めようとしたら「じっとしてろ」と怒られて、仕方がなく顔をしかめてそのままにしていると、ギルドマスターが手を放した。

 手のひらをみたら、おっさんの汗が付いていて服で拭う。


「スキルを見てみろ」


 言われてスキルを確認したら、【盗賊回避スキル<Lv.14> AGI+2】→【盗賊戦闘回避スキル<Lv.1>】に変わっていた。


 AGIのボーナスを返せ。


「何これ?」

「盗賊回避スキルの進化型だ。回避の他にパリィのアシストも付くし、盾を持っていたら盾の防御アシストもできる。ただし、本業のスキルに比べたら劣るけどな」

「こんな便利なスキルがあったら最初から売れよ」

「このスキルは盗賊回避のスキルがある程度高くないと覚えられん。最初から売ろうとしても売れねえよ」

「へー。他にも進化するスキルはあるのか?」

「ああ、いろいろとあるぜ。全部を教えるのは面倒だから後は自分で調べな。それと10gだ」


 あ、やっぱり、金は取るのか。


「えっと、俺が領主に忍び込んだ時の代金は?」

「ん? 全部、コートニー様に支払ったぞ」


 受け取ってねえし。


「飲み物の代金は3s50cだ」


 ついでにとマスターからもレモンスカッシュの代金を請求された。ドケチなギルドである。

 カウンターに合計の代金を置いて領収書を貰う。


「ケチくせえな。自分のスキルだろ、手前の金で払えよ」

「その金を全部没収されているんだよ」

「信用ないな」


 まあ、お前等と同じ盗賊だからな。




 カラン!


 店のドアのカウベルが鳴って振り返ると、アビゲイルが店の中に入ってきた。

 ここって会員の居ない会員制のバーだったよな。何で繁盛しているんだ?


「あれ? 姉御じゃん」

「アビゲイルだ。昨日は名前を呼んだんだから、いい加減に姉御はやめろ」

「ん? 何となく姉御の方が合っている気がするし」


 アビゲイルは溜息を吐くと、俺の横、ギルドマスターの反対側の椅子に座って酒を注文する。


「何、この店を気に入った?」

「ああ、ここは一人で飲みたい時は静かで良い店だな」

「バーは偽装だけどね」

「開店してから盗賊ギルドとしての売り上げより、店の売り上げの方が多いぞ」


 俺が冗談を言うと、店のマスターが不機嫌な面のままぶつぶつと呟いた。

 喜ぶべきなのに不機嫌とか、本当に経営する気がないオヤジだと思う。


「おい、アビゲイル。昨日修正された船の予算が高すぎるぞ」


 ギルドマスターが書類を掲げると、俺を通り越してアビゲイルに文句を言う。

 この二人、いつの間に知り合ったんだ? ああ、俺が居ない時の打ち上げ時か……ふむ、まだ心の底で煮えたぎった何かが沸く。どうやらまだ皆を完全に許していないらしい。


「昨日の戦いで船がなくなったんだから仕方がないだろ。片耳の賞金首が手に入るはずだからそこから回せ」

「それでも予算オーバーだ。当分の間は赤字経営覚悟でやるんだから、無駄な費用は抑えろ」

「無駄な予算などない!」


 俺を挟んでギャーギャーと言い争いが始まる。

 盗賊ギルドのマスターと海賊のキャプテンの言い争いだから、普通は抗争が始まるのかと怖がるところだが、二人の事を知っている俺からしたら、小学校のガキ大将と女子のリーダが言い争っている様にしか見えない。


「場所を代わろうか?」

「防波堤になってくれ」


 俺が席を立とうとすると、アビゲイルが肩を押さえて座らせた。凄く嫌なんだけど。


「大体、必要な船が三隻なのはどういう事だ? 一隻で十分だろう」

「二隻は護衛船だ。まだ片耳の海賊が残っているから、顧客の身を守るのも利益に入る」

「そんなのは海軍に任せれば良いだけじゃねえか」

「お前は海軍を信用できるのか?」

「ぐぬぬ……」


 おっさんの「ぐぬぬ」は全生命体の中で一番似合わないと思う。


「だったら、このローズ商会に流れる予定の金は何だ? しかも、商会を一から立ち上げると計画書に書いてあるが、既にある商会をなぜ使わない」

「備蓄食料や弾薬の補充を安くするための商会だが、それがどうした?」

「どう考えてもお前絡みの店だろ!」

「……なぜばれたし」


 いや、誰が聞いても名前で直ぐ分かると思う。


「名前を見ただけですぐに分かるわ!」


 な。


「……一応名義は母親だ」


 経営者はあのパワフルなおばさんかよ!


