「着物は日本女性をいちばん綺麗に魅せます」

「あけましておめでとう。今年もよろしく」

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」


幾重にもしめ縄を巻いた大きな門松と、丸に十の字の家紋を抜いた、深い藍色の薩摩絣さつまがすりの門幕。

もう何度、この飾りつけを見てきただろう。

わたしが幼かった頃から少しも変わらない、島津家うちの正月の玄関飾りだ。


「立派な門松ね。さすが、由緒ある家の正月飾りだわ」


玄関の呼び鈴を鳴らした森田美湖さんは、表まで出迎えたわたしに、ニッコリと微笑みかけ、感心したように言った。

黒地に椿をあしらった振り袖を着たわたしは、お辞儀をしながら新年の挨拶を返した。

受験勉強の気分転換に初詣に誘われ、正月三日、みっこさんがわざわざ、うちまで迎えに来てくれたのだ。


…はぁ。

綺麗すぎて、ため息が出る。


水紋の入った深紫こきむらさき地に、しだれ桜の肩裾模様の大振り袖。

散りばめられた金の扇子や鞠が豪華で、とてもよく似合ってる。

着物姿の彼女を見るのははじめてだったが、いつもの洋服姿と違って、目が覚めるほど美しい。

やっぱり、着物は日本女性をいちばん綺麗に魅せるのかもしれない。


「あ。おめでとうございます。森田さん。今年もうちの娘をよろしくお願いいたします」

「凛子ちゃんのお父様。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」

「よろしければ上がって、お屠蘇とそでもいかがですか?」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、お邪魔します」


ふだん、お客が来ても出迎えることのない父が、真っ先に玄関先に顔を出した。

みっこさんもほがらかに年賀の挨拶をする。

今まで見せたこともないようなホクホク笑顔で、父はみっこさんをうちに上げた。

お兄さまが言ってたとおり、お父さまってみっこさんのファンだったのね。

そんなにスケベったらしい笑い方してると、あとでお母さまからお小言喰らうわよ。


客間に通されたみっこさんは、母とも挨拶を交わし、お屠蘇とおせち料理を振る舞われる。

しばらくみんなで話をしていると、表でクルマの止まる気配がして、軽くクラクションが鳴った。

ヨシキさんの勤めるフォトスタジオ、KYStudioの川島社長が来たんだ。

これからわたしたちは、川島さんのクルマで初詣に出かけることにしていた。


父と母に暇乞いとまごいをしたみっこさんは、わたしといっしょに外に出た。


「やあ、凛子ちゃん。あけましておめでとう」

「あけましておめでとうございます」


挨拶のあと、川島さんは後部ドアを開けて、わたしたちをエスコートした。

ピカピカに磨かれた黒塗りのレトロなクルマは、あまり大きくはないけれど、小粋で優美。

振り袖の裾をさばきながら、わたしはみっこさんのあとに続いて、後部座席に乗り込んだ。


「いい振り袖だね。すごく似合ってるよ。黒地に金模様と椿なんて、凛子ちゃんもなかなか玄人くろうとだな」


運転席から振り返って、川島さんはわたしの着物について、感想を言う。

川島さんとは何度か仕事でもお会いして、写真を撮って頂いたこともある。

ヨシキさんのような無茶な強引さはなく、紳士的で、優しくリードしてくれる、素敵なおとなの男性というイメージだ。もちろん写真はとっても上手く、ヨシキさんに負けず劣らずで、わたし好み。


「ありがとうございます。このクルマもシックで素敵ですね。はじめて見ました。なんていうクルマですか?」

「バンデン・プラ・プリンセスっていうんだよ。『ベビー・ロールスロイス』って呼ばれている、イギリスのクラシックカー」

「『プリンセス』って、可愛い名前ですね」

「川島君はこういうレトロなモノが好きなのよね」


みっこさんも会話に入ってくる。


「まあね。時間をかけないと育まれない価値ってのが、ぼくは大好きなんだ。お金じゃ買えないものだろ」

「でもクラシックカーなんて、維持するの大変なんでしょ? かなり費用がかかるって聞いたけど」

「それは仕方ないな。このクルマもしょっちゅう修理工場に入ってるし、40年以上前の年代物だから、部品を探し出すのもひと苦労だよ」

「まあ、『プリンセス』を養うってことは、それなりに手間ひまお金のかかることよね」

「はは。そうだな」


笑いながら川島さんは『バンデン・プラ・プリンセス』のアクセルを踏む。

父母の見送るなか、クルマはゆっくりと走り出し、正月休みでいつもより交通量の少ない国道を、明治神宮へと向かった。


つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る