17.花在りて天香夜(一)
切れ長、二重の大きな瞳。
冷たい瞳だと言う人もいるけれど、わたしはそうは思わない。
ふとした瞬間のほほえみを、わたしに向けられる優しいまなざしを知っているから。
あなたの息づかいを感じる。
美しい世界。
時よ止まれ。
「つばさー!おはよう。ごはんだよ」
最近ではわたしの姿を見ると、自らこちらへ寄ってきてくれるようになった。
喜んでいるのか、鼻先で頬ずり。
「つばさ、鼻息がくすぐったいよ。後で体洗って、ブラッシングしてあげるからね」
今朝はいつも以上にご機嫌だ。
何たって、土方さんと心が通じて…
わたしを本気で好きだと言ってくれたんだもの。
両想いだよ、信じられない!
恋人になれたなんて。
何だかふわふわしていて。
夢みたい…
この時代にいること、今は絶対に夢であってほしくない。
これって、たしかに現実だよね?
明日、突然もとの時代に戻ってしまったらどうしよう…
そんなこと考えて悲観してしまうほど夢中なんです。
まるで自分がドラマの主人公にでもなったみたい。
頭の中でリプレイしては、そのたびに照れる。
土方さんはいつもわたしの頬を紅くさせる。
目の前にいてもいなくても、頬は紅く染まるの。
厩の掃除をしながら昨日の余韻にひたる。
「♪“いのち短し 恋せよおとめ~”」
思わず鼻歌が。
いけない、いけない。
顔がニヤけてたかな?
人の気配を感じて、真顔に戻そうと努力。
唇に力を込めて真一文字に。
庭先でしゃがんで作業をする人に後ろから近づく。
「斎藤さん、おはよう」
「おはよう…」
「あ、また自分でふんどし洗ってる。洗濯ならやるのに」
手を止めてこちらに振り返る。
「いや、いい」
「何で?」
「気持ちだけありがたく貰うよ。自分の下着は自分で洗うのが武士のたしなみだからな」
そういうものなの?
よく分かんないけど。
「じゃ、気が変わったら言ってね」
「かれん」
キュンと一瞬でときめく。
土方さんの声。
振り返って、愛しい人のもとへ。
ああ、今日もかっこいい…
キュン死寸前です。
昨日、初めて名前を呼んでくれたこと、どれだけうれしかったか。
人前でも名前、呼んでくれるんですね。
だけど、昨日の今日だもん。
見つめあうだけで、茹でダコのように顔が真っ赤になる。
「土方さん…あの、おはようございます…」
「そんなに顔を赤くして…こっちまで照れるじゃねぇか」
そう言うと、わたしの頬に右手を当てた。
逆効果。
それではとてもとても治まりそうにない。
ガシャーン!
と、大きな音がして水浸しの地面でカラカラと回る桶。
「取り込み中、すまん…」
「あっ!さ、斎藤さん…」
ドキリと我に返って、ぱっと距離を空けるふたり。
そうだった…
斎藤さんがそこにいたんだった…
見られてた、よね?
確実に見たよね?
今の甘~い空気、感じてしまったよね?
じゃなきゃ、あの斎藤さんが手を滑らせてド派手に桶を落とすわけがない。
恥ずかしい、恥ずかしすぎる…
「これは、あれなんだ…何て言うかな…」
土方さんだって、照れて若干焦ってる。
「いや、その…俺は口は堅いから…」
「あははははは…」
爽やかな早朝に流れる沈黙。
た、耐えられない。
スズメの声しか耳に入らないなんて…
「あー!ごめんなさい、せっかく洗ったのに…」
「いいんだいいんだ…また洗えば」
さすがに斎藤さんだって驚くよね。
ポーカーフェイスを装ってはいるけど、“いつの間にどうなってそうなったんだ?”って、思いっきり顔に書いてあるもん…
見える。
書いてある、間違いなく顔面に書いてあるのが見える。
「そういうことに…なったんだ、つい昨日な」
土方さんがカミングアウト。
人差し指で頭を掻く。
「そういうことに…なってます…」
「かれんも乙女みてぇなしおらしい反応するんだな…」
「えっ?」
ちょっと、どういう意味?!
斎藤さんがボソッと呟いたのが聞こえて、顔を見合わせ笑った。
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