第31話 世界一シビれる必殺技!!

 俺は素手で半身の構えを取る。

 アシッドは左に逆手でダガーを持ち、腰を少し落として俺が来るのを待ち構えていた。


 よく分からないうちに何故かアシッドと戦う事になったのだが、実はこの戦い既に俺が勝っていた。

 何故なら麻薬が金庫に入っていてアシッドは開けられない。俺が死んだ場合、アシッドは鍵を開けられずに麻薬を持って帰れないからだ。そして、俺はプレイヤーであるが故に死んでも生き返る。

 先ほどの会話でコイツが金庫を開けられないと言った後で、俺と戦いたいと言い始めた時、表情には出さなかったが「こいつ馬鹿だろ」と思っていた。

 どうやら、どんな奴でも脳筋は目の前に戦う相手が現れると、本来の目的を忘れるアホらしい。


 いざとなったら逃げれば良い。だけど、俺はこの戦いで逃げることはないだろう。なぜなら……「暗殺者として君と戦ってみたい」。アシッド、俺もお前と戦いたかったからだ。




 お互いに動かない。いや、動けない。俺の中では襲った瞬間にナイフで刺されるイメージが浮かんでいた。向こうも同じなのか?

 ギルドマスターが、俺と姉さんには独特の空気があると言っていたのを思い出す。それが何なのかは分からない、だけど、利用できるものは何でも使う。それが俺の戦い方だ……それしかないとも言うけどな。


 アシッドも俺と同じく後の先を狙っているならば、小手調べに後の先の先を狙うことにした。

 左足を前に出すと同時に左手でアシッドの顔目掛けて殴り掛かる。アシッドは俺の拳を躱すと俺の左腕を右手で掴んだ。そして、左腕を掴んだアシッドの右腕を俺が右手で掴み、掴まれていた左の手も手首を回して掴む。

 不利だと感づいたアシッドが左手のダガーで俺の右腕を切ろうとしたのを、掴んだ腕を引っ張り体勢を崩させて攻撃を防ぐ。同時に、小手返しで一気に関節を捻った。

 このまま間接技が極まるかと思われたが、アシッドが腕を軸にしてその場で前転。関節技を抜け出して、左手のダガーを順手に切り替えると突き刺してきた。


 掴んでいた腕を離して『バックステップ』で避けようとするが、アシッドが俺の左腕を掴んで離さなかった。

 ダガーが刺さる寸前、体を捻り右へ『バックステップ』。左頬に傷を残しつつ回避する。さらに、アシッドが俺の左腕を捩じ上げてきたのを、今度は俺がバク転で抜けると、ダガーを持つ左腕を掴み返した。


