♯229 コスプレしすぎてテンションが振り切れてしまいノリノリになって後悔するフィオナ

 決勝が進むにつれて意気込む出場者たちはもちろんだが、観客たちはより賑わいを高めていた。

 最前列に近いテーブルで麦酒をあおるこの男もまた、ほろ酔い気分で笑いが止まらない状況である。


「うははははッ! フィオナちゃんのポロリが見られるとかサイコーじゃねぇかァ! 次はどいつがどんなポロリしてくれんだ!? こんなことならこの時期だけは聖都に滞在しておくべきだったぜぇ! オラ! テメェら飲むぞォ!」


 いつの間にか仲良くなっていた隣席の男たちとグラスをぶつけて乾杯し合い、盛り上がるヴァーン。酔っ払った男たちにとって、コンテストは最高のつまみになっているようだった。


 ちなみに先ほどバニー服のフィオナがアピール中に“トラブル”を起こして去っていった後、審査員席のクレスが立ち上がって「もし見てしまった者がいたら忘れてほしい……!」と真剣に観客へ頼み込み、女性客たちはその真摯な振る舞いに感心したものであった。が、一方の男連中は表向き納得しつつもそうではなく、ほとんどがしっかり脳裏に焼き付けようと思ったものである。


 そこでヴァーンが一人の男にこそっと小声で尋ねる。


「――オイッ、さっきのはちゃんと撮っといてくれたんだろーな?」


 すると、相手の男は親指を立ててニヤリと笑った。

 その男の背後には、なにやら三脚の上に大きな箱状の機材が乗っている。これは最新の魔導具技術を応用した撮影機と呼ばれるアイテムであり、映像を記録・保存することが出来る。元々はコンテストの記録を残すために用意された物であり、出場者たちにも周知されていることではあるが、ヴァーンはこれに目を付け、こっそりと“余分な”撮影依頼をしていた。


「ヘッヘッヘ……忘れるわきゃねぇだろクレスさんよぉ……! こいつがありゃあいつでもあの感動を味わえるんだぜ? イイ時代になったもんだなァ……!」


 周りの男たちとガッと手を組み合って喜びを分かち合うヴァーン。


 ――そんな邪な男共の目論見はともかく、看板娘コンテストは佳境を迎え最高潮に盛り上がっており、それからも決勝出場者たちが様々な衣装とアピールを見せた。

 水着からバニー服と少々派手なスタートとなったフィオナだが、その後も変身とばかりに様々な装いを見せた。


 まずは一転して、露出のほとんどない聖職女シスターたちの纏う法衣服。小冠ティアラや各種アクセサリーも取りそろえ、まるで本物の聖女のようにすた見える清楚ぶりは審査員にも好評であり、大司教代理レミウスがまだラストアピールではないのに初めての⑩点札を上げようとしたほどだ。


 続いてはなんと和装。以前シノの衣服を修繕した際に着想を得たというセリーヌ自慢の和装は今までのイメージを変えるのに一役買い、淑やかでありながらどこか色気も漂う姿は見る者に新鮮な驚きを与えた。これが審査員のデザイナーウェンディに大当たりし、厳しい彼女が感嘆の言葉をもらして立ち上がったときは騒然となった。


 はたまた新妻らしく、クレスの前でしか見せない家庭でのエプロン姿になったりもした。小道具のフライパンやお玉が良い味を出しており、この純朴な感じに多くの男性が心を打たれ、審査員の商店会長モロゾフが涙しながら拍手を送ったのである。ちなみにモロゾフは昨年に離婚していた。


 こうして様々な視点からの魅力をアピールしていったフィオナ。この作戦は見事に成功し、各審査員たちの好みにクリーンヒット。ラストアピールに向けてかなりの好印象になったようである。


 ――しかし、一般客の歓声がもっとも大きかったのは、なんと淫魔サキュバスの衣装であった――!


