20.青い風が吹く、この瞬間[とき](二)

最初に踏み込んだのは局長の隊。


驚くことに局長の隊には10名しか隊士がいなかったそうだ。


広範囲を受け持つ土方さんの隊に24名を要したからだ。


その分、新選組指折りの剣士を揃え、少数精鋭部隊としたのだろう。



池田屋内部では20人ほどを相手に、局長、沖田さん、永倉さん、平助さんのたった4人で応戦していた。


それがあの夢と同じメンバーだということが、こわすぎて信じられない。


4人以外の他の隊士は池田屋の表口と裏口を固め応戦。



そこへ土方さんの隊が到着。


土方さん、左之助兄ちゃん、源さん、斎藤さんたちが加勢したことで、形勢逆転。


一気に新選組が優勢になったことで、斬り捨てから捕縛に変えた。


そして、事態は未明に鎮圧。


その後も内部の遺留品捜査や、市中掃討、御用改め…と現在も働きづめのようだ。


池田屋から逃走した浪士も多かったようだけれど、市中掃討の末に20数名を捕縛。


こちらも激戦だったのだと言う。



知らせが来たのか、それとも祇園の会所へ使いを出したのか、山南さんが教えてくれた。



万が一のことがあったら、今頃わたしは錯乱状態だっただろう。


だけど、姿を見るまでは安心できない。


みんな、無事だよね?


大きな怪我をしていないことを祈るばかり。



新選組が大坂へ行ったとき、不逞浪士が船場の大きな有名呉服商にお金をゆすりに押し入るという事件があった。


知らせを受けて駆けつけた山南さんが不逞浪士を討ったのだけれど、重傷を負って京に帰って来たときは青ざめて、オロオロとどうしていいか分からずに泣くしかなかった。


刀が折れるほどの激しい斬り合いだったと聞いた。


あんなふうに出迎えるのは嫌だ。


新選組の屯所にいてそんな発言するのは、客観的に見ても自分でもどうかと思うけど、元気な姿で帰って来てほしい。


ただいま、って明るい声が聞きたい。


そう思うのは当然のことでしょ?


そんな日常の普通が、ここでは普通のことではない。


分かってるけど…



山南さんから情報を聞いて、真っ先に壬生寺へお礼参りに駆け込んだ。



「ありがとうございます、ありがとうございます。心から感謝いたします」



悲しいことに、新選組側は3人の死者が出たと言う…


それから、尊攘派の亡くなった方たちにも手を合わせた。



「もうひとつだけ、願いを叶えてください。お願いします…みんな、怪我なく無事に戻りますように…」



すでにお昼時。


心配でいてもたってもいられず屯所の門の前で、新選組の帰りを待つ。



「あっ!」



先頭に大きな隊旗を掲げ、浅葱色の集団が列を成してこちらへ歩いて来るのが見えた。


何事かと、あちこちに見物人も出ている。



「山南さんっ!おじさん、おばさん!帰って来ました!!」



目を見開いて、ひとりひとりの姿を確認する。



緋羅紗地ひらしゃじに白のダンダラ模様の旗がたなびく。


ダンダラと同じ白、“誠”の一文字が夏風に揺れて。


梅雨明けの太陽に照らされ、雲のないスカイブルーの空によく映える。



その後ろに局長、その次に土方さんと沖田さん、それから他のみんなが続いている。


羽織の色が変わっていると、すぐに分かった 。


朱殷しゅあんに染まる浅葱色。


大量に浴びた返り血が生々しさを物語る…



「沖田さん…?」



いつも元気よく戻ってくる沖田さんの様子が明らかにおかしい。


土方さんに支えられてる。


門前に到着する前に慌てて駆け寄った。


人目なんか気にしてる場合じゃなかった。



「沖田さん!」



ぐったりとして青白い顔。


体のどこかに傷を負ったわけではなさそうだけど…



「沖田さん、大丈夫?!平助さん…!!」



片目を覆うように包帯を巻いた平助さん。


血が赤く滲んでいる。


斬られたの…?


苦痛に顔を歪める。


あのふたりがこんなふうに戻って来るなんて、自分の目を疑った。



「早く中へ…」



土方さん、局長は無事。


左之助兄ちゃん、永倉さんは元気そうだ。


斎藤さんと源さんもいつもどおり。



「生きててよかったぁ…」


「そんなに簡単に死なないよ…私たちは…」


「喋るな、総司。すまねぇな。結局、心配させちまった」


「生きて帰ってくれればそれでいい…」



命があるというのは、何にも代えがたい。


よかった…


本当によかった。



「とにかく沖田さんと平助さんは中へ入りましょう!」


「源さん、総司を頼む」


「はい、承知」


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