♯30 仲間との絆
それから少し落ち着いたところで、かつてのパーティ三人は話を再開していた。積もる話も多くある。
そんな中で、クレスはヴァーンとエステルがどのような旅をしているのかも聞いた。
「そうか……二人はまだ傭兵として旅を続けているんだな」
クレスの言葉に、酒のグラスをぐいっと飲み干したヴァーンが答える。
「ああ。数こそ減ったが、未だに各地で魔物や魔族の襲撃情報があっからな。なんでも魔王不在のチャンスっつーことで調子に乗ってる魔族共もいるらしいぜ」
「なるほど……では今回も?」
「そーゆーこった。西の方でぶちのめした魔族が聖都を狙ってるみてーなこと言いやがってよ。いやいやさすがにそれはねーだろと思ってたんだが、ちょっち嫌な予感がしてな。んで久しぶりに寄ってみたら
「すまない。それについても俺も自分を恥じている」
「クーちゃんが気付かないのはもちろんだけれど……シャーレの教会が察知出来ないのは妙なことね。この街には聖女様の結界があるし、土地柄も最も平和な街のはずだけれど」
訝しげにグラスの縁を指で拭き取るエステル。
するとヴァーンが大笑いしながら言った。
「ま、人的被害も少なく片付いたみたいだしいーじゃねーか! 聞けばフィオナちゃんがぶっ倒したんだろ!? ハハハ! 乳もデカけりゃ度胸もデケェ! 聞けば聞くほどすげー子だな!」
「ああ、本当にそう思うよ。フィオナには助けられてばかりだ」
「彼女、魔術の才能は素晴らしいものがあるわね。見ただけでもわかるわ。きっと、天性のモノを持ちながらたゆまぬ努力を続けたのでしょう。でなければこの輝きは得られないもの」
三人の視線の先で、話題の中心となったフィオナが穏やかな寝顔を浮かべている。
かつての戦友にフィオナを褒めてもらえたのは、クレスにとっても嬉しいことだ。なんだか自分まで誇らしい気持ちになれる。
そのとき、ヴァーンがまたガシッとクレスの肩に手を回してきた。
「ところで『グレイス』さんよぉ。お前、なんでそんな名前使ってんだ?」
ヴァーンの疑問。
もうクレスが『グレイス』という偽名で暮らしていることは二人にも説明済みであるが、当然、その理由を聞かれることになった。
「何かしらの理由があんだろうがよ、それはお前が俺らの前から消えたことにも関係してんのか?」
「……ああ」
続くその問いに、クレスは静かに首を縦に振る。
するとヴァーンはクレスの肩に手を回したまま、新たに注いだ酒をあおってから言った。
「──そうか。言っとくがよ、俺はまだ許してねぇぞ」
その一言で、場にピリッとした空気が流れる。
「勝手に突っ走って一人で無茶したあげく消えやがって。他の奴らはともかく、オレらにまで黙っていなくなるってのはどういう了見だ。アァ?」
ヴァーンは目に力が入る。睨むような視線にわずかばかりの怒気が感じられた。
向かいのエステルが静かな顔で話す。
「そうね。魔王を倒したのはクーちゃんだし、そのとき私たちはそばにはいられなかった。けれど、一緒に喜びを分かち合いたかったわ。なのにクーちゃんは、まるで自分の役目は終わったかのように皆の前からいなくなってしまった。それも、死亡したという噂話だけを残して。私、とても悲しかったわ」
そっと目を伏せるエステルの淡々とした言葉にも、遺憾の念が込められている。
二人の思いを聞いて、クレスはしばし黙り込んだ後に口を開いた。
「……ヴァーン……エステル…………すまなかった」
素直に謝罪するクレス。
そして、キチンと事情を説明することにした。
「お前には隠す必要もない。いまさらだが、聞いてもらえるだろうか」
クレスの言葉に、ヴァーンとエステルが顔を見合わせる。
エステルが小さくうなずき、ヴァーンはニッと歯を見せてクレスのグラスに酒を注いだ。
やがて、クレスの話を聞いたヴァーンが目を見開いて言う。
「力を……全部失った、だと?」
うなずくクレス。
