21.恋と願いはよくせよ(一)

コンチキチン、コンチキチン。



祇園囃子、独特の合いの手。


しょう、横笛、太鼓の音色。


鉾の上で淀みなく奏でられる。


囃子方はやしかたほこの欄縁ギリギリに腰掛けて演奏している。



チキチン、チキチン、と一定のリズムを刻む鉦の


祇園囃子の特徴のひとつがこの鉦だ。


鉦の真ん中を叩いたり、縁を叩いたり、叩く位置の違いやリズムの組み合わせで音を叩きわける。


テンポや曲順を決めるのは太鼓。


ということは、やはり長年の経験が必要なのだそうだ。


そこへ横笛・能管がメロディを乗せる。


高音の澄んだ音色。


曲ごとの楽譜は鉦を覚えるためのもので、どのパートも運指、メロディ、リズムは耳コピーで覚え、伝承していると聞いた。



京都に夏の訪れを告げる祇園祭。


平安時代から続く、八坂神社の祭礼だ。


あ、今はまだ八坂神社ではなく、“祇園社”と呼ばれている。



今日は前祭さきまつりの山鉾巡行。


京の町がいっそう華やかに。


年を経ても変わらない音色、日本の情緒ある風景。


きっと、千年経っても1万年経っても変わることはない。



約束の祇園祭。


土方さんとわたし、ふたりっきりで。


正真正銘、デートだ。



きれいな横顔。


今日はわたしだけが独り占め。


左側からチラリと見上げる。


山鉾を見てるふりをして、見つめていることがバレたら照れちゃうから。


祇園囃子が流れる中で、土方さんに見とれていた。


引き込まれて、気が遠くなりそう。



「どうした?」


「えっ…?!」


「顔が赤いぞ」


「そ、そうですか…?」


「暑さと人の多さに酔っちまったか?」


「ううん、平気、平気…!」


「ほら、これで」


「ありがとうございます」



持っていた団扇でわたしの顔を扇ぐ。


団扇を持つだけでも絵になるなぁ。


女のわたしより色っぽいなんてずるい。



山鉾巡行は、“くじ改め”の後、長刀なぎなた鉾にお稚児さんが上がって太刀を抜き、“しめ縄切り”の儀式を行うところから始まる。


しめ縄を切ることで、神様の世界と人間界の間にある結界を解き放ち、山鉾が神様の領域に進む道を作るのだ。


他の山鉾が巡行の順番を決めるために引くくじを免除された“くじ取らず”で、長刀鉾は毎年先頭を行くことが決まっている。


鉾の屋根の上の鉾先から、空に向かって真っ直ぐ飾られた大長刀。


シンボルであるこの大長刀は、刃先の向きも決められており、巡行時に刃先が祇園社や御所の方角に向かないよう、必ず南向きになっている。



山鉾の“山”と“鉾”とはどちらも山車のことで、その違いは“山”には真松という松が飾られ、“鉾”には真木という柄の長い鉾が飾られていることだ。


それぞれに特徴的な装飾の山鉾がゆっくりと目の前を通る。


昨日までは鉾から柳のように連なって、夜には灯りがともされていた提灯はすべて外されている。


鉾頭に三日月の付いた月鉾、カラクリ仕掛けのカマキリも。



「今にも動き出しそうだな」



天岩戸から天照大神が現れる日本神話の岩戸山、聖徳太子の人形が乗った太子山もあれば、こちらは舳先へさきに羽ばたく鳥が飾られた大きな船鉾。



「わぁ!天井絵も彫刻も、細かいところまで本当に雅ですね」


「芸術的だな」



細やかで繊細な彫刻。


煌めく金細工の欄縁金具。


立派な山鉾に圧倒されっぱなしだ。



「すごい!屋根の上にも人が乗ってる!」



特に目を引くのは山鉾の四面を飾る色鮮やかな織物・懸装品だ。


進行方向の前面を前懸、両側面を胴懸、後ろを見送りという。


深く美しい群青、目の覚めるような赤に目を奪われる。


金地、緋羅紗地に花文様、唐草文様、雲龍文様などの極彩色の刺繍。


草花、鳳凰、虎、獅子、孔雀、それに中国の絵に描かれていそうな人物も大胆にあしらわれている。



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