♯163 本当の自分を知ること

 フィオナの質問に、イリアがうなずく。


『そっ。まだ生まれたばかりのフィオナを連れて故郷に戻った頃ね。あの村はアルトメリアの隠れ里の一つで、戦争に巻き込まれないよう結界を張って暮らしていたのね。温泉もあって良いところだったな~。でもね、わたしみたいに“外”と深い関わりを持っちゃったのは長居出来なくてね、一年くらいしてラクティス村へ移住したの。フィオナは覚えてなかっただろうけどね』

「う、うん。そう……だったんだ」

『で、もうわかってるだろうけど、うちの祖先はほんとにアルトメリアのエルフなのよ。もちろんフィオナ、あなたもその血を引いてるのよ? なんたってわたしの子どもなんだからね!』

「想像は出来てたけど、やっぱり……わ、わたしも、そう、なんだ……」


 胸の前で手を組みながら息を呑むフィオナ。改めてハッキリと言われたことで、実感が生まれつつあるようだ。

 イリアはそんなフィオナの様子をうかがいながら続きを話していく。


『聖都の方は……ま~見たとおりかしら。実はお母さん、あなたと今の聖女を産んだいわゆる“聖母”なのよ? どうよ~驚いたでしょ! 代理出産ってやつなんだけどね』

「あ……そ、そうだよっ! それだって全然知らなかったよ!? お母さん、先代聖女様とお友達だったのっ? それに代理出産って……!」

『うん。ミネットはね、一番の親友だったの』


 フィオナはハッとする。

 イリアはちょっぴり寂しそうに、けれど誇らしそうに、複雑な笑みを浮かべていた。


『詳しくは省くけど、あの子は身体が弱いから子どもが産めなくて悩んでた。それで、いろいろあって適正のあるわたしが“代理”としてミネットの子どもを産むことになったの。聖都でなら代理出産そういうことが出来たのよ。元々シャーレの教会には極秘事項がいくつもあってね、『代理』がいることは大司教様なんかのごく一部を除いて教会でも一番の秘密。いわゆる守秘義務ってやつね。だからフィオナにも言えなかった、ごめんね』

「そ、そういうことなんだ……。――あれ? で、でも極秘事項ならこうやってわたしに話しちゃダメなんじゃないのっ?」

「む。確かに……!」


 フィオナの疑問に同調するクレス。

 焦る二人とは裏腹に、イリアは手を振りながら「あっはっは」と笑った。


『いいのいいの! だってわたしもう死んでるし? 死んでまで果たす義務なんて愛くらいのものだっての! 娘に大切なことを伝えるために死ぬほど難しい時の魔術まで覚えた母の偉大さを見たか! わっはっは!』


 フィオナ以上のご立派な胸を張って豪快に笑うイリア。クレスとフィオナは顔を合わせて呆然となり、それから揃って口元を緩めた。

 そこでクレスがつぶやく。


「まさかそんな事情があったとは……。ということは、フィオナにも聖女の血が流れている、ということなのだろうか?」

「あっ。そ、そういうことになるんでしょうか。……でも、わたしはお母さんによく似ているし、ソフィアちゃんは、やっぱり先代聖女様に似ていたし……。二卵性の双子だとしても、普通はそんなことにならない……よね? 先代聖女さまも、奇跡って仰っていたけど……お、お母さん、どういうことなの?」


 フィオナの疑問は最もだった。

 聖都では聖女のためにあらゆる分野の技術が発展しており、中でも医療関係は大陸どころか世界一だと云われている。聖女が病死でもすれば大陸中の混乱は免れないし、子孫がいなくなればそれこそ一大事だ。代理出産とはそんな過程で生まれた最新技術であり、“万が一”に備えられていたものだ。

 しかし代理出産を行えば、本来は子に代理母イリアの遺伝子は受け継がれない。それでも実際にはイリアに似たフィオナ、そしてミネットに似たソフィアが、それぞれの遺伝子を強く現した双子として産まれてきた。


 イリアが腕を組みながら答える。


『ん~、わたしもよくわからないんだけどね。聖女専門の医療術士お医者様は、わたしのお腹の中でフィオナがわたしの羊水に含まれる魔力から遺伝子情報を摂取したんじゃないかって言ってたわ。でもそういうことはどうでもいいのよ。わたしもフィオナを見たときはすっごい驚いたけどさ、結果としてこんなに嬉しいことはなかったもの! ミネットも、きっとそう言ってたでしょ?』


 ニコニコと語るイリア。

 専門的な話も混じったため、クレスやフィオナが納得することも難しかったが、今、フィオナがここに立っていることこそがその証明である。


『そうそう。さっきクレスさんに聞いたけど、もう一人の子はソフィアって名前なのね。うん、清楚で良い名前! それにフィオナにちょっと似てるな~。さすが我が親友ミネット! ねぇフィオナ、ソフィアと仲良くしてあげてね。たった二人の姉妹なんだから。一応、あなたの方が姉ってことになってるけどね』

「え? あ、う、うん。え、えっと……」


 嬉しそうに笑うイリアだが、フィオナはまだ、すべてを呑み込めてはいない。

 頭では理解出来ているが、それをちゃんと自分の中で消化する時間が足りない。急にそんなことを言われても、という戸惑いの方が強かったのだ。

 それでも、母の言うことはすべて真実であるとよく解っていた。

 アカデミーに通い始めた頃から、自分の中にある魔力やその形質――それらの“元”となる何かが、他の生徒や魔術師とは、どこか違う気がしていた。

 誰に習ったわけでもない“禁術”――《結魂式》をあの時クレスに使えたことは、ただの偶然ではなかったような気がしていた。

 それに今にして思えば、ソフィアが自分に向ける感情はただの“友達”としてだけではない特別なものがあるように思えた。ひょっとしたらソフィアは女の子の方が……みたいなことをフィオナが考えてしまったときもあるが、もしかしたらソフィアは、この事実を知っていたのかもしれない。


 フィオナがそうやっていろいろな考えを巡らせていると、イリアがフィオナを心情を察したかのように言う。


『大丈夫よ、フィオナ。心で感じられたならそれでいいの。あなたの魂は、あなた自身が正しく理解しなきゃいけない。そのために・・・・・わざわざ過去の記憶を・・・・・・・・・・見てきて・・・・もらったんだから・・・・・・・・。あたしの役目はそれで本当におしまい。ほんとはね、もうわたしがこうやって説明する必要もないのよ』

「え……」

『あなたはもう、本当の自分を知った。実感はまだないかもだけど、魂が目覚めたのよ。そして、隣にはクレスさんという一番大切な人がいてくれる。魔術だってちゃんと覚えたんでしょ? ハッキリ言って最強よ! 世界最強のお嫁さんなの! 自信持って生きなさい!』


 その励ましの言葉に――フィオナの瞳が潤む。

 イリアは腰に手を当てると、続けてこう言った。


『さて、それじゃあこれで全部伝えられたし、もう魔術の時間も切れそうだから、そろそろお別れかな。最後に何か訊きたいことある?』


「「――えっ!?」」


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