「さらっと親族経営で儲けようとしてんじゃねえよ! J・B、俺にも酒をくれ、飲まずにやってられるか!!」


 その後、俺を挟んで酒を飲みながら言い争う二人に一時間程付き合ったが、何時まで経っても終わらない言い争いに愛想が尽きて、姉さんから連絡が来たと嘘をついて店を出た。

 店を出るときマスターの目が帰らないでくれと訴えかけていたけど、それも仕事だ頑張れ。


「付き合っていられるか!」


 バタン!!


 扉を勢いよく閉めて、夜の繁華街を一人『プリンセス・マーマン』へと帰った。




 帰る途中で夕方の曇り空が嘘のように星空が広がっていたから、祠のイベントは終わったと思われる。

 そして、セーブポイントの付近からボロボロの格好のプレイヤーがぞろぞろと沸いていた。恐らく死に戻りの連中だろう。

 その様子を見て襲撃イベントが発生したと理解する。マジで行かなくて良かった。


 『プリンセス・マーマン』へ帰ると、ニルヴァーナのメンバーはまだ帰宅していなかった。残念ながら彼等は生き残ったらしい。


「あ、レイさん、お帰りなさい」

「おう、リック。ただいま」

「今、いいですか?」

「ん、どうした?」


 廊下で偶然会ったリックが俺を見つけると、俺が泊まっている部屋へと強引に引っ張って一緒に入ってきた。


「例の任務だけど、成功しました」


 耳元で告げたリックの小声を聞いて、脳内に稲妻が走る。

 なん……だと……あの難攻不落の姉からパンツを盗みだしたのか?


「……一体、どうやって手に入れた!?」

「はい、ここのおじさんが買い物に行っている最中、内緒で忍び込んで鍵を借りてから、コートニーさんのパンツを取ってカートさんの荷物に入れました。あ、もちろん鍵は元に戻したから、見つかることもないと思います」


 パーフェクト!


「それで、僕は盗賊になれますか?」


 リック……恐ろしい子。僅か7歳でこれだけのテクニックと頭脳を持つとは……十分なれると思います。

 さて冗談はこの位にして、どうしよう。

 このままギルドマスターに紹介したら確かに盗賊になれると思うが、ショタっ子リックを悪の道に誘ったら、間違いなくフランを中心とした女性の皆から叩かれるのは間違いないだろう。全くハーレム属性を持つガキの扱いは難しい。


