Level 25

「妙なスイッチが入ってしまったみたいです」

     level 25


「じゃあ川島くん。凛子ちゃん、ちゃんと家まで送ってあげてね」


川島さんが来てからいっそう会話が盛り上がり、みっこさんの家を出たのは、もう日付が変わろうかという頃だった。

三人の真っ白な息が、夜の闇に吸い込まれていく。

駐車場に止めてあった濃緑の『バンデン・プラ・プリンセス』のドアを開けながら、川島さんは応えた。


「任せといてよ。未来のトップモデルは、丁重にお送りするから」

「よろしくね」

「すみません川島さん。わざわざありがとうございます」

「いいって。凛子ちゃんは帰り道の方角だし」

「みっこさん、ありがとうございました。家にも連絡して下さって」

「携帯、家に置いてきたって言うし、お母さんに心配かけないように、『遅くなる』って、あたしからひと言、断っておいた方がいいと思ってね」

「助かります」

「凛子ちゃん、これ」


そう言いながらみっこさんは、自分が着ていた素敵なピンクのケープコートを、わたしに羽織らせてくれた。


「風邪引かないようにね。センター試験も、頑張って」

「ありがとうございます。お借りします」

「今夜は楽しかったわ」

「わたしもです。すごくリフレッシュできました」

「よかった。また遊びに来てね」


微笑みを浮かべたみっこさんは、そう言ってわたしの頬を優しく撫でる。


「はい、うかがいます。ぜひ」


彼女の指先に触れながら、わたしも笑顔を返した。

コートに顔を埋める。

襟元のふかふかのファーから、みっこさんのいい香りが漂ってくる。


「じゃ、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

「おやすみ、みっこ」


小さく手を振るみっこさんをあとにして、ナビゲーターシートにわたしを乗せた『バンデン・プラ・プリンセス』は、ゆっくりと走りだした。




「みっことはだいぶ、話しが弾んでたみたいだね。ぼくもあんなに楽しそうなみっこは、久し振りに見た気がするよ」


ハンドルを握りながら、ご機嫌な様子で川島さんが話しかけてきた。


「はい。今日はとっても楽しい一日でした。いい気分転換になりました」

「凛子ちゃん、結構ワイン飲んだんだね?」

「みっこさんが1991年もののヴィンテージワイン、空けてくれたんです」

「1991年かぁ…」

「川島さんとみっこさんが、まだ大学生だった年でしょ?」

「そんなことまで話したのか?!」

「ええ。みっこさんが親友の彼氏に横恋慕する話とか」

「う… 参ったな~」


そう言いながら、川島さんは照れを隠すかのように軽く頭をかく。

運転席の彼を見ると、お酒も飲んでないのに、頬が少し赤らんでいる。

案外純情なんだな。

おじさんのくせに、なんか可愛い。


「川島さんって結局、みっこさんのことは好きなんですか?」


ちょっとからかってやりたくなり、わたしはいきなり核心に突っ込んでいった。

案の定、川島さんは狼狽うろたえるように視線を泳がせ、返事に窮した。


「そ、そりゃ、好きだけど… それはあくまで、友達としてだよ。恋愛感情とかじゃないよ」

「ふぅん、、、 みっこさんって、すごくいい女じゃないですか。同性のわたしでも、思わず惚れそうになっちゃうくらい。それなのに川島さんって、みっこさんに好かれても、なんとも感じないんですか?」

「みっこといろいろあったのは、もう20年以上昔の話さ」

「『いろいろ』って? エッチも含んでるんですか?」

「えっ?! いや、凛子ちゃん、ストレートに訊いてくるな~。すごいよ!」

「って、答えになってないですけど」

「まあ、その辺はご想像にお任せするよ」

「あ。逃げるんですね。おとなのくせにずるい」

「はは。ずるいからおとななんだよ」

「まあいいです。その辺はわたしが勝手に想像しときますから」

「怖いな。どんな妄想されてるか」

「ふふ。ちゃんと答えてくれない川島さんが悪いんです。

それで、、、 『今はただの友達』だって、みっこさんは言ってましたけど、ほんとにそうなんですか?」

「確かに。それは本当だよ」

「へえ、、、」


川島さんの答えにうなづきながら、わたしの頭には、ムラムラとした欲望のようなものがこみ上げてくる。

結局、ワインボトルを2本も空けてしまったから、妙なスイッチが入ったのかもしれない。

それとも、、、


『いっそのこと、凛子ちゃん、川島君とつきあったら?』


という、みっこさんの言葉が、心のどこかで暗示をかけてたのかも。


つづく

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