♯141 最後の質問


「待てっ!!」


 呼び止めたのはクレス。

 その声に魔王とメイドが揃って振り返る。魔王の方はひどく面倒そうに眉間へしわを寄せた。そして忌々しげに口を開く。


「貴様は馬鹿か? 見逃してやると言ったのがわからんのか。それともよほど死にたいのか」

「メ、メル様ダメですよ! 揉め事はNGです~! 特にこの方には……!」

「チッ」


 傍らのメイドにとがめられ、手を挙げかけた魔王は舌打ちをして収める。


「さっさと用件を言え」


 ぶしつけに言った魔王に対して、クレスは真剣な顔をして返す。


「……なぜ、見逃してもらえるんだ」

「気まぐれだ。用はそれだけだな。さっさと消えろ」

「き、気まぐれ? あ、いや、それともう一つ! その子のことも!」


 さっさと切り上げて帰ろうとする魔王を慌てて引き止めるクレス。

 クレスの視線は、隣のメイドへと向いている。


「へ? わ、私ですか?」


 突然話の中心となったメイドは自分を指差してきょとんと呆けた後、あわあわと動揺しだした。

 クレスは一歩歩み寄って言う。


「その子は人間だろう。魔族でも魔物でもなく、それらの血も入ってはいないはずだ。なぜ、その子はお前に仕えている」

「ふん、何かと思えばくだらんことに興味を持つな」

「くだらなくはない! もしもその子が強引に従わされているというのなら、俺は、ここで退くわけにはいかない。たとえお前に勝てる見込みがなくとも、戦わなくてはならない――!」


 クレスの全身に気が満ちる。掲げた手に、落ちていた聖剣が戻ってきた。その様子を見たフィオナが、ヴァーンとエステルへの説明を中断してこちらへ向かってくる。


 そんなクレスの発言に、魔王は拍子抜けしたように乾いた笑みを浮かべた。


「はっ。ようやく人間になれたかと思っていたが、やはり勇者は勇者のままだな」

「さっきも似たようなことを言っていたが、それはどういう意味だ」

「どうでもよい。もう行くぞ」

「答えずして帰すことはできない!」


 剣を握りなおして足を踏み出すクレス。魔王は一切構うそぶりもなく背中を向けていた。一触即発の空気にフィオナやヴァーン、エステルの表情が硬くなる。


 そんな二人の間へ、メイドが両手を広げて立ち入った。


「お、お待ちください勇者様! どうか落ち着いてくださいませ!」

「っ!?」


 身を挺したメイドに、クレスの動きがピタリと止まる。

 クレスは疑問を投げかけた。


「君はなぜヤツに仕える! もし捕らわれているというのなら俺は――」


 すると、メイドは首を横に振った。


「違います。私は、自分の意志でメル様にお仕えしています」

「……どういうこと、なんだ?」


 剣を下ろしたクレスに、メイドは一度自分の身だしなみを整えてから頭を下げた。


「もはや隠す必要もございませんね。私はリィリィ・プリスティアと申します。以後、お見知りおきください。現代の英雄――勇者クレス様」

「プリスティア……。どこかで、聞いたような気がする名だが……」


 クレスが自分の記憶を思い起こしていると、メイド――リィリィはニコリと微笑んでから話す。


「お気遣い、ありがとうございます。貴方は、真の勇者様ですね……。ただ、私は本当に自分からメル様にお仕えしている身。操られていることもなければ、捕らわれているわけでもありません。むしろ、自由にさせていただいております」

「自由すぎるくらいだ」


 隣で魔王が鬱陶しげに口を挟み、リィリィが苦笑する。


「あ、あはは。ええと、そういうわけですので、本当にご心配には及びません。それに、メル様が意味もなく人へ手を出すことなどありえません。どうか剣をお納めになってくださいませ。それから私のことよりも、勇者様はどうかご自身と奥様、そして仲間の皆さまを大切になさってください」


 リィリィがクレスの後ろを手で示す。

 クレスが振り返れば、そこには笑顔のフィオナが控えている。ヴァーンとエステルは未だに状況がよくわかっていないようであった。


 クレスが剣を収めたのを見て、魔王がため息をついてから言う。


「これ以上の茶番に付き合うつもりはない」

「あ、ま、待ってくださいメル様~! あの、皆さまお休みなさいませ!」


 そのまま歩き出していった魔王。リィリィは一度こちらに深く頭を下げてから魔王を追って駆けだした。


 フィオナがクレスに寄り添って言う。


「あの方は、最初から戦うつもりなんてありませんでした。たぶん……ただ、穏やかにいたかったんだと思います。そうでなければ、こんなリゾートには来ないはずですよ」

「……フィオナ」

「クレスさん。あの方は、本当に『魔王』だったんでしょうか? わたしには、とてもそんな風には見えなくて……。もう魔王ではないという発言も、なんだか、ようやく重たい荷物を下ろせたような、そんな風に聞こえました」

「…………」


 去って行く魔王とメイドの背中を見つめるクレス。


 クレスにはよくわからない。

 魔王が何を考えているのか。魔王が、本当に『魔王』だったのか。かつて自分が戦ったあの魔王は、本当に彼女だったのか。


 クレスは、聖剣を置いてから大きく口を開いた。


「最後に一つだけ教えてくれっ!」


 メイドだけがくるりと振り返る。



「お前がもう魔王ではないと言うのならっ! お前は……お前は一体、何を求めて生きるんだ! 何のために生きているんだっ!?」



 叫んだクレスに、フィオナが目をパチパチさせて驚く。ヴァーンとエステルも「「魔王!?」」と声を揃えて驚愕していた。


 すると、メイドに続いて魔王もこちらへと振り返った。


 それから一拍ほどを置いて、ずんずんと大股でこちらへ歩み寄ってくる。

 徐々に見えてきた魔王の表情は、もういい加減はらわたが煮えくりかえっていることがよくわかるイライラ最高潮の形相であった。あまりの恐ろしさにフィオナやヴァーン、エステルが身を引いてしまったほどである。

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