28.途切れかけた絆結ぶため、この道を(九)
「信念を失ったとしても、それでも生きてください…。私は山南さんに生きていてほしいんだ」
立ち膝でこちらに一歩、二歩近づくと、涙で声が詰まるわたしたちの肩に手を置いた。
「ふたりとも、私のために泣いてくれるのか…でも泣かないで」
優しい瞳で顔を覗き込む。
「私はね、人生に決着をつけるときが来たら、新選組総長の山南敬助として、と決めているんだ」
ずるい…
それを言われたら、何も言い返せない…
「もう随分と前からね」
本当は最初から知ってるの。
この人たちは絶対に妥協なんてしない。
自分の信念を頑なまでに貫き通す。
たとえ自分の命が終わってしまうとしても。
それでも、わたしたちみんなの気持ちを伝えれば、山南さんの心を動かせると思った。
「私の苦しみに、手を差しのべてくれてありがとう」
それから、沖田さんに視線を移した。
穏やかに、でも強い意志を持って口を開いた。
とてもとても残酷な言葉を。
「沖田君、介錯は君にお願いしたい」
しばし黙り込む。
どうして…
どうして伝わらないの?
どうして生きようとしてくれないの?
絶望しかなかった。
絶望の淵に突き落とされて、あてもなくさまようような…
いや、さまよう気力さえなかった。
思考回路が停止して何も考えられない。
沖田さんはこれ以上どうしていいか分からずに、がっくりと肩を落としてうなだれた。
「もう…私たちとは一緒にいたくないんですか…?」
「沖田君…」
「答えてください…!」
目に涙をいっぱい溜めて、声を震わせた。
「新選組が嫌になったわけではないんだ。できることなら、これからも君たちと共に生きていきたい」
「それなら…!」
「しかし…それでは、自分の心に背いて生きることになる」
自分の無力さが情けなくて、涙が止まらなかった。
「もういい加減にしてください!」
ゴシゴシと涙をふいて声を荒げた。
感情が爆発するのでは…と思い、瞬間、わたしは無意識に沖田さんの手を取って握りしめていた。
「子供みたいに駄々をこねないでください!山南さんが江戸へ行けば、すべてが丸く収まるんです」
「たまにはいいだろう?私が駄々をこねても」
「こんな時に冗談なんか言わないでください!」
プッと吹き出す山南さん。
「はははっ!」
高らかな笑い声。
なかなか笑いが止まらない。
沖田さんの左手とわたしの右手が繋がったまま、拍子抜けして顔を見合わせる。
呼吸を整え、ようやく一言。
「まさか沖田君に叱られる日が来るとは思わなかったよ」
もしかしたら、わざと間を空けたのかもしれない。
空気を変えるために。
「君たちが来てくれて正解だね。さすがは土方君だ」
わざとなのか、本当に面白かったのかはどちらでもいい。
お蔭で、ピンと張りつめていた緊張がほどけて、落ち着きを取り戻せた。
「もうひとつ、駄々をこねても?」
「何なんですか!」
「今夜は楽しい話をしよう!たくさん笑って過ごしたい」
「笑ってる場合じゃありませんよ!分かってます?!」
「いいじゃないか、せっかく君たちがふたり揃って来てくれたんだ」
「私は!これからも山南さんにすぐそばで見ていてほしい。もっともっと強くなるところを」
「見ているよ。約束だ。ずっと、ずっとね」
「勝手だよ…」
「さあ、一旦この話はやめにしよう!そろそろ夕飯時だし、今日は徹底的に駄々をこねると決めたんだ。私のわがままに付き合ってもらうよ」
窓の向こうのトワイライトムーンの夜空を見上げ、大きく息をしてから言った。
「沖田さん、付き合ってあげましょ。明里さんとの恋物語、知りたいでしょ?」
「いや、それはちょっと…困るな」
「明里さんって山南さんの恋人なんだろ?」
「そうですよ、美人のね」
「かれん君、誰にも言わず内緒にしていてくれたんだね」
「かれんちゃん、何で教えてくれなかったんだ」
「わたしは口が堅いんですよ」
「意外だったよ」
「失礼な」
「ポロっと口を滑らすことはあるけどね」
「それは、ついうっかり…」
「よし!屯所に戻ったら、山南さんに恋人がいるって、全員に言いふらしてやる!」
「私は幸せ者だよ」
「どうしてそう思うんです?」
「生涯の友にも、最愛の人にも出逢えた。それに、弟と妹のような君たちに、こんなにも慕われているからね。疑うことなかれ!嘘偽りのない本音だよ」
「それなら、可愛い弟と妹の願いを聞いてください」
その夜はたくさん話をした。
それが山南さんの望みだから。
あんな重い話をした後だというのに、意外にも楽しい一夜だった。
まだあきらめない。
まだ明日がある。
沖田さんもそう思ってくれているに違いないから。
もしも、山南さんを説得できなかったら…という隣り合わせの不安で、天秤がゆらゆら揺れていた。
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