「サディストの気があるかもしれません」
イベントのあった日は『ネタ』が豊富に提供されているせいか、掲示板も賑わっている。
わたしがヨシキさんをひっぱたいたことが、早速書き込まれていて、そのあとはしばらく、わたしの話題でもちきりだったが、『モデルクラブに所属する』とか、『ヨシキさんとエッチしてる』とかいう様な書き込みは、どこにもなかった。
少しほっとする。
やっぱり恋子さんは、シロみたいだ。
『ううん。まだわからないわ』
ひとりごちながら、わたしは書き込みを目で追っていった。
もちろん、メールを送ってきた犯人は美咲麗奈でほぼ確定だけど、恋子さんも掲示板で、わたしを中傷しているかもしれない。
彼女が今日、書き込むかはわからない。
聞いたばかりの話をすぐに書けば、足がつく。
そこまで計算して、出所がわからなくなったタイミングを見計らって、カキコするかもしれない。
わたしの心の中は、疑心暗鬼でいっぱいだった。
“ピロリロリロ…♪”
そのとき、携帯からメールの着信音が流れ、わたしはハッとした。
この音は、ヨシキさん!!
急いで携帯を手にとり、メールを開く。
『窓を開けて』
メールにはひとことだけ書いてあった。
携帯を手にしたまま、わたしは部屋の窓を開ける。
二階の窓からは、夜の闇に紛れるように、ヨシキさんの黒い『TOYOTA bB』が、路地の片隅にひっそりと停まっているのが見えた。その前に、スマホを手にしたヨシキさんが立っていて、わたしを認めて軽く手を上げている。
“ピロリロリロ…♪”
また着信音。
『今から出れる?』
もう夜の11時を回っている。
出かける口実なんか、どう考えても見つからない。
『無理』
ひとこと返信した。
すぐに次のメールが来る。
『あやまりたい』
『なにを?』
わたしもすぐに返し、ヨシキさんが返事を打っているところを、二階の窓から見つめる。
着信音はすぐに鳴った。
『いろいろ』
『じゃ電話で』
『直接話したい』
『またにして』
『今がいい』
『だから無理』
『オレがそこに行く』
「行くって、、、」
思わず声を漏らした。
それって、『夜這い』ってやつ?
両親はまだ起きているし、隣の部屋には兄もいる。
さすがにそれはまずい。
いったいどうすれば、、、
反射的に、わたしは鴨居にかけてある薙刀を手にとり、部屋を飛び出した。
急いで階段を駆け下り、居間にいる両親に、
「ちょっと、神社で素振りしてきます」
返事も待たずに家を飛び出すと、視界の隅に映るヨシキさんには目もくれず、わたしは反対方向に歩いていった。
その意味を悟ったのか、ヨシキさんは『TOYOTA bB』の運転席に乗り込み、静かにクルマを出した。
反対方向に走り去った『TOYOTA bB』は、わたしが行こうとしていた大きな楠の茂った神社の前に停まっていた。
クルマのなかをのぞいても、ヨシキさんはいない。
薙刀を抱え、わたしは参道の石段を上がっていった。
ヨシキさんは…
いた。
鳥居脇の狛犬の下で、
「ヨシキ、さん」
小さな声でつぶやき、わたしは彼の方へ歩いていった。
久し振りのふたりっきりの空間。
次第に胸が高鳴ってくる。
ヨシキさんに一歩一歩近づく度に、わたしの鼓動は速くなっていき、足どりも軽くなる。
そんな喜びとはうらはらに、顔を見ると辛い想い出も甦ってきて、複雑な気持ちを抱えたまま、わたしは彼の少し前で歩みを止めた。
「夜遅くごめんな。嬉しいよ。出て来てくれて」
まるですがるような表情で、ヨシキさんは顔を上げてわたしを見た。
やっぱりときめく。
こういう、憂いに満ちた瞳や、
だけど、そんな気持ちは押し隠し、自分でも驚くくらいそっけない口調で応えた。
「なぎなたの練習すると言って出てきました。あまり時間、ありませんから」
「そうか…」
「あやまることがあるなら、さっさと言って、さっさと帰って下さい」
「凛子ちゃん… つれないな」
「変なことしたら、この薙刀で串刺しにしますよ。これ、真剣だから」
「はは…」
乾いた笑いを浮かべると、ヨシキさんは立ち上がった。軽く身構え、わたしは一歩退く。
「大丈夫。『お市の方』に無礼なことはしないよ」
「…」
「すごくよかったな。凛子ちゃんの『散華転生』コス。写真撮れなかったのが残念だったよ」
「もうわたし、ヨシキさんのモデルとか、しませんから」
「…」
そうわたしが言い放つと、ヨシキさんは切なげに、その端正な顔を伏せた。
ぞくぞくする。
わたしってもしかして、ヨシキさんのこういう、困った顔を見るのが、好きかも?
今まで気づかなかったけど、わたし、サディストの気があるのかも。
『美月さんってどエスの一匹狼の匂いがする』
と、恋子さんが言っていたように…
「…少し歩こう」
そう言うとヨシキさんは先に立って、神社の奥へとゆっくり歩きはじめた。
わたしは黙ってついていく。
月明かりだけがかすかに差し込む薄暗い参道は、覆いかぶさるようにうっそうと木が茂っていて、さわさわと風にそよぐ葉音が、かすかに耳を撫でるだけだった。
つづく
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