「ツンデレな美人お嬢さまに萌えるのですか?」

「わたしも、ヨシキさんのこと、もっと知りたいです」

「いいよ。なんでも訊いて」

「ここへは…」

「え?」

「い、いえ。そういえばわたし… ヨシキさんの本名、まだ聞いてなかったです」

「そうだったな。本名は壬生みぶ芳貴よしたか

「みぶ、よしたか…」

「『よしたか』より『ヨシキ』の方が好きなんだ。昔っからそう呼ばれ慣れてるし」

「確かに… 今さら『よしたかさん』って呼ぶのも、馴染めないかも。『ヨシキさん』の方が語呂もよくて、しっくりきます」

「だろ? それに壬生芳貴って、メチャクチャ画数かくすう悪いんだ。姓名判断見てびっくりしたよ。オレの親、ちゃんと調べて名づけてないだろ」

「え? でもわたしは、いい名前だと思いますけど」

「ははは。まあ、姓名判断なんて信用してないけどな。自分の人生は自分で切りひらきたいし」


そう笑い飛ばして、壬生芳貴さん… ヨシキさんは、なんでも気軽に自分の話をしてくれたし、わたしもヨシキさんに訊かれるまま、日舞やバレエなどのお稽古のこと、学校での日常、先日の全日本なぎなた選手権大会や、田舎の家系のことまで、いろいろと話した。


「へぇ~。じゃあ凛子ちゃんは、正真正銘、島津のお姫様なんだ」

「その、お姫様というの、やめて下さい。恥ずかしいです」

「でも、はじめてイベント会場で見かけたときから、凛子ちゃんには他のレイヤーとは違う、毅然とした品格と雰囲気を感じたもんな。納得だよ」

「近寄りがたい… みたいな感じではなかったですか?

わたし、人から『とっつきにくい』とか『無愛想』なんて思われているし、親も旧家のプライドばかり高くて、行儀作法にうるさいから」

「確かに、イベントではじめて見たときから、凛子ちゃんは『高嶺の花』って感じだったな」

「そんなことないですけど… あのときも、ヨシキさんが写真撮ってくれるまで、だれも声かけてくれなかったんです」

「まあ、凛子ちゃんみたいなお嬢様タイプに声かけるのは、ふつうのカメコじゃハードル高過ぎるかもな」

「ヨシキさんは、ふつうじゃないんですか?」

「ははは。オレはツンデレ美人お嬢萌えだから」

「え~? わたし、ツンデレじゃないですよ。むしろそれに憧れているくらいだし」

「お。『美人お嬢』は否定しないのな」

「そんな…」

「ははは」


穏やかなヨシキさんを目の前にしているうちに、わたしの緊張もだんだん解けてくる。

オーダーしてくれた料理もとっても美味しくて、気分を盛り上げてくれる。

海の幸のパエリアは、新鮮なエビやムール貝などの具がたくさんで、とっても豪華で美味しいし、いっしょにオーダーしてくれたサラダの生ハムは、舌がとろけそうな旨味を醸している。

お薦めのイベリコ豚のグリルは、噛み締めるたびに、濃厚な肉の旨味が口のなかいっぱいに広がって、恍惚となってしまう。

室内も、会話を愉しむにはちょうどいい仄暗さ。時間も忘れて、わたしはヨシキさんとの会話に夢中になっていった。


なのに…

わたしがヨシキさんに本当に訊きたかったことは、最後まで訊けなかった。


『ヨシキさんは今、恋人いないんですか?』

『ヨシキさんとわたしはもう、つきあっているんですか?』


それが今は、一番知りたいことなのに…


『特定のレイヤーさんとカレカノになったりとかしないの?』


前回のイベント帰りにみんなでドライブしたとき、そうたずねた恋子さんに、『それはNG』だと、ヨシキさんは答えた。

ヨシキさんは、モデルを恋人にはしない主義。

なのに、わたしにいきなりキスするなんて。

そもそも、

『エロ大魔王のヨシキさんが、モデルの女の子に手ぇ出さないなんて、ありえない』

という恋子さんの言葉を、ヨシキさんは否定しなかった。

こんなに素敵で才能もある人が、今まで恋人がいなかったということは、考えられない。

ヨシキさんがわたしを好きだというのは、嘘ではないのかもしれないけど、それはただの友達程度の感情で、恋愛とは違うものかもしれない。

今でもヨシキさんにはちゃんとカノジョがいて、わたしとはただの遊びなのかもしれない。

キスしたのだって、単なる気まぐれ。

もしかして、優花さんの元カレのように、二股も三股もかけているのかもしれない。

本当はどうなの?


だけど…

それを訊くのは、なんだか怖い。

『遊びだよ』

なんて言われたら、わたしはどうなるかわからない。


おしらく、怒りのあまり、目の前のグラスを投げつけて、平手打ちでもしてしまうかも。

それくらいわたしは、勝ち気で負けず嫌いなのだ。

わたしだけを見ていてもらわないと、気が済まない!



 黒の『TOYOTA bB』が、わたしの家の近くまで戻ってきたのは、もう10時をとっくに過ぎた頃だった。

わたしの家を一旦通り過ぎ、近くの細い脇道に入った所で、ヨシキさんはクルマを止めた。

エンジンの切られた静かな車内で、わたしはクルマから降りるのを躊躇ためらっていた。

なんだか中途半端で、胸のなかがモヤモヤする。

『門限を破った』と、母からはまた怒られるだろうけど、もう少しだけ、ヨシキさんといっしょにいたい。


つづく

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