 アシッドの左腕を掴んだ状態で顔を見合わせる。フードを被ったアシッドの表情は見えず何を考えているのも分からなかった。蹴るか? いや、逆に軸足を蹴られて転がされる。

 下を向いていた顔を上げた瞬間、頭突きを眉間に食らった。


「クッ!」


 額に衝撃を受けて、掴んでいた手を離す。俺が一歩後ろへ下がるのと同時に、アシッドがダガーを俺の心臓目がけて突き刺してきた。

 とっさにスティレットを抜いてダガーに合わせパリィで防ぐと、武器同士が弾かれお互いの距離が開いた。

 アシッドが俺に向かって走り出す。

 俺は手にしたスティレットをアシッド目がけてぶん投げた。


「何!」


 武器を抜いたと思ったら直ぐに投げ出す俺にアシッドが驚く。

 俺にスキルがないせいで武器での攻撃が弱いだけなのだが、初対面の奴がそれに気付けと言うのが無茶だと思う。

 驚き隙を見せたアシッドに接近すると、前方に飛びながらアシッドの頭部を左脇に捕らえる。そして、空中で体を捻りながら後ろ向きに倒れて、相手の頭部を床に叩きつけた。


 スイングDDT


 難波のイルカさんが発案して、世界中で使われるようになったDDTの変形技だ。

 本当はコーナーポストに登る方が効果はあるのだが、この際仕方がない。

 何故ならこの世界にコーナーポストなど存在しない。


「ぐっ!」


 床に後頭部を叩きつけられたアシッドが呻き床を転がって距離を取る。

 アシッドは頭を押さえながらダガーを握り、俺は床に落ちていたスティレットを拾うと鞘にしまった。

 そして、左頬に残った傷跡を親指で血を拭ってから舐める。まあ、小粋なアピールだ。




 軽い前哨戦を終えて、アシッドが笑顔で俺に話し掛けて来た。


「やるなぁ……序盤の段階で、ここまで楽しい殺し合いは久々だよ」

「興奮しすぎて後でシコるなよ」

「くくくっ。それは俺が生き残るって事かい?」

「違うな。あの世で死神にケツを掘らながらシコられて、天国と地獄を味わえって意味さ」

「……それは酷い」


 俺とアシッドが同時に後ろ足を蹴って、飛ぶように接近する。

 アシッドが先にダガーを持った左で攻撃。俺は近寄る速度に緩急を付けると、攻撃を目の前で躱してアシッドの左手を掴んだ。そこから、くるりと半回転して背後に回り込む。


「喰らいな」


 アシッドを持ち上げると、落としてケツを俺の膝に当てた。


 アトミック・ドロップ


 ジャイアントな人がよく使っていた技だ。

 相手を後ろから抱き上げて尾てい骨を膝に叩きつける。相手はこの技を喰らうと大抵ケツを抑えて飛び上がった。

 リングの上で公開する、激しい「アーーーー!!」である。


「アーーーー!!」


 尾てい骨を殴打したアシッドのケツを掴む。そして、親指を穴の部分に捻じり入れた。


 ズブリ!!


 仰け反ったところをドリル回転でさらにグリグリと捻じり入れる。俺のドリルは世界一ィィィ!

 アシッド、勘違いするなよ。俺は別にホモじゃない! 殴っても効果がないから急所攻めをしているだけだからな。


「ぐおっ!!」


 耐えきれなくなったアシッドが俺から離れると同時に、後ろ蹴りで俺の金的を蹴り上げた。


「うっ!」


 バカ野郎! 俺の大事なバナナとナッツを蹴とばすな!!

 今度は俺が股間を押さえて、くの字に曲がる。

 アシッドが振り返りざま俺の顔を殴り、右足のミドルキックが俺の脇腹をえぐる。脇腹を押さえて後ろへ下がると、さらに一発顔面を殴られて、もう一度同じ脇腹に蹴りが飛んで来た。

 自爆覚悟でアシッドの蹴り足を掴む。アシッドが逃げようとするが、その足を離さず掴んだ状態から一気に内側に回転しながら倒れた。


 ドラゴン・スクリュー


 かつてドラゴンのおっさんが編み出して、ナチュラル・ボーン・マスターが他団体との闘いで有名にした技だ。

 この技は簡単に掛けることが出来るが、靭帯を捻るので危険な技でもある。


「ぐああああっ!!」


 ドラゴン・スクリューを喰らったアシッドが足を押さえて床に転がる。その様子から下手をすると本当に靭帯をやったのかもしれない。

 一方、俺は立ち上がるとアシッドの左手を見ていた。

 さっきからそのダガーが邪魔だぜ。アシッドの左手を思いっきり蹴り上げて、ダガーを遠くへ飛ばした。




 止めだ!


