第39話 トップクラスの馬鹿

「マジ最低!」


 昼に会った豊胸女が濡れた自分の服を見てヒステリックに叫ぶ。

 相変わらず元気そうだな豊胸。そのシリコンが詰まった胸をネットにぶちまけて、世界中の男達も元気にしてやれ。


「ああ、ごめんな。怪我とかなかったかい?」

「謝って済む問……」


 義兄さんが謝ると怒りの収まらない豊胸女が俺達に向かって叫ん……ん? ……んん? 途中で叫ぶのを止めた豊胸女の顔が赤い。どうやら、見掛け倒しの義兄さんの顔に見惚れたらしい。

 確かに義兄さんは脳筋だけど、見た目は滅多に見ないほどの色男だ。しかもゲームだと髪を金髪にして、体つきも素晴らしい。

 義兄さんを見て服と同じように股間をぬらす豊胸女。だけどお前には彼氏が居るだろ。あのチャラ男、いや、偽物のアサシンはどうした?




「おい、ルミィ! 何してるんだ!?」


 なかなか戻ってこない恋人を心配したのか奥の席の男が立ち上がると、豊胸女に近づいて来た。そう、近づいて来る男は予想通り偽アサシンだった。

 豊胸女、改め、ルミィと呼ばれた豊胸ビッチが偽アサシンを振り返って、ヤバイという顔をすると赤らめた顔を元に戻した。さすがビッチ、場慣れしてやがる。


「おい、俺の女に何してんだ? あ?」


 偽アサシンが義兄さんに向かって声を荒げてガンを飛ばす。その様子は店の裏で新人を怒鳴りつける、先輩面したクソホスト。


「いや、俺達は何もしていない。ただ、グラスが落ちた時に、彼女の服に水が掛かって濡れたから謝っただけだ」


 義兄さんが素直に答えると、偽アサシンが豊胸ビッチの服を見てぬれた個所を確認する。ついでに股間も確認しとけ。

 その時、俺は近くに居たから見えたけど、偽アサシンがニヤリと笑ったのを見た……こいつ強請たかる気だな。


「あぁーあ……こりゃ酷でえな。お前ら、何、彼女の服を濡らしてんの?」

「だから謝っているじゃないか」


 義兄さんが言い返すと、偽アサシンが無視して豊胸女の服を触って俺達に溜息を吐く演技をした。


「これ、高かったんだよな~。確か50gしたっけ?」

「あんた、いい加減にしなさいよ! そんなに高い訳がないじゃない!!」


 ジョーディーさんの抗議に偽アサシンがニヤニヤと笑うと、首を横に振って否定して俺達を観察する。

 偽アサシンが怒るジョーディーさん、それから姉さんとチンチラを見下ろすと、イヤらしい眼つきになってピューっと口笛を吹く。

 どうやらこの偽アサシンは、脳と下半身が直結している全身海綿体と判明。


「ちょっとアサシン! どこ見てるのよ!!」


 豊胸ビッチが男を「アサシン」と呼んだ途端、俺を除いたこの場の全員に加えて、周りのプレイヤーやNPCが驚いた様子で偽アサシンに視線を向け、酒場全体が騒めき始めた。

 その様子に、偽アサシンが口角を尖らせて自慢げな様子だったけど、知らぬとはいえアサシン本人……まあ、俺だけど。本人を目の前にして、アサシンを演じるコイツは、アホだと思う。


「あーあ、ルミィ~~。俺のことバラスなよ~~。目立っちまうじゃねぇか」

「だって~~私以外の女を見てたでしょーー。また浮気するつもり~~?」

「馬鹿だなぁ~~。一番愛してるのはお前だって、コイツ等はお・ま・け」


 そう言いながら、チャラ男は豊胸ビッチの胸をもんでキスをするという、大勢の人が見る中で兵器級の変態行為を始めた。

 これはコイツ等なりの混乱攻撃なのか? さっきまで怒っていたジョーディーさんだけではなく、この場に居る全員がバカップルの様子を見て呆然としていた。




 チャラ男は公開ペッティングプレイを終わらせると、こちらに向き直る。


「つーわけで弁償してもらおうかな。ルミィの服代と俺達の精神的苦痛に対しての賠償金で、合わせて100gで勘弁してやるよ。払えなかったらそうだな。そこの女三人を俺のパーティーに入れてやってもいいな」

