♯34 朝の情事
「…………ふぇっ!?」
クレスの素っ頓狂な発言に、これまた素っ頓狂な声を発してしまうフィオナ。
クレスはフィオナの肩を掴んで言う。
「頼む、フィオナ。君の胸を吸わせてもらえないだろうか」
「ク、クク、クレスひゃん……!? え、えええ~っ!? あのっ!? な、なななっ、なに、なにを」
フィオナが取り乱すのもまったく無理はなかったが、一方のクレスは真剣に語り出した。
「あのとき――酒場で君は言った。『おっぱいをのんでほしい』と。なぜフィオナがそれを望んだのか俺にはわからなくて、皆にそんな君の姿を見せていいものかと悩み、結果として拒否する形となってしまった。しかし、あれが君の本音ならば、俺は君に応えたい」
「ク、クレスさん……」
「それが婚約者同士の行為としてふさわしいのかもわからないが……君があれだけ望んだことを無下にしたくはない。それに俺も、やはり君の身体に触れているのは好きだよ」
「……すき?」
「ああ。だからフィオナ、君のおっぱいを飲ませてくれ!」
大真面目に懇願するクレス。
その瞳に、迷いはない。
魔王を倒すと決めたときのように純真無垢な瞳だ。一切の邪気がないゆえ、清々しさすら感じられるほどである。
だからフィオナは余計に困惑した。まさか真剣にそんなことを懇願されるとは思っていなかったのか、真っ赤になりながら目を泳がせていた。
それでもクレスは、彼女から目を離さない。
いろいろと急接近しすぎた状況に、フィオナは自身のドキドキを押さえ込むように胸元に手を当てる。
やがて、フィオナはうつむきながらつぶやく。
「………………ぃ」
ぼそぼそと、今にも消え入りそうな声。
「………………はい。わかり、ました…………」
その顔は史上最高クラスに赤くなっており、これ以上ないくらいの照れようである。それでもフィオナは、クレスの願いを受け入れてくれた。
クレスは破顔する。
「良かった! それではお願いします!」
正座したまま背筋をピンと伸ばして待つクレス。
「で、で、でもっ! 少しだけ待ってください! そのっ、こ、心の準備をさせてください……!」
「え? あ、ああ。わかった」
フィオナはその場でクレスに背を向けて深呼吸をし、自分を落ち着かせ始めた。
「……すぅ、はぁ…………。ま、まさか急にこんなっ……でも、せ、せっかくクレスさんがわたしを求めてくれて…………。そう、そうだよね? 見直してもらえるチャンスだよねっ。お嫁さんとして、こ、応えなきゃ……! それに、あ、あれはわたしから言い出したことだもん…………!」
クレスには聞こえないようにそうつぶやき、クレスの方へ向き直る。
「お、お待たせしました!」
「いや、君のタイミングでいいよ」
「は、はいっ。あの、は、はじめてなので……どうか、よろしくお願いします!」
「こちらこそ!」
正座で向き合う二人。
もし誰かに見られたら、一体朝から何をやっているのかと思われるような怪訝な光景だったが、二人は真面目そのものである。
フィオナはまずエプロンを脱ごうとして、その手をぴたりと止めた。
「…………あ、あの。クレスさん」
「うん?」
「ふ、服は…………脱がなくても……い、いい、でしょうか?」
「え?」
もじもじと股を擦り合わせるフィオナ。羞恥心からか、既に身体が震えている。
「こ、こんなに明るいうちから……その、見られてしまうのは、恥ずか、しくて……。た、たくし上げるだけでも……いい、でしょうか……?」
「ああ……う、うん。もちろん。任せるよ」
「は、はい……」
フィオナは一呼吸置いたあと、服の裾を掴み、ゆっくりとたくし上げていった――。
――そして、いよいよクレスが彼女の決意に応えたとき、クレスは自分が赤子に戻ったように感じた。遠き昔、自分が母に同じことをしていたのだろうと想像し、不思議な気持ちになる。
フィオナと共にいると安心し、身を委ねてしまう。胸の奥がじわりと熱くなっていくのを感じた。
フィオナがその手でクレスを抱きしめてくれる。
「……ふふっ」
彼女は笑っていた。
「なんだか、不思議……です」
「……?」
「とっても、恥ずかしくて……。い、今にも顔から火が出てしまいそうなのに…………すごく、幸せな、気持ちなんです。胸が、ぽかぽかして……。えへへ。どうして、なんでしょう」
今のクレスには、フィオナの顔はよく見えない。それでもクレスは、その優しい声からフィオナが穏やかな表情をしているだろうことを察した。
同時に思う。
女性は子を産み、この温かな胸で命を育む。
おそらくフィオナは今、母性というものを実感しているのだろう。そして、自分もまたフィオナに母性を感じている。だから、こんなにも安心出来るのではないか。
このとき、確かに二人の心は繋がっていた。
――しばらくして。
二人の身体が、そっと離れる。
「……フィオナ」
「クレスさん……」
目が合う。
とても自然に、二人の唇が近づいていった。
そして、一つに重なり合おうとしたその瞬間――
「――おはようございます。ご注文のベッドをお持ちしました。これなら新婚カップルさんにはぴったりのサイズで――」
玄関の扉を開けた家具屋の女性が固まる。
クレスとフィオナも、同じように石化していた。
家具屋の女性はにっこりと笑い、ゆっくりと下がっていく。
「……うふふ♥ 急いでベッドをお運びしますね」
そう言い残し、外へ去っていった。
フィオナがつぶやく。
「……お酒です」
「え?」
「お酒……お酒を飲みます。もう飲むしかないです。飲んで飲んで飲みまくってこの記憶を消去するしかないです。じゃないとわたし……これからあの街で生きていけません~~~!」
「えっ!? お、落ち着けフィオナ。ここに酒はない!」
「買いに行きます! 飲んだくれるしかありません! も、もう! それしか生きていく方法はないんですぅ~~~~~!」
「ま、待つんだフィオナ! 今日は祭り最終日で、ヴァーンたちとの約束も――フィ、フィオナー!」
涙目で走り出したフィオナを追いかけるクレス。
家から飛び出していった二人を見て、家具屋の女性がまたニマニマと微笑ましい顔をしていた。
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