 スティレットを抜いて、アシッドの心臓を目掛けて突き刺す。

 俺の攻撃はアシッドが転がって逃げた事で避けられ、スティレットが床に突き刺さった。

 スティレットを抜いて再度アシッドを攻撃をする。今度はアシッドの左足が俺の右腕を蹴りあげスティレットが宙に飛ばされた。

 さらに、アシッドは俺の脚を蟹バサミで挟んで倒すと、後ろに回り込んで胴締めスリーパーホールドで締めてきた。


「ぐぐぐぐぐっ」


 首絞めボイスが出る。

 スリーパーホールドから逃げようとするが、がっちりと腕がはまって逃られない。

 意識が遠くなる前に右手をピースサインの形にすると、アシッドの顔がある辺りに向けて思いっきり突き刺した。


「ぐっ!」


 運良くサミングがアシッドの目に当たって腕の力が一瞬だけ緩む。腕を首から離すと右腕を掴み、思いっきり噛みついた。


「ぐああっ!」


 アシッドが俺の口から腕を離そうとするが俺は咥えて放さない。口の中に広がる血の味が、新たなプレイを生み出そうとしていた。


「くそ!」


 我慢の限界に達したアシッドが隠していたナイフを抜いて俺を刺そうとする。噛みついた腕を放してその攻撃を避けると距離を取った。

 振り返れば、アシッドは俺に対して両膝立ちの状態でナイフを構えていた。




 激しい戦いでお互いのフードが捲れ、俺とアシッドは顔をさらけ出していた。

 アシッドの顔は憧顔で女と見間違えるぐらい可愛いツラ。ジャ○ーズ系か? 掘られて死ね。


「はぁはぁ……アシッド。お前、けっこう可愛い顔してるじゃねぇか。股間みせろよ。アレ付いてるのか?」

「はぁはぁ、一応、顔はコンプレックスなんだけどね。それにアサシン君、イケメンなら君だって同じだろ」


 俺の冗談にアシッドが言い返す。


「俺は良いんだよ、どうせすぐに死ぬんだから」

「……どういう意味かな?」

「何でもない、それに……」

「ん?」

「お前のせいで傷物になったから責任取れ」


 俺が傷ついた頬を叩くとアシッドが笑い出した。


「「くっくっくっ……イケメンクタバレ!」」


 お互いに笑った後、再び殺し合いが始まった。




 俺はアシッドに近寄ろうとするがナイフで牽制されて近寄る事ができず、アシッドも靭帯が痛いのか動かずに俺の動向を見ていた。

 だったら望み通りに突っ込んでやるよ! 床に転がっているソファーを持ち上げると、体の前に突き出してアシッドへ突進する。

 アシッドが衝撃を防ごうと両腕でガードをするが、お構いなしにアシッドごとソファーを床に押しつけた。

 床に倒れたアシッドの右足を掴んで持ち上げると、足首を捻って関節技を極めた。


 アンクルロック


 本当の名前はアンクルホールド。

 レスリング技術は万人が認める一流レスラーなのに、言動から会場に登場すると「You S〇ck!!(へなちょこ!!)」と大歓声で迎えられる、元金メダリストが得意とした間接技だ。


「だああああああっ!」


 ただでさえ痛めている足を捻られてアシッドが叫ぶ。

 必死に暴れるアシッドを逃がさないように、背中を踏みつけてさらにぐいぐい極めた。

 関節を極められたままアシッドが床を這って落としたナイフを拾うと、上半身を向けて起死回生の一発を込めたナイフを投げてきた。

 その様子を事前に察知して、投げる前に両手を放すと『バックステップ』で飛びナイフを避ける。

 俺の後方へと飛んだナイフはそのまま壁へと突き刺さっていた。




「「はぁはぁ」」


 両膝に手を押いて呼吸を整える。クソ! 体中が痛いし汗もかいて気持ち悪い。

 アシッドを見れば、ヤツは壁を支えに左足だけで立ち上がっていた。右足はドラゴン・スクリューとアンクルホールドで限界に達しているのか、壁にもたれて呼吸を整えながら、右足を床に着ける度に顔を歪めていた。


「はぁはぁ、まいったな。僕の知らない技ばかりだ。異邦人の世界ってのは凄いんだね」


 上を向いて呼吸を整えていたアシッドが俺に振り向くと話し掛けてきた。


「…………」


 無言でいると、アシッドが右肩を軽く竦めて話を続ける。


「僕も君の世界の人間だったら、君と真の友達になれたかな?」

「……俺は……現実だと不治の病に侵された寝たきりの病人だぜ……」

「…………」


 俺の告白にアシッドが目を大きくする。


「そんな奴より他の奴らと友達になれよ。そっちの方がきっと楽しいぜ」


 実際に病に侵された後、最初は心配した友達と思っていた奴らは数ヶ月過ぎたら誰も見舞いに来なくなった。そう、俺もアシッドと同じく他人とは上辺で付き合っているだけで、友達なんて居ない。

