♯316 ハニートラップ?

 やがて、フィオナが無言で落ちた手紙を拾う。


 ――謎のパーティーへの招待状。

 日時も場所も、招待者の正式な名前すら記載されていない。話してもいなかった。

 そして、招待状とは思えないあのハイテンションぶり。

 まず、クレスにもフィオナにもこのような招待をされる人物の覚えがない。二人の友人や知り合いに、ここまでの事実を知っている者はまずいない。そもそもあんな感じの人物は知らない。しかも、レナの存在や店のことまで知られている。


 当然ながら、二人はこの怪しい招待を警戒した。


「……フィオナ。どう思う?」

「え、あっ、そ、そう……ですね……」


 まだお互いに困惑したままではあるが、既にある程度落ち着いて考える余裕は取り戻していた。

 フィオナが手紙を見つめながら言う。


「煙に隠れて姿はわかりませんでしたが……おそらく、知っている方ではないと思います。けれど、相当な使い手だとはわかります。この契約の魔術刻印はとてもレベルが高いです。何よりもあの復元魔術……離れたところで自身の魔力を解放して構築するのはすごく難しいことです」

「そうか。俺も彼女に覚えはないが……」

「それならなおのこと、しっかりと対処すべきでしょうか。ここまでわたしたちのことを知っている方を放っておくのは、問題があるかもしれません」

「うん、同じ考えだ。彼女には好意的な印象もあったが、どこか挑発的な素振りもあった。何者かはわからないが、放置しておくわけにはいかなそうだ」


 お互いにうなずき合う。

 二人の真剣な表情と素早い判断に、レナがちょっと慌てた顔をした。


「え。二人とも、これ、いくつもり?」

「ああ。これほど情報が握られている以上、応じなければ何をされるかわからない。ある程度はこちらから動いた方がいい。フィオナ」

「はい。心配しなくて大丈夫だよ、レナちゃん。せっかくのデ――こ、こほんっ。『光祭』を台無しにするわけにはいかないから、それまでに片付けておかなきゃ!」


 そう言って、二人は早速剣や杖の用意、旅の身支度を始めてしまった。先ほどまで今後の予定にウキウキしていたところだというのに、既に着替えて荷物を用意していた二人に、レナは戸惑いながら話す。


「ほ、ほんとにいくの。ろこつにあやしかったじゃん。別荘までくれるって言ってたよ。プールとおフロつきだよ。それになんかすっごいキャピキャピしてたし、クレスをねらった“ハニートラップ”かも! アイネたちがいってた!」

「レナちゃんそういうことにどんどん詳しくなっているね!? アイネちゃんたちとどんな勉強を……じゃなくって! こ、今回はそれはないんじゃないかなぁ?」

「トラップかどうかはわからないが、旅の最中にも似た状況はあったな。罠だとは知っていても飛び込まなくてはならない。これはそういうパターンか」

「そ、それにどうも問答無用という方でもなさそうですから、話し合いで解決出来ることもあるかもしれません。本当にただのパーティーのお誘い……だったら、嬉しいところなんですけれど」


 冗談交じりに苦笑してつぶやくフィオナ。

 こうして二人はあっという間に支度を終え、再びソファーの方に戻ってくる。


「さて、日時や場所がまったくわからないが……おそらくはこれか」

「そうですね。この魔術刻印がキーなのでしょう」


 手紙の最後に印された、魔力のこもった複雑な刻印。それはちょうど人の指先くらいのサイズである。

 二人はそれぞれの指名を記した後、フィオナが手に持っていた果物ナイフでクレスの指先を、そして自分の指先をほんのわずかに傷つける。レナがそわそわした様子で見守っていた。


 そうして二人は、手紙の魔術刻印に血判を押す。

 次の瞬間、魔術刻印が淡い光を放ち、それがクレスとフィオナを包み込む。


「わ……ク、クレスとフィオナママが……!」


 驚くレナの前で、二人の身体が魔力の粒子のように空気へと溶け出した。

 クレスが自分の手足を見下ろして冷静に状況を把握する。


「これは……強制招集か?」

「契約後に効力を発揮する空間系の魔術ですね。すごく高等な呪文です。そっか、だから日時も場所も必要……って、も、もう転送されちゃいそうです! レナちゃんごめんね! また留守にしちゃうけどすぐ帰ってくるからね! 心配しないでね!」

「すまないレナ。『光祭』までには必ず戻る。それまで家を任せた」

「え、ちょっと、まっ――」


 レナが二人の手を取ろうとしたときにはもう、二人の身体はその場から消えていた。残るのは、わずかな粒子の光のみ。


 一人ぽつんと取り残されたレナは、テーブルに残されたケーキを見て床を強く踏みしめる。



「……もぉ! こんどはどこいっちゃったのっ!」



 機嫌を損ねたレナの視線がソファーの方に戻る。


 床に落ちていた怪しい招待状の魔術刻印は、ほんのりとまた光を残していた――。

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