「望んでも抱けるのはオレだけ。ですか」
「その言葉が聞きたかったわ」
「え?」
「もったいなさ過ぎるもの」
「もったいない?」
「凛子ちゃんくらい容姿端麗で、身長も素質も充分なのに、欲がないなんて」
「欲…」
「モデルのお仕事なんて、だれもが望んでできるものじゃない。
まして、なりたい気持ちもないような人には、絶対なれるわけがないでしょ」
「…」
「明後日からビシバシ鍛えるから、覚悟しといてね」
「あ、ありがとうございます、森田さん」
「みっこでいいわよ」
「は? はい」
『ふふ』と笑ってわたしを見ると、
ことの成り行きもよくわからず、わたしは名刺を手にしたまま、彼女を見送った。
「よかったな凛子ちゃん。みっこに気に入られて」
呆然としていたわたしの肩をポンと叩き、川島さんが声をかけた。
え?
わたし、気に入られたの?
みっこさんに??
「あれが『気に入った』って態度っすか?」
ヨシキさんも呆れたように、川島さんにぼやく。
「『レッスン料はいらない』って、そういうことだろ。
モデルスクールとかで、みっこクラスの講師からレッスンしてもらえば、二桁くらいは料金とられるぞ。ふつう。
そもそも、あのみっこが自ら凛子ちゃんを鍛えるって言い出すなんて、それだけで気に入られた証拠だよ」
川島さんは人数分のカップをボードから出して、紅茶を入れながら言った。
「まあ、凛子ちゃんには荒療治が必要だったからな」
「荒療治?」
琥珀色の液体をたたえたカップを差し出した川島さんに、わたしはおうむ返しに訊いた。
言葉を選びながら、川島さんはわたしに説明しはじめた。
「凛子ちゃん。このスタジオにもモデルはたくさん来て、写真を撮られていくよ。
ぼくたちは毎日のように、モデルの卵から駆け出しのモデル、ベテランモデルまで撮っている。
みんな、ギラギラした目をしている。
自分の魅力をガンガンアピールしてくる。
『自分を見せたい。上にいきたい』という気迫を、ファインダーを通して、痛いほど感じるもんだ。
その、モデルの気迫とカメラマンの感性がせめぎあうことで、いい写真を創り上げていけるんだよ。
でも凛子ちゃんには、そういうのがないんだな。
よくも悪くも、凛子ちゃんからはモデルに対する欲を感じなかった。
おっとりしたお姫様とでもいうか…
みっこの言うとおり、ただ、ヨシキの言うままにポーズをとって、写真を撮られているだけ。
自分をアピールしたり、イマジネーションを掻き立てるようなこともない。みっこの言うように、ただのお人形だ。
これじゃあカメラマンと葛藤しあって作品を創りあげるなんて、できるわけない。
いくら容姿がよくても、カメラマンもそのうち飽きてくるよ」
「…」
モデルの気迫とカメラマンのせめぎあい…
モデルって仕事は、そんなに奥の深いものだったのか。
わたしが甘すぎた。
もっと勉強して、真剣に取り組まなくっちゃいけない。
わたしの決心をよそに、まだ憤りが収まらなかのように、ヨシキさんは川島さんに喰ってかかる。
「だからって、みっこさんの言い方はひどいっすよ。あんな言い方じゃ、下手すれば凛子ちゃんが潰れるじゃないですか!」
「あのくらいの批評で潰れるなら、凛子ちゃんもそこまで、ってことだろ」
「…」
「モデルって仕事は、そんなに甘くない。モデルになりたい女の子なんて、掃いて捨てるほどいる。
その中から這い上がっていけるのは、どんなバッシングにもへこたれない、負けん気が強くてやる気のある子だけだ。みっこはその辺も見たかったんだろな」
そう言いながら川島さんはわたしを見つめ、微笑んだ。
「あそこで凛子ちゃんがみっこに喰い下がったのには、正直いって感心したよ」
「あ、ありがとうございます。ただわたし、必死で…」
「みっこもそういう、凛子ちゃんの勝ち気さを買ったんだろう。
みっこのレッスンは厳しいだろうけど、それは凛子ちゃんに期待してるからだと思うよ。頑張れよ」
「はい!」
わたしの返事に満足げにうなづき、川島さんはヨシキさんを振り返った。
「だけどヨシキ。おまえも変わったヤツだな」
「え? なにがっすか?」
「凛子ちゃんはおまえの彼女だろ? それがモデルなんかになると、独り占めできなくなるぞ。みんなの凛子ちゃんになってしまうぞ。はっきり言って凛子ちゃん、トップモデルになるぞ」
「いいじゃないっすか。どんどん人気出て、トップモデルになれば。みんながどんなに凛子ちゃんを望んでも、抱けるのはオレだけなんて、快感っすよ」
「はは。おまえのその自信。すごいよ。いったいどこから湧いてくるんだろな」
川島さんは愉快そうに笑った。
つづく
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