 頭部には魔族の角を模したカチューシャを付け、背中には短めの翼や尻尾まで用意。これらはレナの本物の魔族部位を参考にしたものであり、作り物とはわからないほどの精巧さ。肌を大胆に露出する黒いボンテージ風の衣装はサキュバスらしい妖艶さを演出しながらも、ツインテールにまとめた銀髪、袖やスカートのフリルとリボンで少女らしい愛らしさも兼ね備えている。


「あうぅぅ……み、見られてます……! こ、こ、こんな格好をっ、み、皆さんに……」


 初めこそ、フィオナはあまりの羞恥心にステージ上で動くことが出来なかった。セリーヌたちは絶対に大丈夫だと言ってくれたが、かつて魔王メルティルにサキュバス扱いされた過去が呼び起こされ、自分はそんなにもサキュバスっぽいのだろうかと思うと、ショックですらあったのだ。


「それに……今度はおへそのところだけじゃなくって、む、胸の谷間にまでハートマークの穴が空いてる……! うう、ほ、ほんとにサキュバスの人ってこういう格好なのかな……」


 自分とは思えないセクシーすぎる格好を見下ろして、羞恥心がぐんぐん急上昇していくフィオナ。身体を隠そうとすればするほど視線を集めてしまい、もはや観客の反応を見ることすら無理になっていた。


 しかし――そのとき審査員席のクレスと目が合う。


「……あ」


 クレスだけが視界に映る。

 彼が真剣な瞳で自分を応援してくれているのを見たとき、フィオナの心は解放されたように自由になった。


「あれ……? なんだか、胸のドキドキが急にすごく楽しくなってきたような……? ああ、きっとクレスさんのおかげです……! 今なら何でも出来るような気がします!」


 フィオナの身体は不思議と軽くなり、羞恥心はすっかり消え、心の弾むままに動けるようになった。

 セリーヌの仕立てる衣装はどれも完成度が高く、またどの衣装を着てもクレスは大きな拍手をくれるし、観客からもすごい反応を貰えたこともあって、次第にテンションのおかしくなってきたフィオナはノリノリなアピールが出来るようになってしまったのである!

 これは俗に『コンテストハイ』と呼ばれ、女性出場者の多くが経験する高揚状態のことだ。普段のフィオナではまず拝めないだろう積極的で魅惑的な姿に、観客らが熱狂するのは当然の流れなのであった――。



 ――が。

 その後に控え室で落ち着きを取り戻してしまったフィオナは、恐ろしいほどの羞恥心に悶え苦しむこととなった。


「うあああああぁぁぁ~~~~~ん! わたしなんであんなことしちゃったの~~~~!」


 顔を覆って足をバタバタさせるサキュバス衣装のフィオナ。耳まで真っ赤になっている。


「“あんなこと”って。単純にサキュバスっぽいセクシーポーズをとって観客の期待に応えただけじゃない。あたしの衣装を完璧に自分のモノにするなんて驚いたわ。よかったわよフィオナ!」

「よくないですよぉ~~~~!」


 セリーヌに励まされるも後悔の波に吞まれまくるフィオナである。

 普段の彼女ならば絶対にしない行為であったことは間違いなく、フィオナは穴にでも埋まりたい気持ちになっていた。観客の中には家族や知り合いもいたかもしれない。何よりも、衆目の前であんな姿をさらした自分をクレスに見られたことが恥ずかしいのである。恥ずかしすぎてもう全部燃やしたいくらいである。世界の崩壊を願うほどである。

 

 エステルがフィオナの肩に手を置く。


「フィオナちゃん、落ち着いて。身も心もサキュバスという魔族になりきったいやら……見事なステージだったわよ。……ただ、もしあれを写真に残されたらと思うと……」

「うああああ~~~~ん! そうなったらクレスさんに顔向けできましぇん~~~~!」

「だ、大丈夫ですよフィオナ先輩っ。おにいちゃ――クレスさんは、絶対⑩点出してくれます! もう衣装は次でおしまいの予定ですし、あと少しです! が、がんばりましょう~!」

「まーその気持ちはよくわかるわよ。あたしだって3年前のコンテストで似たような経験をしたからね。ホント死にたくなるのよね……だからもう出るのやめたんだし……。ああそれとレナちゃん、衣装作りのときは協力してくれてありがとね。おかげでフィオナのエロ――じゃなかった魅力を存分にアピールしきれたわ!」

「ん。ぐっじょぶ」


 小さな親指を立てて満足そうにうなずくレナ。最近、このジェスチャーが好きなようである。


「ほらほらフィオナ、元気出してラストアピールの用意するわよ! 最後はやっぱり、コレね!」

「うう……コレって……あっ」


 セリーヌの差し出した意外な衣装を見て、ちょっぴり驚いた表情になるフィオナ。セリーヌはウィンクをし、エステルたちも納得したようにうなずいていた。


――そのとき、アピールを終えたルルが控え室へと戻ってきた。

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