7人目、あるいは
「そいつを解放しろ」
自分でも分からない理由で声が震える。高橋の父親を手にかけようとしたときにも感情の動揺らしきものがあったが、それはまた別の何かを起因とするものだ。
怒りなのか、恐怖なのか。分からない。
「勇敢な少年だな。俺のことはいいから逃げてくれ、だそうだ。健気なことだ」
「どうやら貴様のことをいまだにただの教員だと信じているようだな。しかし元気があるのはいいことだが、少々うるさくてかなわん」
おどけた様子で自分の頭を親指の関節でコツコツと叩く。
「その中に閉じ込めているのか」
「おっと、勘違いで切り開かれては困るから説明しておこう。実際はこの中にいるわけじゃない」
こめかみに人差し指をグリグリと押し付けながらブロック塀にもたれかかる。
「3次元という檻の中に生きる貴様らには理解できない世界がある。ここと」
再び頭を指す。
「重なって存在しているというべきか。もっともこうして生かしたまま閉じ込めておくのはなかなかに骨の折れる仕事ではあるがね」
近づくべきか、距離をとるべきか。今、何ができるのか。分からないままに会話だけが続く。
「なら解放すればいい。誰も止めない」
「冗談はよしてくれ。この子は俺の命綱だよ。有機体の感情物質に影響されるようになった貴様に対しての人質だ」
得意げに滔々と語る相手の言葉に困惑する。
「何を言っている。この星の生命体に私は義務をもたない。人質は無意味だ」
「そうだな。初めて出会ったあのときは確かにそうだった。しかし今日のあの部屋での会話で若干の違和感があった。いや、貴様の擬態は上手かったよ。この未開の星の住人そのものだった。上手すぎた。そこで気づいた。模しているつもりが浸食されていることに」
「やけに饒舌じゃないか」
相手の言葉を否定する材料を持たない私には選べる言葉も少なかった。挑発めいた言葉を口に出してはみたが相手は堪えた様子もない。
「それはそうさ。このあいだは会話を楽しむ暇もないままに器ごと破壊されたからな。寄生先ごとの破壊という手もとれない、増援も呼べない、そんな貴様相手であればどれだけ侮ったとて油断ということはあるまい。所詮は3次元のくびきに抗えない貴様ら相手に怯えて過ごす日々がそもそも異常だったのだ」
自身の言葉で昂ってきたのか、徐々に口調に熱がこもる。圧倒的優位を確信した言葉。
しかしその中に、私はわずかなとっかかりを感じた。
奴の繰り返したある言葉、それと今日見聞きしてきた様々な会話、それらバラバラだったピースが1つにつながりある事実を描き出す。
確証はなかった。しかし、いずれにしても今の奴に私では勝てないことは確かだ。それならば賭けるしかない。
勝てる奴が来てくれることに。
「相模!」
聞こえていることは先の会話で分かっていた。
「呼べ! 助けを!」
それを聞いた相模の顔が苦笑する。
「何を言っている。誰に助けを求めるんだ」
次の瞬間、呆れたその声に答えるかのように頭上から閃光とともに能天気に明るい声が降ってきた。
「はーい! お呼びとあらば即参上!」
困っている人がいれば、いつでもどこでもやってくる。
たとえ授業中だろうと出動し、異次元に囚われた人の叫びだろうと聞きつける、異次元からの使者。
「パステルカラーに想いを乗せて! マジカルパワーでお悩み解決! 困ってるあなたに笑顔を届けるために魔法少女マジカルチカ、ただいま参上!」
光の中から淡い彩色のフリルとリボンと共に出現したその人影は、綺麗にスカートを膨らませつつ、私と相模のあいだに着地し、見事にポーズを決めた。
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