26.幸せを運ぶ人(六)
幸運の使者だって。
容保様ったら大げさだなぁ。
でも、お殿様にそんなふうに言ってもらえたらやっぱりうれしくて舞い上がっちゃう。
ひそかな自慢にしちゃおう。
わたしたちには分からない重圧を感じながらお仕事なさっているんだから、気休めにしかならないかもしれないけど、こうして話し相手になったり、ピアノを弾いたりして、できる限り尽くしたいと思ってる。
「あーっ!!」
「へっ?!」
御用屋敷からの帰り道、後ろから腕をガシッと掴まれた。
「おはん!ついに見つけた!」
やだやだ何者?!
駕籠を手配しようと言ってくださった容保様のお気遣い、断るんじゃなかった!
心の底から後悔…
「かれんさぁでごわすな?!」
「お、大山さまぁぁ!!びっくりしたぁ…」
「いやぁ、そげんひったまがっとは。すまんじゃった!つい…」
「いえ、大丈夫ですよ。今日はいかがなされたのですか?」
「そいはじゃなぁ…」
「何かご用が?」
「おはんのこつを待ってたんじゃ」
「わたしを?」
「宝蔵寺の近くを通るち思うて待っとったんじゃが、會津の出じゃち
「わたしに何かご用で?」
「こいを…」
グッと腕を伸ばし、花束を差し出す。
「お花?」
手渡されたのは。
「わぁ!ダリアだぁ!」
「だりや?
目の覚めるような鮮やかな大輪の紅。
天保12年頃、今からおよそ20年ほど前に、オランダ船によって長崎に持ち込まれたというダリア。
牡丹に似た豪華絢爛な花姿から“天竺牡丹”と呼ばれている。
ダリアを初めて長崎から取り寄せたのが巣鴨の植木屋さん。
で、6年後には日本各地へ広がった。
と、平助さんから借りた『百花培養考』という植物の本で読んだ。
「もしかして、お花を渡すために?」
「あん時の花、台無しにしてしもたでな」
「そんな…お気遣いありがとうございます」
「うんにゃ!よかよか!おはん、花が好きなんじゃろ?」
「はい、あっ、そうだ!これ!前に約束した撫子の押し花です。栞にしたので、よかったらどうぞ」
「おお!こいはこいは!覚えちょってくれたか!あいがとごわす!大事に使いもす」
「ぜひ使ってください」
「ところで、おはんはどこに住んどるんじゃ?」
「えと…」
新選組と薩摩の今後の関係性を考えたら、あまり詳しくベラベラ話さないほうがいいのかなぁ。
會津出身、壬生在住、と言ったら、一発でバレそう。
いい人だから心苦しいけど。
「ん?」
「堀川を渡った向こう側です」
「そうじゃしたか。おいはてっきりこん辺りに家があるもんじゃとばっかり思っちょいもした」
「よく来るんです。お使いで」
「なーるほど、お使いじゃったか」
「そうだ!あのとき、お召しになっていた軍服、お似合いでしたよ」
「ああ、あの金モールの軍服、よかじゃろ?おいも気にいっちょる」
「みなさん、驚いていたんじゃないですか?」
「會津の藩兵も驚いておいもした」
「今日は旅支度ですね。どこかへ行かれるのですか?」
「今からまた江戸に戻らにゃならん」
「そうですか、これから江戸へ。お時間よろしいんですか?」
「ああ!時間切れじゃあ。もう行かにゃならん!出立直前に逢えるとは、待った甲斐がありもした」
「お気をつけて」
「京に戻ったそん時は、おはんに逢いたいち思ちょいもす。必ず戻りもす!またお逢いしもんそ。約束でごわす!」
すべて言い終わらないうちに、こちらを向いたまま走り出す。
「いってらっしゃいませ~!」
という、わたしの声が届いたのだろう。
手を振っている。
嵐のような人だなぁ。
いい意味で、ね。
花束を抱えて屯所への道を歩き出す。
ダリアってやっぱり華やかだなぁ。
天竺牡丹と名づけられたのも納得。
我が
懐かしいなぁ…
立ち止まりダリアに顔をうずめる。
ダメダメ!
考えたらホームシックになるから。
土方さんのこと、考えながら帰ろう。
「ただいま戻りました~!」
「かれん!」
「土方さん!そんなに慌てて、どうしたんですか?何かありました?」
「そっ…!」
「そ?」
「側室に上がる話が出なかったか心配してるんだよ」
「側室?!」
「総司…!」
「聞きにくそうだったから、代わりに聞いてあげたんですよ」
「ありえないですよ!何でそんな話が出るんです?ビックリしたぁ」
「色恋沙汰にはとことん鈍い奴だな…」
「ははは…お察しします」
「お前は男心ってもんが分からねぇのか?」
「分かるように話してください!」
「待てよ、土方さんにとっては好都合じゃないですか?かれんちゃんが鈍いほうが、ね」
「確かにな、物は考えようだな」
「置いてけぼりなんですが…」
「いいんだ、お前はそのまま、これからも鈍いままで!」
「意味わかんない…」
「分からなくていい、それが俺にとっては幸せなんだ!」
ずるい…!
土方さんのとっさの一言にドキドキして、何も言えなくなった。
空気を読んだ沖田さんは「退散しまーす」と小声で言って、玄関先からそっと立ち去ったようだった。
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