 だから、俺はアシッドに自分を照らし合わせていたのだろう……。


「それでも、僕は君と友達になりたかった。だけど、それももう終わりか……ごめんよ」

「何を言っ……」


 突如、視野が歪んで吐き気が襲う。

 よろめいて壁に手をつき堪えようとしたが崩れ落ち、壁を背に足をだらりと伸ばした。

 俺の様子を見たアシッドが、片足を引きずりながら俺に近づいて来る。


「僕のダガー、あれには毒が仕込んであったんだよ。かすり傷だったから効くのに時間がかかったけど、何とか間に合ったみたいだね」

「…………」

「卑怯と思うかい? だけどこれが僕の戦い方なんだ。それに友達に毒を盛っちゃいけないってルールもな……」

「ゴホッ……しぃ」

「え? 何だって?」


 俺の声が聞こえなかったのかアシッドが尋ねてきたから、今度は聞こえる大きさで声を出す。


「うらやましいって言ったんだよ!」

「……は?」


 俺の話にアシッドがキョトンと俺を見た。


「……俺も毒を塗った武器で、卑怯に……戦いたかった」


 それを聞いてアシッドが笑い出した。


「あははっ。あはははははっ」


 ひとしきり笑った後、目に浮かべた涙を拭う。


「アサシン君、やっぱり君は面白い。最高の友達だ。殺すのが悲しいと思ったのは初めてだよ」


 そう言うと俺のスティレットを床から拾い、俺の前で立膝をつき目線を合わせる。


「ゴホッ、ゴホッ!」


 俺はそれをただ茫然と眺めながら、咳をして手で口を押えた。


「最後だ。何か言い残すことはないかい?」


 俺はアシッドの目を見て笑うと、最後の足掻きで右の拳を握りしめながらゆっくりと持ち上げる。

 震える拳をアシッド目の前まで上げると……ゆっくり中指を突き立てた。これの意味は「クタバレ糞野郎!!」だ。


「……じゃあね」


 アシッドは俺を優しい眼で見ると、スティレットを俺の胸に刺……ブッ!


「うあぁぁぁぁ! な、何だ? 目が、目があぁぁぁ!!」


 アシッドがスティレットを落として、両手で目を覆い床を転げ回る。

 俺はそれを見ながら安堵の溜息を一つ吐くと、天井を見上げながら一言つぶやいた。


「……バ○スだ、バカヤロウ」


 毒霧


 俺と婆さんがキコの実の果実を改良して作った刺激物だ。

 通常はグミのような弾力性のある固体だが、水に入れれば液状になる。その性質を利用して、手の裏にグミを隠し、先ほど咳をした時に口の中に入れて溶かしていた。話し掛けられても言い返さなかったのはそのためだ。

 そして、アシッドが刺す寸前に盗賊スキルのアクション技、『目くらまし(唾吐き)』を霧状にしてアシッドの目に吹きかけた。

 ちなみに、咳をしたのは全部、嘘。口に手をやるまでのプロセスを作る演技に過ぎない。だけどその結果……アシッドは騙されて俺の前に立ち、毒霧で目が潰れ、床を転がっていた。


 口に残っていたキコの実の汁をペッと床に吐き出して、鞄から毒消しを出して一気に飲み干す。次に一つだけ残しておいたポーションを取り出して、毒で減った体力を回復させた。

 飲み終えると、視線の隅で煩かったアナウンスが消えた。これで俺の体力は四割を超えたのだろう。


 そう、毒の効果で倒れた時点で俺はアシッドを騙していた。

 直ぐに毒消しを飲んで体力を回復させることもできたが、限界まで油断させたかったからだ。


 ズルして、騙して、奪い取れ!! アシッド、これが俺の戦い方だ!!




 毒の抜けきってない体を無理して壁を支えに立ち上がる。

 体全体を上下に振って右足を鳴らすように床へと叩きつけた。


 ダン!

 もう一度。


 ダン!!

 立てよ、アシッド。


 ダン!!!

 そうだ、後ろだ! 俺は後ろに居るぞ。


 ダン!!!!

 俺が床を叩く音にアシッドが気付いて振り向……今だ!!


 アシッドに向かって全力で走る。


 パーーーーン!!