「分かった。紹介してやるから、フランの許可を取ってこい」

「え?」


 リックが驚いているが、卑怯なのが大人だと俺も姉から教わった。一つ勉強になったな。


「ん? まさかフランの許可なく盗賊になろうとしたのか?」

「……うん」

「内緒のまま盗賊になるとか無理に決まっているだろ。それともフランや孤児院を捨ててまで盗賊になりたいのか?」


 リックが首を横にブルブルと振る。そのしぐさが男なのに可愛い。


「リック、お前には才能はあるかもしれない。だけどまだ心構えができていない」


 姉に誘われただけの俺が偉そうに言うなと思う。


「……心構え?」

「そうだ。盗賊になるという事は自ら悪になるんだ、そのためには全てを捨てる必要がある。リック、お前にその覚悟はあるか?」


 俺はない。


「……僕は盗賊になって皆を守りたいだけなのに、そんなの必要なんですか?」

「理想だけじゃ生きていけない。盗みによって救われる命もあるが、同時に傷つく人間も居るんだ」

「でも、レイさんは僕を助けてくれたじゃないですか。僕だけじゃない! アビゲイル姉さんや、ラヴィアンローズの皆、コトカの人達も救ってくれました!!」

「だけど、コトカの領主や片耳の人生は終わらせたぞ。それだけじゃない、コトカの領主には家族が居たはずだ、そいつらの人生はどうなると思う?」

「…………」

「領主の家族達がこの先待っているのは悲惨な人生だろう。お前はそいつ等の人生を背負えるか?」


 俺は無理。


「…………」

「お前の人生だ。しばらく考えてから盗賊になるか決めろ」


 リックを残して部屋を出る。

 ドアを閉めると、廊下で待っていたフランにジェスチャーで「付いてこい」と誘ってから一緒に一階へ降りて行った。




「気づいていたの?」

「こっそりと聞き耳を立てていた事をか?」

「……うん」

「まあな」

「さすがね」


 生存術と危険感知のスキルは常時点けっぱなしだからな。

 食堂に入ると、テーブルに向かい合って座る。

 宿の化け物、おっと、青髭イの店主が注文した飲み物を置いた後、フランが話し始めた。ちなみに、青髭イが飲み物を置いた際、俺に向かってウィンクを飛ばしたけど、気持ち悪いからマジで止めてくれ。


「リックの事、ありがとう」

「リックを盗賊にしたらお前に恨まれそうだからな」

「確かに恨んでいたかもしれないわ……私の父親ね、盗賊だったの」


 フランが横を向きながら呟いた。


「そうなのか?」

「うん」

「あーその先は言わなくていいぞ」


 フランが驚いた顔で俺を見る。


「……いいの?」

「お前が孤児院に居る時点で何となく予想はつくからな。わざわざ辛い過去を思い出すこともないだろ」

「そう……優しいのね」


 ごめん、単に面倒臭いだけ。


「あの男は最低だったわ。リックには父親みたいになって欲しくなかったの」


 安心しろ、思春期の娘に最低呼ばわりされる親父は巨万と居る。


「お前の親父の事は知らないが、リックは間違いなくいい子に育っていると思うぜ」


 ジョーディーさんの餌としてな。


「そう? 良かった……」


 その様子を見ていると、フランはリックの事を考える事で自分の将来について考えないようにしている気がしたけど、それは敢えて口には出さなかった。

 だって説教臭いし、性格のきついフランにそんな事を言ったら逆切れするのは間違いない。そう考えると俺は空気を読める人だと思う。

 だからさり気なく言う事にした。


「フランは将来何になるんだ?」

「え? 私?」


 突然自分の事を聞かれて動揺するフラン。ボーイッシュな容姿が慌てる姿は読者サービス。


「やっぱり面倒見がいいから、教会のシスターにでもなるのか?」

「……か」

「え?」

「……作家になりたい」

「作家か……」


 無職になりたいというのも珍しい。


「うん。教会で働きながら面白い小説を書いて、多くの人に読んで欲しいって……変かな?」

「別に変じゃないとおもうぜ。女性だし、やっぱりネタは悪役令嬢か? あれは作者も読者も何時の間にか、男は全員馬鹿だと思うフェミ女になるから気を付けろよ」

「そうなの?」

「ああ、そうなったら最後、一生結婚できずに捻くれブスの人生を送る羽目になるぞ」

「よく分からない」

「上から目線でうじうじしている女は、風と共に消え去れ」

「本当に意味が分からないわ。悪役令嬢が何かは知らないけど、私は自分の書きたい小説を書きたいの。実は冒険物っぽいのを書きたいんだよね。今回みたいな宝探しみたいなやつ」


 彼女は作品もそうだが、作家としても冒険に出たいらしい。


「冒険物か……確かに人気だけど似たような作品も多いからな。普通に書いても読まれずに大衆の中へ埋もれるだけだぞ」

「そうなの?」

「俺が風の噂で聞いた話だと、今出版できる小説は玉無しカマ野郎が好む小説らしいぜ」

「た……玉無しって!?」


 玉無しと聞いたフランの顔が赤くなる。


「そう顔を赤くするなよ、興奮するだろ。それに玉無しって言っても本当のオカマって意味じゃねえからな」


 おい、厨房の青髭イ、オカマのパワーワードに反応してこっちを見てんじゃねえよ。


「じゃあ何?」

「出版社の編集者がクレームにビビッてリスク回避しか考えない、根性無しのカマ野郎って意味だよ。だからアイツ等は面白い小説があっても、クレームが来そうだと思ったら放置して、クソつまらねえ児童書みたいな小説しか出版しねえ。それで売上が落ちているって嘆いてんだから、実に馬鹿らしい」

「随分詳しいね」

「まあ色々とあるんだよ。だけど、夢は見る物じゃなくて、かなえる物らしいから、頑張ってみるんだな」

「分かった」

「おう、小説家になっても収入は不定期だから仕事は捨てるなよ」

「うん」


 俺の忠告にフランが明るく笑った。

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