彼方さんの勇者という生き方

「そういやぁお前、職業クラスなに?」

「は?」

 夕飯のホッケの背骨をはがしていたら、突然彼方かなたが聞いてきた。でもなにを聞かれたかよく分からなかった。

 もぐもぐとホッケの身を咀嚼していた彼方かなたは、ごっくんとのみ込んでからもう一度言い直した。

「仕事だよ、仕事。昼間いつもどっかで働いてるんだろ?」

「あー、仕事か。なにって、しがないただの工場勤務だけど」

 今日のホッケは脂がのってて実に美味い。

「ほう、工場。それはアレか、なんか作ってるとこか」

「うん、そう。まぁ俺は作ってる人オペレーターじゃないけど」

 工作機械の保守メンテナンスが業務という、ちょっと社内でも変わった部署にいる。

「だから言うなれば、機械技師エンジニアってとこかなぁ」

「ほほう、魔導器技師エンジニア! ってことはアレだな、お前、ゴーレム造ったり直したりできんだな」

「……ゴーレム……。うん、まぁ。……まぁな」

 違うけど。そういうことにしておこう。なんか彼方かなたが目をキラッキラさせてるから。

 でもこれ以上ゴーレムについて突っ込んで聞かれても困る。減っていた彼方かなたの酒をつぎ足しながら、「そう言うお前は」と話の水を向ける。

「勇者だろ? 勇者って収入とかどうなってんの?」

 まさか勇者だって無一文で生きてはいけないだろう。ちょっと気になっていたのだ。

「やっぱりあれか、王様とかから褒美もらえんの?」

 彼方かなたはさっそく嬉しそうに酒を飲んで答えた。

「いンや、俺は王とは関係ないからな、特にそういうのはねぇ。ああ、もちろん国に雇われる勇者もいるけどな。でも、お偉いさんに雇われんのはいろいろ面倒なんだ」

「ふうん? 面倒?」

「おう。お偉いさんの指示に従わねーといけないし。プロパガンダだの広告塔だのやらされるし、自由がねぇ。俺はそういうのは性に合わん」

 どこの世界も世知辛い。

「じゃあ、ギルドとかから依頼を受けて報酬を得る、とか?」

 ゲームやラノベでよくある収入源をあげてみる。ホッケの身を物色していた彼方かなたが顔を上げ、首をかしぐ。

「ギルド? ってなんだ?」

 おや。

「えーと。同業組合っていうか、冒険者の管理してたり、依頼の仲介とか情報の提供とか、してくれる広域組織、みたいなやつ」

「へぇ、こっちにはそんな便利なもんがあんのか。俺のとこはないな」

「いや、こっちにもないけど」

「ないんかい」

 ガクッと彼方かなたのアゴが落ちた。

「でもそれなら。困ってる村を助けてお礼をもらうとか、個人的フリーランスに護衛とか討伐の仕事を請け負うとか、か?」

「あー、そうだな。まぁそういうこともあるが。……言っちゃなんだが、マジで困ってるやつってのは金ないし、取れないからなァ」

 勇者は魔物の襲撃で疲弊している村にたどり着いた! 勇者は村長に頼まれて魔物を討伐に向かった! 勇者は魔物の巣を殲滅して村を救った! 勇者は村へ戻って謝礼を請求した! 勇者は村長以下村人たちから復興資金を巻き上げた。 ……うん、オニだ。

「そうそう金持ちの仕事とかありつけねーし。そんなに儲からん」

 やっぱりゲームのようにはいかないか。でもじゃあどうやって? ……まさかこいつ、……ヒモ……?