 乾いた音と共に、俺の横蹴りがアシッドの顎に炸裂した。


 スイート・チン・ミュージック


 昔、卓越した技術と圧倒的なカリスマ性を持った、ハートブレイク・キッドと呼ばれたレスラーが使っていたフィニッシュブローだ。

 ちなみに、蹴った時に響く乾いた音はショーアピールのために自分の太腿を叩いた音。ただの蹴りでもショーアピールは大事。

 攻撃力のない俺が唯一ダメージを出せる状態。つまり、前日の夜にシャムロックさんが言っていた「背後から不意を突き、スキルを使って、さらにクリティカルが出た時だけ破壊力のある攻撃ができる」この状態にするために、目を潰し、後ろに立ち、振り向く寸前に『バックアタック』スキルを発動させて、顎にクリティカルヒットさせた。

 正直言ってすごく面倒臭い。だけどその威力は絶大だった。


 蹴りを喰らったアシッドが吹き飛び壁に叩きつけられる。

 さらに、その壁を破壊してロビーで戦っている誰かを巻き沿いに、手すりから一階に落ちて行った。

 これぞ、究極の壁ドンである。




 ふらふら状態で壊れた壁を抜けたら、何故かロビーが静まり返っていた。

 ライノと戦っていたはずの義兄さんが近くに居たが、そのライノの姿が見えなかった。

 ロビーの皆を見ると敵味方関係なく全員が口をあんぐりと開けて、壊れた壁から出て来た俺を見ていた。


「ライノは?」

「…………」


 義兄さんに尋ねると、何も言わずに手すりの先を指さした。

 手すりに近づいて下を見れば、ライノがうつ伏せに倒れていて、その上にアシッドが仰向けに倒れていた。

 それで皆が呆然とする理由が分かった。


 それじゃ、そろそろ終わりにしようぜ、アシッド。


 正面を向くと、着ていたフードマントが裂けるのを構わず荒々しく剥ぎ取る。

 フードマントを前へと勢いよく投げれば、マントは空気抵抗を受けながらも遠くへ飛んだ。ちなみに後で拾う予定。


「レイ?」

「レイ君?」

「レイちゃん?」

「アサシン?」


 静まるロビーで俺を知っている人が声を掛ける。だが、俺はそれらを無視して下を見下ろす。

 アシッドはライノがクッションになっていたのか、気絶せずに起き上がろうと足掻いていた。

 ロビーに居る敵味方関係なしに全員が俺を注目する。

 多くの視線を浴びる中、リズムを取るように腕を数回交差させると、手すりの反対側の壁へと走り出した。そして、壁をタッチしてから元の場所へと走ると、手摺りの上に飛び乗る。


 そして……4mの高さからダイブした。


『……!!』


 ロビーに居る全員が声にならない叫び声を上げるが、俺の意識は既にアシッドにしか向いていなかった。

 右肘を下に突き出して、起き上がろうとするアシッドに向かって落下する。


 ピープルズエルボー


 かつて猛牛と言われた超一流のレスラーの世界一シビれると評されたフィニッシュホールドだ。

 だけど、実際はマットに倒れているところを打ち込むただの肘打ち。助走して勢いをつけてから止まって勢いを殺した後・・・・・・・に打ち込む、ただの肘打ち。

 今回、助走は手摺りの上で走ると危ないから床を走った。それに、助走はただのショーアピールだから意味は全くない。

 ついでに、何となくピープルズエルボーじゃなくて、ジャンピングエルボーな気もするけど気にしない。

 だけど、この技は威力よりもショーアピールを優先した結果、民衆の『歓喜』と『祝福』、そして、『希望』がその一撃に込められていたと言われていた。




 落下する中、俺はアシッドの目を見る。毒霧で見えないはずのアシッドの目は落下する俺を見ていた。

 お互いの目が合った瞬間、意識が交差する。


(楽しかったぜ、アシッド)

(僕もだよ、最高の友達)


 これが俺とアシッドの最後に交わした言葉だった。


 そして、激しい衝突と同時に俺は意識を失った。




 意識を取り戻して目を開ける。

 焦点が戻ると高い天井にシャンデリアが煌めいていた。


 二階の手すり越しでは、大勢の人間が俺を見ていた。

 誰かが何かを叫んでいるが、意識が朦朧としていて、何を言っているのかまでは聞き取れなかった。

 横を見れば、ライノが口から血を流して動かないでいる。

 そしてアシッドは、目を開けて……死んでいた。


 俺も落下ダメージで死ぬ寸前だったが、無理やり体を転がしてうつ伏せになると、床を這いながらアシッドへと近づく。

 近くで見るアシッドの死に顔は安らかで口元は笑っていた。

 開いていたアシッドの瞼を手で閉じる……。


「じゃあな親友、安らかに眠れレスト・イン・ピース


 俺はアシッドの上に倒れて、再び意識を失った。

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