27.花の春、散るらん(二)

「君がかれんさんだね?」


「はい、初めまして。かれんと申します」


「よろしく。以後、お見知りおきを」


「こちらこそ…」



言葉を交わすのはこれが初めて。



「いやぁ、随分と活発なんだね」



キリッとした目元がやわらいで、口元がほころんだ。


日本画から飛び出して来たみたいな人だなぁ。



「でも、お淑やかにしなくていいのかい?」



どちらかといえば体の線も細くて。


失礼ながら、剣術に長けているようには見えない。


俗に言う細マッチョというやつなのか。


強そうに見せないのも策のうちなのかも。


天才肌だったりして。



現代ならば、ゴルフが似合う紳士とでも言いますか。


会社のエースでバリバリ仕事をする、みんなの憧れの上司、みたいなイメージと言いますか。


スーツも着こなしそうだし。


ネクタイを緩める仕草なんて、この人がやったら女子じょしが悶絶しそう。


そういう人は憧れる反面、ちょっと近づきがたかったりもする。



それに何というか、大人の色気漂う雰囲気。


知的で涼しげな目が、それを物語る。


ふと真顔になったときの、惑わされそうな、吸い込まれそうな瞳。


と言っても、土方さんとはまた違うタイプだ。


どんな人なのかはまだよく分からないけれど、モテるというのはよく分かる。



「おっちゃん、誰~?」


「新入りか~?」


「こらっ、失礼なこと言わないの」


「ははっ!いいんだよ。そのとおりだからね」


「すみません…」



この美形に向かって「おっちゃん」とは、子供たちよ、恐るべし…。



「新入りの伊東です。よろしくお願いします、先輩方」


「がんばりや~」


「師匠か!何で上からなのよ」


「おもしろい子たちだね。みんなこの近所に住んでいるのかい?」


「せや」



意外だった…


子供たちとも楽しそうに接してる。


子供の無邪気な言葉にも腹を立てたりしないんだ。



「かれんさん、少し話さないか?」


「あ、はい」


「君たち!すまないが、かれんさんをお借りするよ」


「ええで~」


「お許しも出たことだし、行こうか」



言われるがままにエスコート。


大人の余裕というやつだろうか。



「そこに腰掛けよう。さあ、どうぞ」



と指差した先へ向かうと、手ぬぐいを広げて敷き、わたしをいざなう。


なぜでしょうか?


レディファーストが身についているのは。


まるで英国貴族だ。


世間は攘夷だって騒いでいるのに、不思議。


伊東先生も攘夷派だと思うけど。


単純にこういうことが自然とできる人なのかな。



「ありがとうございます」



裏とかないよね?


だって土方さんが警戒する人だよ。


局長には気に入られてるみたいだけど。


簡単に心を許していいものか。


何か目的があるのかもしれないし。


土方さんの肩を持つわけじゃないけど、土方さんには見る目がある。


勘もいいし、鋭いし。


人に興味がないようで、実はよく見ている。


本質を見極めているというか。



そもそも、なぜわたしを知っている?



「なぜ僕が君を知っているのか?」


「えっ?」


「という顔をしているね」


「今日初めてお会いしましたのに…」


「はははっ!平助だよ。君のことは平助から聞いていたのさ。幾度も、幾度もね」


「あ~!伊東先生は平助さんのお師匠さま、なんですよね?」


「如何にも」



上から物を言うわけでもなく、物腰が柔らかい。


意外と人当たりがいいし、温厚そうだな。


それに、わたしとこんな他愛もない会話をしてくれるとは思わなかった!



今のところ、好感しかない。


うーん…


コロッと態度を変えます。


だって、悪い人じゃなさそう。


人望もあるみたいだし。


伊東先生を慕っている門弟たち数人も一緒に新選組に加入した。


当然か。


平助さんが仲立ちをしたくらいだしね。


平助さんが変な人を紹介するとは思えない。



ま、なんだかんだ考えたところで、わたしに利用価値はないよね。


警戒したりして、ごめんなさい。



「ああ、髪に葉っぱが付いているよ」


「ありがとうございます」


「木登りしたときに付いたんだな」



木の葉を払うだけなのに、しなやかな所作だなぁ。


非の打ち所がない。



「いつもああして木登りを?」


「はい、あ、いや、まあ、その、時々…」


「聡明で朗らか、可愛らしいのに、負けん気が強いのと、お転婆が過ぎるのが玉に瑕、とはまさに」


「あ、平助さん情報ですね?」


「それほど勇ましいのなら、剣術の稽古を重ねれば桶町おけまち・千葉道場の鬼小町のように…」


「ふふふっ、伊東先生は見かけによらず、おしゃべりがお好きなんですね」


「すまないね、男がベラベラと…」


「いえ、そんなことありません。わたしとも気さくにお話くださるのはうれしいです」



早口で話すのではなく、ゆったりと知性を感じる話し方。


雄弁だという事前情報は間違っていないのだろう。



「しかし驚いた。君の歌声は素晴らしい」


「恐縮です」


「僕はね、何でも美しいものが好きでね」



と言うと、いきなりわたしの顎をクイっと持ち上げた。


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