「はぁ?」


 義兄さんの呆れ声に対して、偽アサシンが鼻で笑う。


「嫌なら良いんだぜ。俺、アサシンだから。俺のバックに暗殺ギルドのメンバー千人が控えているからな。何時でもお前らを襲ってやんよ」


 ……うわぁ、コイツとうとう言っちゃったよ。さすがトップレベルの馬鹿だ。他の追従を許さない。

 暗殺ギルドの族長の三男を殺したのはアサシンだぞ……まあ俺だけど、それは忘れよう。

 事実を知っている俺達が、偽アサシンをこいつはアホだという目で見上げる。真面目なチンチラまでもが口をポカ―ーンと開けて、コイツはアホだと顔が語っていた。


 コイツは見事なクズでこんな酷い人災も他にない。腐った性根が溶け出してて、歩くだけで迷惑をまき散らす。現実で言ったらチンピラが店に因縁つけて、俺の背後にはやくざが居ると脅し金を巻き上げるやり方と同じだった。




「……くっくっくっ」


 俺があまりのクズっぷりに笑いだすと、偽アサシンが見下ろして俺に気付き、昼間の出来事を思い出したらしい。


「テメェ、何笑ってんだ、あぁ? ……ん? ……コイツ、よく見たら昼間ギルドに居たクソガキじゃねぇか」


 偽アサシンがあの時と同じように俺の頭をペチンと叩こうと手を振り上げるが、二度目はねえよ、この馬鹿野郎!!

