第16話 黄昏の逆ナン

 アビゲイルは俺達に報告だけするとまた作業に戻って行った。お前は何しに来たんだ?

 結局アサシンの名声? 悪名? に対する処置は施しようがないという事で、対策はなしよで終わった。姉さんは傷を消せ消せと煩かったけど、俺の顔がもったいないだけの理由なら却下。

 アルサとは何時か決着を付けなきゃいけないと思っているけど、今はジョーディーさんの監視を強化してもらうことにした。

 後でこっそりジョーディーさんと話した際、親指を立てて「まかせて!」と言っていたけど、あまり腐らせないで欲しい。




 午後は皆、好きな事をやった。

 義兄さん達は、バーベキューの片付けを姉さんとローラさんに任せて泳ぎに出かけた。男は料理の後片付けが苦手というのは本当らしい。

 義兄さんは子供が好きなのか都会っ子のリックとフランに泳ぎを教えていた。

 チンチラとステラは本当に仲が良くなった。今もヤシの木の陰に座って二人で笑って話をしている。二人の近くには小型化したゴンちゃんがヤシガニに求愛されていた。意味不。


 アルサとジョーディーさんは宿に戻って怪しい作業同人作成をしているらしい。海に来てまで籠るとか本当にあの二人は中身が腐ってやがる。


 ブラッドは午後の遠泳を免除されていた。

 彼にとって喜ぶべきはずなのに、ステラに全裸を見られたショックで未だに立ち直れず、体育座りで一人海を見ながら泣いていた。

 お前、本番の時は全裸にならないのか? 熟女好きに加えて着エロ好きとか、アブノーマルな奴だ。


 格闘馬鹿の三人は午後も遠泳。今度は全身を覆う競泳用水着に着替えたベイブさんが先頭を泳いでいた。クロールで泳ぐ犬というのも奇妙な姿だと思う。マヌケな姿とも言う。




 俺も最初は義兄さん達のすぐ傍でばしゃばしゃ泳いでいたけど、疲れたから空いたパラソルの下でシリウスさんと休んでいた。


「……ってことは、今って誰も海を渡ってないの?」

「そうなるね」


 俺はパラソルの下でシリウスさんに現在のゲーム状況を聞いていた。

 シリウスさんはデモリッションズの頭脳と自称で言うだけあって、ウィ〇ペディア並みにゲームに詳しい。

 ニルヴァーナの全員は、アン〇イクロペディアで笑いしか狙わないから、本当にうらやましい。


 シリウスさんから聞いた話だと、他のプレイヤーは海を渡ったブリトン王国へ行けずにアース国で留まっていた。

 次のエリアと言われているブリトン王国は海峡を渡らないと行けないのだが、現在は潮の流れが激しくて渡れないらしい。


「それって、エリアがまだ未完成だから行かせないように制御しているの?」

「いや、オープン前にゲームのプロデューサがエリア、モンスターとNPCは全て出来てて、残りはバランス調整だけと言っていたからエリアがない訳じゃないよ。多分、後発組のレベル差が開かないように規制しているんだと思う」

「後発組? このゲームって昔みたいにパッケージ販売じゃなくて、ダウンロード販売だけだったよね」

「確か混乱を避ける為だったかな。今ログインしているのは先着購入者10万人だけだね。コンソールを開いてIDの後ろ8つの数字がシリアル番号だから見てみるといいよ」


 言われてコンソールを開く。


「うは、俺のID、丁度10万人目だったよ!」

「あははは、運が良かったんだね。今、ゲームに入れないログイン待ちが世界中で50万人位居るらしいよ。何でも幾つかの企業が、このゲームに社員を入れて働かせるとかいう話も聞いたな」


 加速時間システムを使ってサービス残業ですか? 勤務時間は現実時間で計算して給料を出すと予想。

 ゲームで仕事とかマゾ過ぎる。ああ、このゲームはドMが集まるゲームだった。


「それじゃ、財宝を手に入れても、しばらくはコトカでレベル上げしかないのか?」

「残念だけど今はレベル20までって話だね。種族レベル、スキルレベル、両方ともレベル20が今の限界で経験値が入らなくなるらしい。既に何人かがレベル20に達していて、経験値が入らないって書き込みがあったよ」


 もうレベルカンストしてるとか、どれだけゲームにハマってるんだ?


「そうなの? それだとやる事がないんじゃね? ただでさえ加速時間で現実より時間の進みが早いんだしさ」

「大丈夫なんじゃないかな。他のスキルを上げるとか、お金を稼いだり、やる事は多いから」

「あーー金か……いっぱいあるからなぁ」


 元々は他人の金だけど。


「うん。僕達デモリッションズもレイ君からご相伴させてもらったけど、他のプレイヤーはスキルや防具、それに宿泊代や食事代で常に金欠だよ。

 それと、噂だけど海峡を渡るにしても運賃が高いから、ある程度この国で稼がないと渡れないって情報もあるね」


 付き合って会話をしているけど話が長げえ。


「まあ、レベルが高いのは極一部で、大抵のプレイヤーはまだアーケインに居るから、そんなに焦ることはないと思うよ」

「確かにコトカに居るプレイヤーはまだ少ないね」

「うん。生産がメインのプレイヤーはアーケインの方が設備は充実しているし、クエストもコトカよりアーケインの方が安定して稼げるから、あえてアーケインに残るプレイヤーも多いと思う」