魔王を討伐した後、勇者としての力を失い、もうろくに戦えなくなってしまったこと。そんな勇者が人前にいては皆に申し訳がないこと。だから、誰にも内緒で姿を消したこと。そのせいで勇者は魔王と相打ちになったという噂が広まってしまったのだ。
「オイオイオイ、そりゃどういうことだ? 確かに今のお前からは闘気も感じねぇが、ひょっとして“精霊王の加護”まで失っちまったのか?」
「ああ。それだけじゃない。学んだ剣技や魔術も何もかも使えなくなった。なんといえばいいかな。身体が、自分の命令を受け止めきれなくなったというか……。技術そのものは覚えているが、力を発揮できなくなった、という方が正しいのかもしれない」
「ほぉ~。つまり出力がぶっ壊れちまったってとこかね。オイエステル、魔力も感じねぇんだろ?」
「……そうね。確かに、クーちゃんの身体からはわずかな魔力も感じられないわ。ひょっとして、魔王に何かをされたのではないの?」
「あーその可能性はありそうだよな。死に際に呪いでも掛けられたんじゃねーの?」
「それはわからないが……ただ、俺が戦う力を失ったことは確かだ。だから俺は、姿を隠した。二人にも何も言えず、本当にすまない。合わす顔もないと思っていた……」
再び深々と頭を下げるクレス。
ヴァーンとエステルはまた顔を合わせて、揃って長い息を吐いた。
「オーケーオーケー! 話はわかった。だからもうそんなしみったれた顔すんな。オラ、せっかくの祭りだ。もう反省は終わりにしてこの時間を楽しもうぜ?」
「ヴァーン……怒っていないのか? 俺は、かつての仲間にも何も……」
「正直に言えばまだ腹は立つがよ、それはお前に対してじゃねー。だから気にすんな。つーかお前がそういうヤツなのはとっくに知ってんだよ!」
「そうよ、クーちゃん。私たちは、ただ寂しかっただけ。あなたの力になれなかったことが悲しかった。これからは、もう少し信頼を得られるように頑張るわね」
「エステル…………すまない。ありがとう……」
ヴァーンもエステルも微笑み、それぞれにクレスの背中を叩いてくれた。
「お前の心配はしてたが、再会して安心したんだぜ。なによりフィオナちゃんがいたからな」
「そうね。きっと、彼女がクーちゃんを支えてくれたのでしょう」
二人の視線を追うクレス。
テーブルに突っ伏して眠るフィオナは、静かに寝息を立てていた。こうしていると本来の年齢通りの幼さが垣間見えるが、その左手の薬指には、先ほどクレスが嵌めた指輪が輝いている。
クレスは自分の耳飾りにそっと触れて言う。
「……ああ、本当にその通りだよ。彼女に出会うまで、俺はきっと何者でもなかった。でも今は、ちゃんとクレスとして彼女を守りながら生きていく覚悟が出来ている。どちらかといえば、今は守られている方だけれどね」
「ほぉ、言うじゃねーか? あの朴念仁がとうとう女に惚れるたぁねぇ……かぁー! 人間ってのは成長するもんだな!」
「まるで成長しない人間が言う言葉ではないけれど」
「ハァァン!? オレだってビンビンに成長してんだろーが! エステルてめぇ、お前今までオレのどこを見てきやがった!」
「どこも見ていないわ。おばかさんは視界から抹消する魔術を使っているの」
「便利な魔術だね! ってんなモンねぇだろがァァァ!! テメーこそ一切まったくこれぽっちも成長しねーじゃねーか! 少しはフィオナちゃんを見習え貧乳魔女!」
「シンデレラバストは個性よ。そもそも貧乳ではなく美乳と呼びなさい。それ以上言うのなら大陸中の女性たちに変わってぶち殺すわ」
「おーおーやれるもんならやってみろクソちっぱい!」
見慣れた口ゲンカを始める二人。とは言っても、大抵の場合はヴァーンがエステルのおもちゃにされて終わるのが常であるため、クレスはむしろ安心して事の成り行きを見守ってしまう。
そこで、ふとクレスが尋ねた。
「二人は変わらずに仲が良いな。ひょっとして結婚しているのか?」
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