 偽アサシンの手が振り下ろされる途中でその手を掴むと、テーブルの上に押さえ付け、近くにあった肉切りナイフを右手で持ち、指と指の僅かな隙間にダン! と、突き刺した。


「ウオッ!!」


 突然、指の間にナイフが刺さったのを見て偽アサシンが驚き、俺が腕を放すと後ろに飛び退く。


「レイ君!」


 俺が立ち上がると背後からチンチラの声がしたが、それを手で抑制して幽鬼の如く偽アサシンに近づく。


「クソガキが調子に乗ってんじゃねえよ」


 昼間と違って刃向って来た俺に腹を立てた偽アサシンが睨む。


「レイ、気を付けろ。ダメージを与えると衛兵が飛んでくるぞ」


 背後から義兄さんの声がした。暴力反対と言わないところが素晴らしい。


「大丈夫、ダメージを与えるようなヘマはしない」

「そうか、だったら思い知らせてやれ」

「レイちゃん、がんばって~」


 義兄さんと姉さんの応援を背中に受ける。その姉さんの声はどこか嬉しそうな響きが含まれていた。


「アサシン! こんなガキ、やっちゃえ!」

「ああ、分かってるって、少し待ってろ。今片付けてやるから」


 豊胸ビッチの声援を受けて偽アサシンが俺を見てへらへら笑う。

 そのニヤケ笑いがうぜえから、少しだけ黙らせてやるよ。


「お前、昨日盗賊ギルドの残党を潰した時に、暗殺ギルドの三男も殺しただろ。暗殺ギルドはアサシンに対してかなり切れてるぜ」


 本当は俺が殺ったけど。このネタも、三回目になるとしつこいから、もう言わない。


「「え!?」」


 話を聞いて偽アサシンと豊胸ビッチが驚いた表情を浮かべる。


「アサシンを名乗るなら気を付けろよ。暗殺ギルドの全員がお前の命を狙っているからな」


 嘘だけど。今頃はギルドマスターが死体を使って、アサシンが死んだとでっち上げているはず。


「マジか?」

「マジか? じゃねぇよ、チ○カス。お前がやったんだろ。まあ、その前に俺が楽にしてやるよ」


 俺が一歩前に出ると、偽アサシンが腰からレイピアを抜いた。


「キャーー!」


 武器を抜いた事で周りから悲鳴が上がる。その様子を眺めながら俺は頬の傷をそっとなぞった。


「テメエ、調子こいてんじゃねぇよ。ぶっ殺してやんよ!」


 威勢の良いセリフの返答替わりに偽アサシンに向かって中指を突き立てる。これの意味は「黙れチン○ス野郎!!」だ。


「オラ、死ねや!!」


 突っ込んで来た偽アサシンの大振りな攻撃を躱して懐に入ると、密着して脇に手を通す。そして、背中越しに髪を掴んで下に引っ張った。


「イテエェ!!」


 ブチブチという毛の抜けた音がして偽アサシンが叫ぶ。そして、奴の顔が無防備になったところへ……ブッ!

 偽アサシンの目に向けて、毒霧を吹き掛けた。




「ぎゃあああぁ!! 目が、目があぁぁぁ!!」


 掴んでいた髪を離すと、毒霧で目を潰されたアサシンがレイピアを落として床で転げ回っていた。

 ちなみに、毒霧に使ったキコの実グミは席を立った時にポケットから取り出して、頬の傷をなぞった時にこっそり口の中に入れていた。毒霧はこっそり仕込むのがプロのテクニック。何のプロだかは、知らない。

 それに、毒霧は痛いだけでダメージはない。だから衛兵だって気が付かない。我ながら利口だと思う。


 俺の毒霧を初めて見た義兄さん達が今のは何だという驚きの目で俺を見ていた。

 そして、義兄さん達だけじゃなく店員、客、関係なく店に居た全員が俺の行動に驚き、店の中がシーンと静まり返る。

 注目を浴びる中、口に残っていた毒霧の残りをペッっと床に転がる偽アサシンの顔に吐いた後、しゃがんで話し掛けた。


「よう。今、どんな気分だ?」

「痛てぇぇぇぇぇ! 目が痛てえぇぇぇ!!」


 俺が話し掛けても偽アサシンが床に転がったまま、目を押さえて暴れていた。


「いいね~~その声! それで? なんだって? え? 聞こえないな。

 何? 溜まってた? 豊胸ビッチだけじゃ物足りないか? だったらお前とヤってもいいんだぞ? 俺とじゃ不満か? パンツを脱ぎな、ホモ野郎」


 耳元で囁いても、偽アサシンは暴れ続けて埒が明かない。

 髪を鷲掴みして鼻で笑った後、スゥっと息を吸う。


PANTS DOWN!!パンツを降ろして D〇CK OUT!!ナニを出せ


 囁きから一変して店中に響き渡る大声で叫ぶと、偽アサシンが声に驚いて体をビクンと跳ねらせた。


「これからハメようって時に暴れてんじゃねえよ!! まずは歯の抜けた口でしてもらおうか」


 偽アサシンの襟首を掴むと、ずるずると引き摺って外へ向かう。

 偽アサシンは目を抑えながら悲鳴を上げているが、なすがまま俺に引き摺られていた。


「え? ちょっと、待って……」


 豊胸ビッチが止めようとしたのを睨み返す。


「男を破壊するアソコを見せろ。尻軽女!!」

「ヒッ!!」


 俺が怒鳴ると。豊胸ビッチがその場に座り込んでガタガタ震え股間が濡れ始めた。


「公開放尿プレイか……コイツに仕込まれたか? 変態女が……」





 泣き出した豊胸女を無視して店の外に出ると、偽アサシンを地面に投げ捨てる。そして、馬鹿を見下ろしながら鞄からゲロポーションを取り出した。

 これだったらダメージを与えずに回復するから衛兵には捕まらない。回復させてあげる俺ってなんて親切なんだろう。


 ポーションの蓋を開け……臭っ! 何じゃこりゃ!! 臭いだけで目から涙が出た。これ、飲んだら死ぬんとちゃうか?