 どうりで。悪いなとか居候だからとか言いながら遠慮容赦なく飲み食いするし。今もホッケの脂身をって食べてるし。たかり慣れてると思った。

 なんて、さすがにそれは。聞けない。勇者としてイヤすぎるし。五股かけてる上にジゴロだったら、もう二度とこいつを勇者とは呼ばない。むしろ勇者エロガッパって呼ぶ。

「じゃあどうしてるんだよ、お前」

「ん、もう思いつかないのか?」

 いつの間にやらクイズになったらしい。 彼方 エロガッパがニマニマと見上げてくる。

「うーん。ゲームなら倒した敵がドロップしたりするけど」

 現実リアルにそんな親切設計あるはずない。が。 彼方 エロガッパは司会者よろしく叫んだ。

「惜しい!」

「惜しいの!?」

 びっくりして酒吹きそうになった。

「まぁな。魔物なんかは体内に魔晶石ため込む性質があるからな。一応、肉や素材としても売れるし。まぁでも、いちいち解体バラすのも手間だし、重いし、大した値もつかないし。割りには合わんが」

 現実リアル、血生臭……。

 血なまぐさい勇者の彼方エロガッパの話は続く。

「でもそれは低級な魔物の話だ。上級になってくれば、ため込んでるものの量が違うからな。それこそ魔王なんて倒した日には、一生遊んで暮らせるレベルの財宝が手に入る。まぁあれだ、魔王討伐ってのはある種の一攫千金みたいなとこあるな」

 一攫千金て、世界平和はどこへ行った。いやまぁ、勇者だってお金がなければ生きていけないって話を振ったのはこっちだけども。

「……夢があるようなないような実態だなぁ」

 血塗れ一攫千金勇者彼方エロガッパは酒をぐいと呷り、少しさみしげな笑みを浮かべていった。

「残念だが、綺麗事だけじゃ世界は回んねーからな」

 ……渋カッコいいな、こいつ。

「あれ、でも。魔王を倒せば一攫千金ってのは分かったけど。その魔王を倒すまでってのは、どうしてたんだ?」

 世の中、綺麗事だけで生きてはいけない。その通りだ。でもだから。魔王を倒す動機が世界平和だろうと一攫千金だろうと、それまでの生活費だとか必要な武器防具だとか、費用は必要なわけで。果たして、彼方エロガッパの言う割に合わない仕事で食いつなぎつつ、魔王の許へ至れるものなのか。

 この疑問が解けないかぎり、エロガッパ疑惑は解けないと思う。

「そうか、それを聞くか。それは企業秘密なんだが」

 彼方エロガッパがふぅと息をつく。

「まぁ他でもないお前だからな。世話になってンし。……誰にも言うなよ?」

 そんな大層な感じなのか。これでもしスケコマシだったりしたら、デコピンのひとつもぶち込んだって愛護団体も怒るまい。

「まずはな、名前を売るんだ」

「……うん」

「最初は小さい仕事でもいい。小さな村を魔物から助けるとか、賊を討伐するとか、とにかくその道で勇名をあげろ」

「…うん」

「ま、俺の二つ名なんか、なかなかちょっと知られたもんだったんだ、これが」

「うん」

「で、だ。そうなったら、今度は名前の売り込みだ」

「…うん?」

「金のありそうなやつのとこへ行って、交渉だ。腕を見込んで資金援助してくれたら、魔王討伐後には援助率に応じて財宝を分配するっつってな」

「……うん」

「俺は魔王討伐に必要な資金を得る、やつらは勇者の支援者という名声と配当という実利を得る、そして世界は平和になる。Win-Win-Win」

 予想斜め上、興ざめレベルの自己プロデュースだった。かっぱ勇者なんていう非現実的存在ファンタジックなくせして超現実的思考リアリスト。エロガッパとか呼んですいませんでした。

「まぁあれだ。金の苦労は見せないのが男の甲斐性だ。お前も仕事の苦労は女に話すな」

「……はい」

 まったく彼方かなたにはかなわない。



「……もし、もしもだけど。魔王を倒さなくても元の世界に戻れる方法があったら、帰る?」

「おう? ああ、まぁ、お前が言うとおり、この世界に魔王がいないんじゃあなぁ。でもちょっとでも魔王がいるかもしれねーなら、ほっぽいては帰らんねーな」

「そっか。この世界の魔王を倒してもお金になるか分かんないけどね」

「ははは、俺は勇者だからな。別に金にならなくったって魔王は倒す。そもそも俺の口座にはもう唸るほど金があるからな。もう金はいらん」

 不敵に笑った彼方かなたは、しかしすぐに情けなく眉尻を下げた。

「もっとも、こっちの世界にいるかぎり、俺はその金をビタ一文使えないんだが」

 なまぐさ彼方リアリストの笑えないオチだった。

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