「コトカのクエスト依頼所はまだ見てないけど、周辺のクエストは厳しいの?」

「そうだね。僕達もコトカ周辺はβでしかやってなから、どうなっているのか分からないけど、掲示板で見た限りだとアーケインに比べてクエストのレベルは高いみたい。それに、ダンジョンのトラップが酷くなっているらしいよ」

「そうなるとローグの需要がますます増えるなぁ」

「アーケインでもローグ不足で悩んでいたからね。キャラを作り直してローグにするプレイヤーも居るらしいけど、最初の村でモンスターが倒せなくて泣いて、パワーレべリングしようと友人を最初の村まで呼ぼうとしても、アーケインから最初の村への馬車がないらしくて、徒歩で一週間とか酷い状況らしい。

 それでも大手のギルドだと何とかローグを作ろうと確保しているとは聞いているね。だけど、盗賊ギルドが見つからなくてスキルが手に入らないと掲示板で嘆いていたけど……」


 盗賊ギルドのエロ姉さんは未だに激おこプンプンらしい……チョイ悪おやじ、早く何とかしないとそろそろ暴動が起きると思うぞ。


 パーーン!!


「え?」


 盗賊ギルドについて考えていたら、隣で何かが弾けるような音が響いた。

 驚いて隣を見れば、シリウスさんの顔面にビーチボールがめり込んでいて、さらに驚く。

 そして、シリウスさんがスローモーションのようにゆっくりと椅子から倒れた。


「うわぁ……」


 シリウスさんが椅子から転げ落ちると同時に、彼の顔面からボールがコロコロと転がる。

 彼は既に死んで、訂正。気絶してピクリとも動かないでいた。

 顔を見れば奇麗な顔だった優男が、ボールの後がくっきり残った醜い顔に変形していた。


「あーわりぃ。ボールを投げてくれ」

「…………」


 遠くで義兄さんがこちらに向かって手を振っていたから、ボールをポーンと蹴り返す。

 義兄さん達は何時の間にか泳ぐのを止めて、サッカーもどきのゲームをやっていた。

 恐らくだがシリウスさんの顔面を直撃したボールは、ゴンちゃんが蹴ったと思われる。

 今も俺が蹴り返したボールをゴンちゃんが拾い、蹴ったシュートで義兄さんが吹っ飛ばされていた。


 シリウスさんの長い会話を止めるには丁度良かったけど、この仕打ちは酷いと思う。

 気絶したシリウスさん顔にタオルを被せて、手を合わせ合掌した後、俺も一緒にサッカーをして遊んだ。




 時間も夕方になってリゾート地ラビアンローズも夕焼けに赤く染まった。あれ? ここってリゾートだっけ?