 息を止めて偽アサシンの髪を再び鷲掴みすると、上半身を無理やり起こした。投げて使うのも良いが、コイツには直接口に流し込んでやる。


「ポーションだ。まあ、飲め」


 昨日は恐怖に感じたベイブさんの決め台詞を口にして、中膝立ての偽アサシンの口を無理やりこじ開けゲロポーションを流し込んだ。


「んぐぅ、ぐぁ? ぐぅぐぅあぐぁーーーー!!」


 偽アサシンが瞳孔を開き、体が震え、手足をバタバタさせて苦しみ始める。

 逃げようとしたから、マウントポジションで抑えつけて逃がさない様にした。あれ? 似たようなのを何処かで見たな……ああ、確か。


 マンディブル・クロー


 画鋲や有刺鉄線に突っ込むのは当たり前、高いところから落とされただけで伝説を作るドM伝道師。

 そんな彼が汚い靴下を相手の口に突っ込み、臭さでKOさせる拷問技だ。


 何となくそれに似ている。実際に偽アサシンも苦しんでって……気絶したか。

 結局、ゲロも糞も垂れずに気絶か……婆さんこれ失敗作かもしれないぞ。ちょっと使うのは保留にしよう……あれ? 目的としてはこれで良いのか? まあいいや。


 様子を観察していたら、偽アサシンが粒子となってその場から消えた。

 どうやら逃げたらしい。ログアウト? でもコンソールを弄った気配はなかったけど……まあ、いいか。


「あばよ、色男ロメオ安らかに眠れレスト・イン・ピースだ、バカヤロウ!」




 偽アサシンが消えた後、周囲の騒めきに気付いて顔を上げる。

 店の中から出てきた客や外を歩いていて何事かと覗いていた大勢の野次馬が俺を無言で見ていた……あれ? 皆さんドン引きしているね?

 移動すると野次馬達が道を開けた。俺はモーゼか?


 豊胸ビッチはいつの間にか居なくなっていた。多分、逃げたのだろう。食い逃げか? 外に出ていた見物人達も自分の席に戻ったが、こそこそと俺を見ているから居心地が悪かった。

 義兄さん達も一人を除いて俺の事を青ざめている様子。なんか最近、俺に対する扱いが危険物と同じになってきた気がする。

 ちなみに一人とはもちろん……。


「レイちゃん、最高だったわ」


 姉さんだけがウットリとしていた。


「この姉弟はやっぱり怖え……」


 義兄さんが呟くと、姉さん以外の皆も頷いていた。




 結局、ベイブさんの話はコトカから近い場所にあるって事を地図で教えたかっただけらしい。そんなのは口で言え。

 店から出る時、何故か食事代を俺が支払うことになった。理由は聞かなくても分かっている。俺が金を持っているから皆でたかったのだろう。毎日はさすがに勘弁だけど、今日ぐらいは許す事にした。

 だけど、偽アサシンと豊胸ビッチが食い逃げした分まで俺が支払うことになったのは絶対に納得いかない。今度会ったら無理やりでも巻き上げてやる!


 食事を終えた俺達はフリーギルドを結成するために、冒険者ギルドへ足を運んだ。


――――――――――

余談

  レイは知らなかったが、彼が飲ませたゲロポーションは物凄い効果があった。

  飲ませた瞬間、偽アサシンだった男の脳波が物凄い異常をきたし、脳波と連動しているVRギアを破壊。その結果、彼は強制的にゲームからログアウトした。

  そして、ログアウトした彼はその場で嘔吐、失禁、大便を垂れ流して失神しているところを母親が発見して病院に運ばれ入院する。


  翌日、彼の親からの苦情を受けて運営が原因を調べたが、彼の脳波の異常数値はサーバーに残っていたデータすら破壊して調査が難攻した。

  開発側も頭を抱えて徹底的にログを漁って調べたが、ポーションを飲んだ履歴が残っているだけで後は何も分からなかった。

  その調査に三日間もメンテナンスが入るのだが、当然、レイは自分のせいだとは知る由もない。

――――――――――

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