「コスプレ界は腐海みたいな場所ですか?」
「ああ。あれは『方便』ってやつかな」
「方便?」
「ああでも言わないと帰れないだろ。オレ、ああいう集まり苦手だから。退散する口実」
「え? そうなんですか? あのアフターはてっきり、ヨシキさんがみんなを誘ったのだと…」
「まさか。来週のコミケの話もあったし、今日は断れなくてな。そうでもなきゃ、あんな女の集団に男ひとり混ざるなんて、そんな無謀なことしたくないよ」
「それって、無謀なんですか?」
「そーですよヨシキさん。あれこそは究極の男ドリーム。ハーレムの現出じゃないですか〜(((o≧▽≦)o」
桃李さんがうっとりした表情で口を出す。
ハンドルを握りながら、ヨシキさんは冷静に応える。
「ハーレムなんて、ただの幻想だよ。男の中に女が入る分は、チヤホヤされていいけど、女の集団に男がひとり入っても、実際はつまはじきされるのがオチだからな。
それに、女子会の話ってエグいだろ。基本的に。ふつうの男が楽しめるもんじゃないし」
「そ~なのよね! 女子会ってけっこうウザいよね。ヨシキさんわかってるじゃん!」
恋子さんも口を挟んでくる。それにしてもヨシキさん、冷静に女の子のことを見ているんだな。
冷めた口調で、ヨシキさんは続けた。
「コスプレ界って『芸能界ゴッコ』みたいなもんさ。表面的にはみんな仲良さそうで、相手のことを褒めたりしてるけど、キラビやかな表舞台の裏には派閥があるし。
コスが被るとお互い
そんなこんなで人間関係もドロドロしてて、そこに恋愛とかで、男レイヤーとかカメコが絡んでくればもう、腐臭を放ちはじめる感じ。
オレはそんな腐海みたいな場所から、一歩引いた所にいたいんだ」
「ふ~ん。じゃあヨシキさん、特定のレイヤーさんとカレカノになったりとかしないわけ?」
含みがあるような眼差しで、恋子さんが訊く。それはわたしも知りたいことかも。
「ああ。それが一番NGだろな」
「どうして?」
「サークルとかのコミュニティのなかで、だれかひとりが『特別な存在』になるのは、トラブルの元だろ。自分が撮ってる子はみんな公平に扱うのが、オレの主義なんだ」
「ってことは、みんなとエッチするってことかぁ!」
「え~?! なんでそ~なるんだよ! 恋子ちゃん?」
「だって~。エロ大魔王のヨシキさんが、モデルの女の子に手ぇ出さないなんて、ありえないし!」
「ははは。痛いとこ攻めてくるな~、この爆弾娘は!」
「爆弾娘かぁ。言えてるわ~! 今度あたしともエッチしてよね。あたしだってヨシキさんのモデルなんだから、ちゃんと公平に扱ってよ!」
「はははは」
高笑いをして恋子さんの話を受け流し、
恋子さんが羨ましい。
直球勝負で、わたしが聞きたくても聞けないところを、ズバッとストレートに突っ込んで、アピールしてくる。
そんな恋子さんも、ヨシキさんと知り合ったのは、つい最近のことらしい。
それなのに、ふたりはもうこんなに親しげで、彼女と話すときのヨシキさんは、とても愉快そうな顔をしている。
ヨシキさんってこういう手応えのありそうな、自己主張があって、明るく強気な女の子が好きなのかなぁ…
わたしだって負けず嫌いな性格だけど、まだまだコスプレビギナーなせいか、いまいち遠慮が先に立ってしまい、思っていることも言えない。
こんなのって、わたしらしくない。
港の見える公園までドライブして、海を見て、そのあと食事をしようということになって、近くのファミレスに寄り、そこでしばらく4人で喋った。
帰りは順番に送ってもらい、自分の家に戻ってきたのは、10時を少し回った頃だった。
「凛子、遅かったじゃないの。門限過ぎているわよ。いったいどこ行ってたの?」
「ちょっと… 友達のところ」
「夏休みだからって、だらしない生活を送っちゃ駄目じゃない。あなたは受験生なんだから」
「わかっています。じゃわたし、勉強するから」
「ほんとにもう…」
もう少し文句を言いたそうだった母を適当にあしらい、わたしは自分の部屋に
先々週撮影してもらった画像が、次々と画面に映し出される。
ハガキサイズのプリントの入ったミニアルバムも頂いたが、ディスプレイで見る画像はまたひと味違っていて、改めて見入ってしまう。
このときは確かにわたしの表情は硬いけど、それが画面に適度な緊張感を与えていて、初々しくて美しい気がする。
はじめての撮影でこれだけ綺麗なら、ヨシキさんともっと親しくなれれば、もっといい写真を撮ってもらえるかもしれない。
「個撮かぁ…」
頬杖つきながら、ディスプレイにスライド表示される画像をぼんやりと眺め、わたしは帰りの車内でのことを考えた。
つづく
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