「それがモテ男の本能というものでしょうか」

 まだ、動悸がおさまらない。

混乱している。

わたし、なにをやっているんだろ?

すっかりヨシキさんのペースにはまってしまって、自分を見失いそう。

あんな人気のない薄暗い路地で、クルマを止めるなんて…

最初からヨシキさんは、あんなことするつもりだったの?

なにもかも計算ずくだったんじゃ…


そう考えると怒りも込み上げてくるけど、ヨシキさんの甘い愛撫を、からだが忘れられないでいる。

わたしはワンピースを脱ぐと下着のままベッドに寝転がり、ヨシキさんが触れた乳房に、そっと手を当ててみた。

柔らかくて暖かな手触り。

ドクンドクンと心臓の音が、指を伝って響いてくる。


本当は、なにもかも許してしまいたかった。

求められるままに、心もからだも開いてみたかった。

そうやってヨシキさんのこと、求めているわたしが、心のどこかにいる。

ヨシキさんに溺れたがっている。


ヨシキさん、怒ってないかな?

いきなり平手打ちなんて喰わせてしまったたし…

わたし、どうしていいかわからなかった。

まだ、心の準備ができていなかった。

こんなんじゃ、ヨシキさんに嫌われないかな。


ベッドの上で悶々と悔いているのも、せつない。

からだの火照りを鎮めようと思い、鴨居にかけている薙刀を手にしかけたが、素振りをするにはもう時間も遅いので、代わりにPCを立ち上げて、手慰みに『壬生みぶ芳貴よしたか』の名前を検索してみた。


『家庭や職場・友人に恵まれているのに、孤独になりがちなあなた。本当は寂しがりやさん。意思が弱いところがあるので、誘惑に負けてしまいそうです』


たくさんの女の人に囲まれているのに、ヨシキさんって孤独そうで、陰があるような気がする。

でも意思が弱いって…

あのとき、わたしにキスをしたのは、ただ、誘惑に負けたからなの?


『非常に強力な個性の持ち主で、一部常識に欠ける部分があります。およそ平凡とは程遠い、奇想天外な人生へと自分から突入して行くことでしょう。』


なんか…

当たっている気がする。


確かに、彼には才能がある。

カメラマンみたいなクリエイティブな仕事を目指しているのも、ヨシキさんの非凡さの現れかもしれない。

でも、個性があるのはいいけど、奇想天外な人生を歩むって…

恋愛は、『並の異性ではダメで、理解者か変人でないとつきあえない』って書いていたけど、わたしみたいな平凡な女が、ヨシキさんについていけるのかなぁ。

彼の言うように、占いに書いてあることを全部信じるわけじゃないけど、悪いことは当たっているようで、余計に心配になってくる。


“ピロピロピロ~♪”


その時、携帯の着信音が鳴った。

兄の恋人の大友優花さんからだった。


「凛子ちゃん、もう帰ってる? 気になったから電話しちゃった」

「今帰ってきたところです」

「あれ~。けっこう遅かったのね。ってことは、今日のデート、うまくいったんだ~」

「デートじゃなくて、個撮ですけど」

「まあ似たようなもんじゃん。で、どうだった?」


今日ヨシキさんと会うことはあらかじめ言っておいたので、優花さんはそのなりゆきを聞きたいようだった。

一日のできごとを振り返りながら、わたしはおおまかに話した。

『ふうん』とか『へぇ~』とか相づちを打ちながら、優花さんはわたしの話を興味津々で聞いていた。

さすがにキスをしたことまで話すのは躊躇ためらわれたが、優花さんの容赦ない追求に根負けし、わたしはすべてを打ち明けた。


「ん~。やっぱり。そういうことになるんじゃないかと、思ってたのよね~」

「やっぱりって?」

「そのヨシキって人、かなり手慣れてるよね。そんな、ムード抜群の黄昏の海辺で、好きな人に見つめられたら、処女だってキスくらい許しちゃうわよ。それをわかってて仕掛けてる感じ。食事の誘い方にしても、微妙な乙女心を突いてるし」

「微妙な乙女心?」

「先に悪い提案をしておいて、そのあと本題を切り出すところ」

「どういうことですか?」

「人間の心理として、二択で迷ってるときに、最初に『もう帰る?』って悪い方の提案されると、逆に『もう少しならいいかな』って思うものよ。凛子ちゃんも、そう思ったんじゃない?」

「ええ…」

「そのあとすかさず、『それとも食事にでも行く?』って誘えば、ストレートに食事に誘うより、OKしてもらえる確率は上がるの。落とされて上げる方が、女の子としても倍嬉しいし、乙女心をついた憎いやり方よね~」

「まさか… そんな細かい計算が入っているなんて」

「多分、モテ男の本能でやってるんじゃない?」

「本能…」

「スペイン料理ってのも、絶妙なチョイスだしね。いきなり高級なフレンチに連れていかれても、ふつうの女子高生だったら緊張して気後れするだろうし、かといってファミレスじゃスペシャル感がなくて、女の子のテンションも上がらないし。

それに、イタリアンじゃなくてスペインってのも、なんだか洒落てるしね。あ~。わたしもそのレストラン行ってみたい!」

「羨ましいですか? すごく美味しくて、雰囲気もよかったですよ」

「もうっ。煽るんだから~。でもヨシキさんって、凛子ちゃんのそういう性格を読んでて、うまくリードしてるんじゃないの?」

「リード?」

「凛子ちゃんって、けっこう負けず嫌いじゃない。『できないよ』って言われたら、逆に挑戦したくなるタイプでしょ」

「確かに」

「その性格を上手く利用されてる気がするのよね~。今までもヨシキさんから煽られなかった?」

「そう言えば…」


つづく

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