♯341 ユメみるウサギ

 いつの間にか辺りは薄暗くなっていたが、夜空から照らす月明かりが眩しいほど降り注いでいた。


「ようやく追いついたようだ……皆、大丈夫か?」


 周囲を確認しながらつぶやくクレス。フィオナたちもそれぞれに呼吸を整えながら返す。


「はぁ、はぁ……はい~……」

「クソッタレめ……なんじゃあのクソゲームは! マジで何回も死んだと思ったぜぇ!」

「自分でも、よくあの理不尽ジャンケン地獄に勝てたと思うわ……」

「皆が希望を捨てなかったからだ! さすが勇者クレス殿とその仲間たち! そしてエイル、自分たちも引けを取ってはいないぞ!」

「そうねアイン。アナタなら出来ると思っていたわ」


 全員まだ顔が粉まみれのままで健闘を称え合う。特にお互い第一印象の悪かったヴァーンとアインはいつの間にか腕を組み合う程の仲になっており、エイルが「こういうのもいいわね……」と満足げに首を傾けていた。


 クレスたちが全コースを抜けて辿り着いたのは、小さくも美しい湖の畔。そこにニーナが持っていたあのフラッグが立っている。

 そして旗の前に立つニーナは、クレスたちの姿を見て思わず手を叩く。


「はえ~……すっごいすっごい! まさかみんな生き残ってゴールしちゃうなんて……皆サンホントに運がイイですね! こんなことはじめてです! ニーナ感動しちゃいましたっ! かんぷくかんぷく!」


 言葉通りの感動を示すように、さらにパチパチと大きな音を立てるニーナ。


「へへ、んじゃあ後はテメェにタッチするだけだよなぁ? 少し激しいタッチでも問題ねぇよなぁ? 逃げ場はねぇぞ嬢ちゃん!」


 手をわきわきさせながら悪人面で足を踏み出すヴァーン。アインが「やはり悪いやつじゃないか!」とツッコんでいたが、エイルが無言で首を振っていた。


 湖面が月の光を反射し、幻想的な輝きを放つ。その湖を背にして、逃げ場のないニーナはにっこりと笑った。

 そして、自らクレスたちの方に歩み寄ってくる。


「あはー、そうですねっ。じゃあどーぞ。思う存分、ニーナにタッチしてください♪」


 最後にぴょんと小さく跳んで、まずはヴァーンの前にやってきたニーナ。

 下から覗き込んでくるような彼女の挑発的な視線と、手を添えて強調されたバニー服の胸の谷間にヴァーンが少しばかり戸惑い、すぐに気を取り直した。


「お、おう。ようやく観念しやがったか! んじゃあ遠慮なく、これでくだらねぇゲームともおさらば――」


 ニーナに向けて手を伸ばすヴァーン。


 だが――その手はバチッと雷撃のような衝撃に弾かれた。彼女がカジノで門番をしていたときと同じように。


「いってぇ!? またかよクソが!」


 ニーナが苦笑する。


「ハーイ、エッチなおにーさん残念でしたっ。じゃあハイ、皆サンもどーぞどーぞ遠慮なく」


 ニーナはそのまま一人一人の前に立ち、自分にタッチするように促す。

 しかし、エステルも、アインも、エイルも、フィオナも彼女に触れることは出来なかった。ラビ族のイヤリングを失ったエリシアにもそれは叶わず、エリシアが無言で首を振る。


 最後に回ってきたのは、クレスの番。


「伝説の勇者のおにーさんなら、どうかな? はい、どうぞっ」


 軽く胸を張って、ずずいっと身を寄せてくるニーナ。その瞳にはどこか高揚感、期待のようなものが含まれているようにクレスは感じた。


 そして、そっと手を伸ばしてみる。

 だがやはり――クレスの手も同様に拒絶されてしまった。


 そのとき、クレスは見た。


 ニーナの、とても哀しそうな目を。


「――あーあ。やっぱりダメかぁ」


 ニーナはわかりやすくがっかりと肩を落として、とぼとぼと湖の方へ歩く。そして、そのまま水の中に足をつけた。

 それから両手で水をすくうニーナ。鏡のような水面に月が映り込む。


「皆サン聞いたことあるかなー。月にはウサギがいるってお話」


 突然彼女の口から出てきた話に、クレスたちは顔を見合わせる。確かに、昔からそういうお伽噺は存在していた。クレスでさえ知っているような定番の逸話だ。


「あれ、実はただのお伽噺じゃないんですよねー。ラビ族あたしたちは、元々あそこにいたんですから。まぁ、厳密には本物のお月様じゃなくって、作り物なんですけど」


 ニーナの手の中から水が零れ、映り込んでいた幻想の月は消える。


 ヴァーンがつぶやく。


「……オイ。何の話をしてやがる」


 背を向けて月を眺めていたニーナが、静かにこちらへ振り返る。



「誰もニーナに触れられない」



 クレスたちは、ぞくりと冷たいものを背筋に感じた。

 朱いラビ族の瞳が、妖しげに光る。湖に浸かる彼女の周囲に、無数のバニーガールたちの影が映り込んだ。


 そして彼女は、すぐに普段のカラッとした明るい笑みに戻る。


「ウサギは寂しがり屋ってハナシですっ。あたしも今回は賭けてたんだけどなー。そんな上手くはいかないよね。ま、それはともかく皆サン残念でしたねー。誰もニーナにタッチ出来なかったから、ゲームは終わりません。永遠に」


「え?」とフィオナが声を漏らした。


「コイン化してあげてもいーんですけど、せっかくここまでガンバったんですし、それもかわいそうかなって思うんですよ。だからご褒美! 最後のおもてなしですっ!」


 手を合わせて、ニコニコと微笑むニーナ。エリシアが目を細めた。


「ラビ族の結界がどうして強力なのか教えてあげますね。それは取り込んだ皆サンよりも術者により強い枷があるからです。皆サンはもう一生ここから出られませんけど、それはあたしもなんですねー」

『!?』

「ムリだってわかってましたけど、ほら、あたしって寂しがり屋で夢見がちなカワイイ女の子ですし、希望ユメは持っておきたいじゃん? でも巻き込んでコイン化して終わりじゃひどいしさ。だからせめて、皆サンにプレゼント!」


 そこで、ニーナがパンッと手を叩いた。

 ビシッィ、と激しい音がして、頭上の丸い月が砕け落ちる。

 世界は闇に閉ざされ、何も見えなくなる。短い悲鳴を上げたフィオナを、クレスがそっと抱き支えた。

 

 闇の世界で、ニーナの愛らしい声だけが聞こえてくる。



「ニーナの夢に付き合ってくれてありがと♪ お礼に……夢を叶えてあげちゃう!」



 そして、理想の世界が生まれた――。

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