6人目:女性
私は低い姿勢からゆっくりと立ち上がった。金属の光沢を触手が刹那のきらめきを見せながら弾丸にも等しい速度で飛来したが、首を傾け、身をそらし、最小限の動きでかわした。すでに種の割れた手品に付き合う義理はない。
「こういうのをなんと言うんだったか。ああ、そうだ。年貢の納め時だ」
「まさかあの一撃をかわされるとは」
高橋の父親の姿のまま、相手が後ずさる。
相手の焦燥が手に取るように伝わってくる。それはそうだろう。なぜあれほど必死に正体を偽装したか。なぜ完全に虚をつく奇襲を狙ったか。
正面から私を相手にして勝てる見込みがないからだ。いや、私を相手にして、ではないな。
本当の私だ。
「……換装」
私は起動コードを口にし、素早く両手で大きな円を描きながら、右手を頭上に突き上げた。
それを検知した軌道上の本部ベースが登録済みの宇宙座標である私へとデータ化した
これが、まばたきするよりも早く完了した……はずだった。
一歩踏み出した瞬間、違和感が襲う。
「……ん?」
手を見る。
地球人の女性の手だ。その先では、最近ようやく手入れを覚えたネイルが艶やかに光っている。
足を見ると今朝から身に着けている長めのスカートが目に入った。
「は、ははははは! そういうことか!」
恐怖に凍りついていた相手の顔面にゆっくりと凶悪な笑みが広がる。
「先日襲われたこの地域に当たりをつけて通信妨害を張っておいたことが役に立った!」
相手の叫びに私が身構え、とっさに身を引いた瞬間、逆に相手は私に背を向けて駆け出した。攻撃に備えていた私は呆気にとられたが、すぐに気づき、後を追った。
しまった。そういうことか。
換装できない私相手であっても致命傷を与えられる可能性は低い。それでは、今この瞬間、もっとも有効な策とは何か。私が、相手に最もとられたくない選択肢とは何か。
寄生先を変えること。真の意味で、再び私の目の前から行方をくらませることだ。
「キャーッ!」
曲がり角の先から女性の悲鳴が聞こえた。駆けつけた私の目の前では、高橋の父親の姿をした奴が壁にもたれて顔を歪めている。
それを睨みつけるのは、すぐ近くで尻もちをついたまま鞄を胸元に抱える女性だった。おそらく先ほどの悲鳴もこの女性だろう。
「なんなの、あんた!」
出会い頭に衝突したのだろう。私にとっての幸運は、相手にとっての不運だったようだ。
高橋の父親のものだった顔がぼんやりと私を見上げる。この体勢ならば素手であっても寄生先と本体の生命活動を停止させることは可能だ。
女性の目撃者の処理はあとで考える。この隙を逃す手はない。
首へと手をかけたとき、一瞬、面談のとき、父親に殴られた高橋の顔が浮かんだ。怒ったような、申し訳なさそうな、自身の父親に向けた顔。
なんだこれは。
ほんのわずかなその戸惑いが生んだ刹那の時間に、叫びが割り込んだ。
「先生! 違う、そっちじゃない!」
向けた視線の先には、喫茶店へ向かうように告げたはずの相模の姿があった。
怯えを必死に押し殺そうとした結果、まるで怒りの形相にも見える顔のまま、相模は地面にへたり込んだ女性にまっすぐその指を向けていた。
「そいつだ! 今はそいつに憑いてる!」
女性の、高橋の父親を睨みつけていた視線がゆっくりと背後の相模へと向く。
「相模! 逃げろ!」
こちらからは見えないその表情と、私には決して見えないその正体の両方が、相模を恐怖で金縛りにした。
「そういうことか」
ただの高橋の父親に戻った体から私が手を離して駆け寄るより早く、女性は弾かれたように立ち上がると固まったままの相模に体当たりした。
倒れた女性の向こうに立つ相模は、余裕の笑みを浮かべていた。
「なるほど、そういうことか。地球人の
相模だったものは、まるで新しい体の感触を確かめるように目の前に持ってきた右手を開いたり閉じたりしていた。
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