「おそらくバブル時代の亡霊なのでしょうか?」

「…キモすぎ。リングってのが、なんだか…」

「え、ええ…」

「なんで凛子ちゃんが、あんな脂ぎったおっさんから指輪なんて貰わなきゃいけないの。つきあってもないのに。

しかもティファニーのオープンハートだなんて、鉄板過ぎて… あのおっさん、バブル時代の亡霊なんじゃない? しかも『君との愛は永遠に』って… まだなんにもはじまってないっつーの!」

「これ… 返した方がいいですよね」

「ん~、、、 適当な口実つけて返した方が無難だろうけど、どんな妄想してるかわかんないし。リアクションが読めないわね~」

「やっぱり、あとで返しておきます」

「それにしてもカメコって、どこかおかしいわよね。今日はあたしもいろんなカメコに撮られたんだけど、な~んか視線が粘っこくてベタついてて、胸とか尻とかにヤケに張りつくヤツが多いし、しゃがみ込んだまま黙々と撮ってるカメコもいたし、そんなの見てると、なんか怖いわ」

「ええ。変な人、多いですよね」

「それにね~。たった数枚写真撮っただけで、いきなり個撮に誘ってくるヤツもいるのよ~。高いカメラ持ってたら女の子が喜んでついてくるとでも、思ってるんじゃない?」

「カメラがナンパの小道具になっている人、いますよね」

「リア恋合わせの撮影は、ヨシキさんにお願いできないかな~?」

「ヨシキさんに?」

「あの人ならその辺は、安心できそうじゃない」

「ええ。多分」

「明るくってノリがよくて話も面白いし、あの人にだったら、どんなにエロいポーズでもとれそう♪」

「優花さん!」

「ウソウソ。どうせ撮ってもらうんだったら、上手な人がいいじゃない」

「でもヨシキさん、忙しいみたいだから」

「ま。ダメもとで頼んでみればいいわ。よろしくね」

「え? わたしが頼むんですか?」

「当たりまえじゃない。凛子ちゃんの方がヨシキさんと親しいし。凛子ちゃんのお願いなら、首を横には振らないでしょ」

「…だといいんですけど」

「絶対大丈夫よ。だからお願いね」

「ええ」


優花さんの言い方は、ちょっと押しつけがましく感じるところはあるけど、わたしとしても、せっかくの『リア恋』合わせを撮ってもらうなら、やっぱりカメラマンはヨシキさんがいい。

あとで会えたときにでも、お願いしてみようかな。



しかし、その日のイベントでは、なかなかヨシキさんに会うことはできなかった。

『ヨシキさんに撮られた』と優花さんは言っていたし、他のカメコさんから撮影されている最中に、チラリと姿を見かけたので、この会場にいるのは確かだけど、イベントもそろそろ終わろうかという時間になっても、ヨシキさんはわたしの前に姿を現さなかった。


なんだか焦る。


もしかして、昨夜わたしが拒んで、平手打ちまでしたから、声をかけてもらえないのかもしれない。

もうヨシキさんは、わたしのことなんて、嫌っているのかもしれない。


『そんなバカなことないはず! 「明日また、イベントで会えるよな」って、ヨシキさんも言っていたし、会えないのはタイミングが合わないだけだわ』


もやもやとした不安を打ち消すように、わたしは自分にそう言い聞かせた。


「あ~。美月ちゃん♪」


そのとき、鼻にかかった甘い声がわたしの名を呼び、腕をギュッと掴まれたかと思うと、もっちりと柔らかなふくらみが、わたしの二の腕に当たってきた。

驚いて振り返ると、美咲麗奈さんがその巨乳を押しつけるようにして、わたしの腕に絡みついている。


「み、美咲さん?! こんにちは」


そのふくよかで弾力のある感触に、つい、赤面してしまう。

彼女は今日も露出の多い衣装で、つきたての鏡餅が重なったような、豊かな胸の谷間を見せつけている。この人は男女の見境なく、巨乳をくっつけてくるのだろうか?

満面の笑みを浮かべながら、美咲さんはさらに親しげに、からだを密着させて言った。


「昨日はあれからどうしたのぉ? ヨシキとどこか行った? 撮影とかしたの?」

「え? ええ。まあ」

「へぇ~? どこでどんなの撮ったの? コスプレ?」

「いえ。昨日は私服だけで、お台場あたりまで行って、夕景バックで撮影して頂きました」

「え~? いいな~☆ あたしも見たかったな~。美月ちゃんってすっごく美人でスタイルいいから、ヨシキもきっとテンション上がったよね~」

「そんなことないですけど」

「変なこと、されなかった?」

「え?」

「ヨシキって手が早いから、気に入った女の子にはすぐちょっかい出して、困ってるのよね~」

「…」


なにが困るの?

美咲さんは、ヨシキさんの恋人じゃないでしょ。

なのになんなの? このカノジョ目線。

昨日見たところでは、美咲さんが一方的にヨシキさんのことを好きそうな感じだった。

ヨシキさんを手に入れるためには、まず、わたしを排除しようってわけ?


「美月ちゃんも気をつけた方がいいわよ。遊ばれて捨てられて、傷つくのは女の方なんだから」

「大丈夫です。別に変なことなんて、ありませんでしたから」

「そう? だったらいいけどぉ。困ったことあったらいつでも相談してね。あたしは美月ちゃんの味方よ」

「ありがとうございます。でも、相談することなんて、なにもありません」

「え~? 人が親切で言ってるのに… 感じ悪ぅい」


そう言って美咲麗奈は、密着させていたからだを離し、拗ねるようにそっぽを向いた。

感じ悪いのはどっちよ。

いきなりわたしとヨシキさんのこと詮索してきて、親切ごかしに言いたいこと言って。


ひと言文句を言おうと、わたしは美咲麗奈の方を見る… と、その視線の先に、ヨシキさんの姿があった。


百合花さんと魔夢さんに挟まれて、ヨシキさんは談笑していたが、わたしに気がつくと、こちらに向かって微笑みながら、挨拶するように軽く手を挙げた。

今なら他のカメコさんもいないし、ヨシキさんとゆっくり写真撮ったり、話ができたりするかもしれない。

そう期待して、わたしもヨシキさんに軽く会釈する。

ヨシキさんの視線を追うように、百合花さんと魔夢さんがこちらを見た。

ふたりと目が合う。

仕方ない。

わたしは挨拶するように、頭を下げた。

だけど百合花さんと魔夢さんは、こちらを冷たく一瞥したあと、わたしなど眼中にないかのように無視をして、ヨシキさんと話しはじめた。

ヨシキさんもそのまま、わたしの方へ来る様子でもなく、ふたりと談笑している。


なんだかショック。

わたし、なにかヨシキさんの気に触ることでもした?

いや。

したかもしれないけど…


いたたまれずにわたしは、三人から顔をそらし、うつむいて唇を噛んだ。


つづく

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