27.花の春、散るらん(三)
「何を、なさるんでしょう…」
「白い肌だね」
「はぁ…」
「おや、睫毛にゴミが。目を瞑りなさい」
「ありがとうございます…」
「長い睫毛だね」
目を瞑ってしばらく経っても、睫毛に触れる気配がない。
「あの…取れましたか?ゴミ…」
「うん、君は土方くんを慕っているのかい?」
「えっ…?!」
予想外の問いに驚いて、パチリと目を見開いたときだった。
「一体何をしているんだ?!伊東さん!」
「土方さ…」
「おっと、失礼」
「伊東先生は睫毛のゴミを取ってくださって…」
「白昼堂々、人の女を口説くとは、いい度胸だな」
「口説く?」
「そんなんじゃありませんよ!ね?伊東先生?」
「ほう、やはりそうか。君が土方くんの想い人」
「手を出したら、あんたでも容赦はしねぇ」
「誤解を招く行動だったね。申し訳ない」
「かれん、お前はこっちに来い」
強引にグッと手を引いて、土方さんは自分の背中にわたしを隠した。
「何も、君たちの恋路の邪魔をしようというわけではないんだよ」
「だったらどういうつもりだ?」
「単純に気になっただけさ。君が惚れた
「あんたが気にすることかよ」
「土方くん、君は頭が切れるし、剣の腕も素晴らしい。そしてこの容姿」
「それが何だって言うんだ」
「僕はね、完璧主義なんだ」
美しい人っていうのは、美意識が高いんだな。
伊東先生はそれが飛び抜けてるんだ。
わたしの顔面に、美麗であるというアドバンテージはないに等しい。
無論、伊東先生はわたしを美しいと思っているわけでもなく、ましてや口説いているわけでもなく。
さっきのは、土方さんにわたしが釣り合うか見定めていたってとこだろう。
「美形のおふたりが並ぶと絵になりますよね」
不穏な空気を和ませたくて、土方さんの後ろから顔を出した。
隙を見せたわたしにも原因があるんだけど…。
「嬉しいことを言ってくれるね」
「見惚れる人は多いと思います。わたしもそのひとりですけどね」
だけど、お世辞なんかじゃない。
ふたりで市中見廻りに出ようものなら、大人の魅力に
「ぜひ君と仲良くしたいね、土方くん」
「そりゃ、どうも」
「君のこと、気に入ったよ」
「はぁ?!」
「それって、同僚としてですか?」
「それもあるが」
含みのある言い方。
意味深な笑みを浮かべる。
「先生は男色家ですか?」
「僕には江戸に妻がいる」
「てことは…両刀遣い?!」
「どうかな?君のご想像にお任せするよ」
「こいつは想像力が豊かなもんでね。変なこと吹き込まれちゃ困るんだよ」
「おや、かれんさんは衆道にも理解があると聞いたが」
「情けを交わすのは男女に限ったことではないですし、人を想う気持ちには様々な形があっていいと思います」
「うん、そうだね」
それはそうだけど、恋愛対象が土方さんとなれば話は別!
ハッキリと肯定も否定もしない。
わたしへの宣戦布告、というわけでもないし。
バチバチ火花を散らせても、かわされそうだし。
その言葉どおり、ただ純粋に土方さんと仲よくしたいだけ?
「おっと、僕はもう行くよ。楽しい時間をありがとう」
去り際、わたしの耳元で囁いた。
「君にも興味がわいたよ」
「どういう…」
「無邪気なのはいいが、このご時世、すぐに人を信用してはならないよ」
ポンと肩に手を置いてアドバイス。
「君のこと、よほど大切に想っているんだね」
「えっ?」
「ほら、ごらんよ」
これはもしや、わたしじゃなくて土方さんに揺さぶりをかけているのでは…?
「そんな怖い顔をしないでくれ。その顔も美しいがね」
ゾワッと身震いした土方さんに、ニコリと微笑みを向ける。
「また話をしよう、かれんさん。じゃあ」
たおやかに手を振る。
とにもかくにも、伊東先生は新選組内でも人気が出そうだ。
「何を言われた?!」
「え、ああ、このご時世すぐに人を信用するな、って」
「そうだぞ!お前は無防備すぎる!」
「気をつけます…」
「護身術でも身につけさせるべきか?!いやでもな…」
めずらしくペースを乱され、頭を悩ませている。
嫉妬してくれてうれしかったっていうのは内緒にしておこうかな。
もう少しだけキュンとしていたいんだもん。
「わたしじゃなくて、土方さんのことがお好きみたいですよ。気を引きたそうでしたし」
「そんなわけあるか!」
「伊東先生の魅力で男色に目覚めたら、どうし…」
わたしを一瞬で黙らせる突然のキス。
「…ねぇよ!」
胸の鼓動が高鳴っていく。
息継ぎを忘れて溺れてしまいそうなくらい、いつもよりも熱い、熱い抱擁。
「俺以外の男にそそのかされるなよ」
くちづけを重ねるたびに、愛されている実感を噛みしめる。
「俺以外の男に、簡単に触らせるのも駄目だ」
昼日中からこんな…誰かに見られていたらどうしよう。
焦りとドキドキでどうにかなりそう。
「俺はお前しか欲しくない」
そんな殺し文句…
たった一言だけで、夢中になって溺れてもかまわないと思ってしまうの。
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