18.愛し青の戀人(五)

と、左之助兄ちゃんが勢いよく走り去ったのと入れ替わりで、よからぬ噂を耳にした。



「あら、かれんちゃんやないの?」


御内儀おかみさん!こんにちは、偶然ですね」


「お詣りか?」



新選組御用達の商家の御内儀さんだ。



「ところで、大きい声では言われへんのやけど」


「何ですか?」


「あんた知ってるか?長州が京の町に火つけるいう噂」


「えっ?!何それ?どういうことですか?!」


「詳しいことはよう知らんのやけどな、前からそないな噂がちらほら出とるんよ」


「それ!うちも小耳にはさんだことあるわ。物騒な話やわぁ。ほんまならえらいこっちゃ」


「知り合いか?」


「あ…いえ」



誰…?


隣に居合わせたきれいな女の人が話に加わる。



「あんた、新選組んとこで働いてるさかい、何か聞いとらん?」


「さぁ…?仕事のことは教えてくれないんですよね」


「へぇ、あんたはん新選組んとこにいてはるの?」


「あ…はい」


「ここには長州贔屓がぎょうさんおるさかい、みーんな噂や思てるけどなぁ」


「うわさ…」


「ほな、かれんちゃんまたな」


「あ、はい!失礼します~!さよなら」



今の話、ホント?!


長州が京の町に火をつける?


まさか!



そんな物騒な話、噂で済めばいいけど…


もし本当なら、暢気にしてる場合じゃない!



新選組のところには届いてるんだろうか?


局長も土方さんも知ってるの?



町で噂話になってるくらいだから、すでに耳に入ってるかもしれない。


そうであれば毎日警戒してるはず。



でも、何のために?


會津や新選組と同じように、長州だって京の町の人にはお世話になってるはず。


それこそ、恋人がいる人もいるだろう。


天皇や権力を持つ公家も大勢住んでいるし、万が一、間違いがあれば長州だって藩として危なくなるんじゃない?


そんな危険を冒してまで、何かメリットはあるの?


それが得策なの?


分からない…


自分の頭で解決できないのがもどかしい。



何でわたしは歴女じゃないの!?


もっと歴史に興味を持てばよかった。


もっともっと必死に勉強すればよかった。


せめてドラマを見たときにはるかに詳しく解説してもらうんだった。


今思えば、何とかっていう幕末を舞台にしたマンガも読んでたっけ。


そうしていたら、微力ながらも役に立てたかもしれない。



たられば、なんて。


今頃、悔やんでもどうしようもないことだと分かっていても。


何もできない自分が情けない。


もどかしい。


悪あがきでも、できることをしたい。



誰かに聞いたところで、かわされることは必然だ。


巻き込まれないようにと、わたしの身を案じて絶対に教えてくれないと思う。



これから数年先の未来に起こること、言わなくていいんだろうか。


例えば言ったらどうなる?


信じてくれたとして。


史実を知れば、戦を防ぐ策が見つけられるかもしれない。


それとも、望むところだと勇んで戦争に行く?


それが濃厚。


容保様も新選組も、自分の意に反する行動はしない。


必ず幕府への忠誠を貫く。



武器や兵力を最新鋭に強化して、それに見合う訓練を毎日徹底的にやれば勝てるかもしれない。


山南さんがいい策を考えてくれるかも。



話してみる?


でも。


もし幕府側が勝ったら、未来はどうなる?



現代まで歩んできた日本の近代史は消える。


来るはずの、わたしがいた未来はやって来ない。


未来を生きるはずの人は生まれないかもしれない。


家族も友達も。



ここで生きていくと決めたけど、未来を切り離すことはできない。


現在ここにも未来にも、大切な人が生きてる。



どうすべき?


わたしにとってはどっちも大切なの。



嘘ついてるみたいで申し訳なくて…。


葛藤を繰り返す。


後ろめたくて、歯がゆくて、苛立たしい…



「どないしたんどす?まばたきもせんと難しい顔しはって」



謎の美女の問いかけに、ハッと我に返る。



「あの…すみません、どなたでしたか?」


「あれま、堪忍え。ころっと忘れてたわ。島原の芸妓の明里あけさとどす」


「明里さん?」



自分は天神てんじんで、天神は太夫に次ぐ位だと言った。



「あんたの名前、当てたろか?」


「えっ…?」


「かれんちゃん」


「えっ?!」


「せやろ?」


「どうして?!知ってるんですか?!」


「さっきまで一緒にいはったんは、原田先生どすやろ?」



何、この人は…


サイキック?


いや、まさか…


美女スパイ?!



島原って、当然ながら新選組と敵対する人たちも出入りしてるよね…。


浮かれた男だけじゃなくて。


何たって屯所のご近所だし。


その可能性はないとは言えない!



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