 空を見ると星が輝き、夜の闇が夕焼けの赤い光を少しずつ覆い隠していく。俺は一人で何も考えず消えていく夕日を見ていた。

 正確に言うと、サッカーで遊んでいる最中にゴンちゃんの蹴ったボールが直撃して気絶し、気が付いたらこの時間まで寝かされていたが正解。


「何をしているんだ?」


 後ろから声を掛けられ振り返ると、アビゲイルが立っていた。

 夕焼けで赤い髪が燃えるように赤く染まっている。その姿は彼女の燃える魂が具現化されているみたいで美しく感じた。


「別に……ただ夕日を見ていただけだよ」

「そうか、だったら邪魔するよ」


 そう言ってアビゲイルは俺の隣にあった無人のチェアーに腰掛ける。

 彼女は椅子に座ってから何も言わずに俺の顔をジロジロ見ていた。人が妄想にふけって……いや、黄昏ているのに邪魔しないで欲しい。


「何?」

「こうしてフードを取って水着だけになると、ただの子供だな」

「何だ? 年上が好みなのか?」


 冗談で言い返すと「ふむ」と少し考えるしぐさをする。


「確かに年上の方が好みだけど、お前みたいな美青年を囲うのも案外悪くないかもな」


 痴女のセリフを聞いて両肩を竦める。モーションの意味は「年下キラーか? 肉食ビッチ!」だ。


「逆ナン? 悪いけど誰とも付き合う気はないよ」

「ふっ、あっさりと振られたな。残念だ」

「……本気かよ」


 聞き返すと彼女は冗談だと笑った。


 改めてアビゲイルを見ると、彼女の顔は彫が深くギリシャの彫刻に似た美しさがあった。化粧が派手なヤンキー女とも言う。

 ただ、アビゲイルは彫刻とは異なり、笑った顔は生命が満ち溢れていた。


「何だ?」


 ジロジロと見ていたら先程とは逆にアビゲイルが尋ねてきた。彼女に見つめられてちょっとドキッとする。

 恥ずかしさに視線を大地に沈む赤い太陽へ向けた。


「別に何でもない……姉御は海賊を引退したら、母ちゃんのブディックを継ぐのか?」


 適当な会話で恥ずかしさをごまかした。


「あっはははっ。これが終わったら死んだ父と同じように貿易商でも始めるさ。この海が好きだからな……それとアビゲイルだ」


 再び会話が途切れると、彼女が夕日に染まるラビアンローズの入り江を見ながら目を細める。俺も一緒に夕日を眺めて、そのまま地平線に沈む太陽を見送った。


 太陽が地平線に隠れ満天の星空の下、ラビアンローズは静かに波の音だけを響かせる。


「姉御は結婚する気はないの?」


 何げなく出した質問だったが、アビゲイルは何も答えずに赤い髪をかき分けた。


「……する気はない、私はもう汚れている」


 アビゲイルは俺の方を振り向かず、自分に言い聞かせるように呟いた。


「邪魔したな……それとアビゲイルだ。いい加減に名前で呼べ」

「……考えとくよ」


 アビゲイルが立ち上がり、俺の肩を叩いてレッドローズの方へと歩いて行った。

 この時、俺はアビゲイルが言っていた「汚れている」その意味が理解できなかった。




 翌日、家の玄関を出ると、シャムロックさんが床で寝ていたから避けて外に出る。

 ちなみに、シャムロックさんが外で寝ていた理由はいびきがうるさかったから夜中に全員で投げ捨てただけ。

 晴天の青空の下、砂浜をぶらぶらと散歩していると、チンチラが遠くから走って来て俺の前に立った。


「「おはよう」」


 あいさつを交わすとチンチラが横に移動して一緒に砂浜を散歩する。


「朝の散歩って気持ちが良いよね」

「ここは常夏の島だから朝だと涼しくて丁度良いからな。寒かったら家で布団に入っていた方が良いよ」

「あははっ。確かにそうだね」


 よく恋愛小説やマンガにありがちな貝殻を拾うとか、その貝殻を耳に当てて波の音が聞こえるとか、読んでいるとイラッと来るこっ恥ずかしい展開は何一つなく、適当に会話をしながら入り江を歩く。


「そう言えば昨日の夕方、アビゲイルさんと一緒に居たみたいだけど何の話をしていたの?」


 ん? 二人で居たところを見られていたのか……別に構わないけどね。


「ああ、告白されたよ」

「ええっ!」


 チンチラが驚いて俺を凝視する。まあ、NPCから告白されれば驚くと思う。俺も昨日は内心ちょっと驚いていた。


「そ、それで?」

「断ったよ」

「そうなんだ……」


 チンチラは俺の答えを聞いてほっとした様子だった。


 ここまで隠すのが下手だと、別に鈍感系主人公じゃない俺はチンチラの俺に対する気持ちが丸分かりな訳だけど、ここで告白して付き合えたとして二人でチュッチュやイチャイチャした後、いざ本番って時に薬による強制EDな俺は、ボッキンキンにならずに結局振られる訳で、しかも同じパーティだから気まずい関係が気まずい空気。

 空気が読めない義兄さん以外の関係もぎくしゃくして、チンチラがパーティから抜けるという未来が見える。俺がゲームで死ぬ可能性もある事から、今から信頼できる別の仲間を探すのは難しい。

 だからチンチラとだけは絶対に付き合えないし、告白させるような空気も作っては駄目だった。


 口惜しや。ああ、口惜しや。


「どうしたの?」

「いや、もったいないと思ってね」

「あははっ、アビゲイルさん美人だもんね」


 あ、そっちじゃないんだけど。

 どうしよう。ここで断った理由が「僕、インポ!」とか、仲の良い熟年夫婦でも離婚問題に発展しそうなセリフを十代の女性に言うのはさすがに恥ずかしい。


「美人だけどね、それ以上に怖くて俺には無理だわ」

「怖い?」

「だって姉御ってモロ肉食系じゃん。俺、草食系だからぺろりと食べられて骨すら残らなそうだし」

「あはははははっ」


 俺の冗談にチンチラが笑う。よし、ごまかした。

 遠くで俺達を呼ぶ声が聞えて、声の方向を見ると姉さんが手を振っていた。

 どうやら朝食ができたらしい。俺達は散歩を終えて宿泊している家へと向かった。




 レッドローズ号は予定より早く修理が終わっていた。昼前には出航の目途が立ったと船員が教えに来てくれた。その彼は目の下には隈が出来ていた。

 実際に船を見れば、船体は穴の開いた箇所と帆を交換しただけで、残りは航海しながら修理できるから後回しにしていた。

 修正DLパッチを出しまくりゲーム並みの修理だけど、皆はバグだらけのゲームに慣れているのか、こなれた様子で何も言わず船に乗り込んだ。


「よし、出航だ!」


 アビゲイルの号令で錨が上がって船がゆっくりと動き出す。

 浜まで見送りに来た船員の家族達に見送られて、レッドローズ号が入り江の洞窟を抜け大海原に出航した。


「帆を張れ!面舵80度!」

「おもーかーじ80度!」

『おもーかーじ80度!』


 畳まれた帆が広がり風を受け、レッドローズ号が勢いを増して海を突き進む。

 目指す島はここから二日の距離。俺達は一路財宝の島を目指した。

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