♯29 勇者の仲間と、はじめてのお酒

 それから四人がやってきたのは、祭りで賑わう夜の酒場。

 多くのテーブルを埋め尽くすのは数々の料理と、黄金色の発泡酒や香りの良い葡萄酒。当然ながら酒がメインであるため、未成年の姿はない。


 早速一杯を飲み干したヴァーンが、クレスの首を引き寄せながら言った。


「プッハァうめぇぇぇー! おいクレス、つーかさっきはマジで驚いたぜぇ? まっさかあのお前がこんなイイ女と結婚するなんてよ!」


 そんな機嫌良さそうなヴァーンの発言に、フィオナが目をパチパチさせながら困惑している。


「しかもフィオナちゃん、話を聞く限り相当すげー優秀な子みたいじゃねーか! オメーみてぇな朴念仁が上手くやりやがったなコノヤロウ!」

「ああ、そうだな。それについても自分でも驚いているよ」

「そうね……私も驚いたわ。まさか、あのクーちゃんが公共の場で破廉恥行為──もといキスが出来てしまうこのおばかさんみたいになっていたなんて……」

「な……!? は、破廉恥行為だったのか……!?」


 エステルの言葉を真に受けるクレス。その反応にヴァーンが大笑いし、エステルも愉快そうに葡萄酒に口をつける。フィオナがさらに困惑して一人だけおろおろしていた。


 ――二人とこうして酒を飲み合うのは、どれくらいぶりだろうか。


 クレスは懐かしい記憶を呼び起こしながら、その記憶の中とは少し変わっていた二人の姿を改めて見る。


 ヴァーンの赤茶色の髪はあの頃より少し伸びており、顔つきもより精悍に見えた。

 筋肉の発達したたくましい身体はさらに成長していて、全身に纏う気力は歴戦の戦士のそれだ。より頼りがいのある冒険者になっている。少し増えてみえる傷も、幾多の戦いを乗り越えてきた証明なのだろう。

 彼の持つ武器は昔から槍一本のみであり、動きやすさを重視してか服装も革を用いた身軽なものだ。ただ、その右手にだけは重厚な篭手が嵌められている。


 一方、エステルの外見はヴァーンとは逆の意味で変化していた。

 美しい青の髪が目を引く彼女はフィオナよりも小柄で、一見するとアカデミー初等部のリズリットと同年代に見えるほど瑞々しい肌のツヤ、ハリ、細い体つきである。まるで年々若返っているのではないかと思えるほどだ。クレスも正確な年齢を教えてもらったことはなかったが、少なくとも二十歳は超えている。

 服装は魔術師らしい質素なものではなく、肌を見せるオフショルダーのブラウスに透け感のあるスカート、ガーターストッキングが色気を引き立てる。細やかなアクセサリー類も華を添えた。

 心得のない者が一見すれば、フィオナのように良家のお嬢様のようにも見えるだろうが、身体に纏う魔力の“濃度”は以前とは比較にならないほどであり、魔術師としての進化がうかがえた。

 

 それからヴァーンが周囲を見回して言う。


「にしてもよぉ、フィオナちゃんはずいぶんと有名人みてぇだな? さっきからあちこちで声かけられてるよな。よ! 天才美少女魔術師!」

「い、いえそんなっ。お恥ずかしいです……」


 というのも、店に入った瞬間に噂の花嫁がやってきたと店内が大賑わいになり、フィオナとクレスのために一番良い席を用意してもらってしまったのだ。次々に運ばれてくる料理も、そのほとんどが注文したわけではなく好意で提供されているサービス品である。


「ま、フィオナちゃんくらいの美少女ならそれも当然だな! けどオレらまでご馳走になっちまってわりぃな。せめて二人の宿代くらいは出すからよ、城近くの高級宿にでも泊まってこいや! あそこは豪華な露天風呂もついてるからオススメだぜっ。しっぽりしてこい!」


 グッと親指を立てるヴァーン。 

 クレスとフィオナは顔を合わせ、フィオナだけがぼっと顔を赤く染めた。


 その反応に眉をひそめるヴァーン。


「ん? オイオイ、二人とも結婚すんだろ? なんだよ、ひょっとしてまだシてねーとか?」

「してない? 何をだ?」


 クレスの天然な返答に、ヴァーンは一拍おいてから豪快に笑った。


「ハッハッハ!! いやいやわりぃそうだな、そういやお前はそういうヤツだったわ! こんな顔もよければ乳もデケェイイ女に手ぇ出してねぇとかどんだけなんだっつーの! フィオナちゃん苦労すんなぁ? んじゃちょうどいいじゃねーか、聖夜の前に一発ヤってこい!」

「貴方、さっきから下品な発言で純情な乙女をいじめるのはやめなさい。その汚らわしい舌を冷凍するわよ。サービスで心臓も止めてあげる」

「さらっとやべーこと言ってんじゃねぇ! お前の発言は全部マジで冗談じゃねーんだからよ!」


 涼しい顔のエステルに怯えて身を引くヴァーン。フィオナはさらに紅潮して下を向いたまま何も言えなくなっていたが、クレスだけが話の意味を理解していなかった。


「フィオナ、大丈夫かい? どうしてそんなに赤くなっているんだ?」

「えっ? あ、い、いえ、その……」

「俺にはよくわからない話だったが、結婚相手と“それ”をするのは普通なのだろうか。フィオナが望むなら、俺はいつでも構わないが」

「えっ……!」


 これまた天然な発言に、フィオナは口を開けたまま固まってしまう。


「わ、わわ、わたしが……っ、ク、クレスさんと、あ、あ、あう、あう…………」


 ぷるぷると震え始めていくフィオナ。

 やがて、フィオナは目の前に置かれていた黄金色の液体がなみなみ注がれたジョッキをガッと手に取り、すぅはぁと深く呼吸を整え始めた。


「『逃げるな、プディ・前を向け、魂を燃やせルファラ・エクレーン』。できる、できる、わたしならできる……!」


「え? フィ、フィオナ?」


「女は……度胸です!!」


 大きな声でそう言ったフィオナは、その手に持ったジョッキをぐびぐびと一気に飲み干していく。その豪快な飲みっぷりにヴァーンや周囲の客から大歓声が上がった。


 数秒後、フィオナが空のジョッキをテーブルに戻す。


「この通り、お酒だって飲めます! わたしはもう、大人なんです!!」

「フィ、フィオナ? 大丈夫か? 酒なんて今まで飲んだこともなかったんだろう?」

「大丈夫、です! このくらいのことが出来なきゃ、クレスさんのお嫁さんになんてなれれれはへん!」

「え? な、なんて?」

「クレスさんの……くれすしゃんの……およめ……なれ…………なれ……――きゅぅ」


 白かった肌は先ほどとは違う理由でみるみる赤くなっていき、そのままバターンと顔からテーブルに突っ伏すフィオナ。


「なっ!? フィオナ! しっかりしてくれ! 大丈夫か! うわ、熱いっ!?」

「うううう…………」


 昨日まで未成年だったフィオナである。そもそも成年資格を得ただけで本来であればまだ未成年なのだ。初めての酒をこのように飲んでしまっては倒れるのも無理はなく、しかもフィオナの身体は相当な熱を発していた。そもそも酒に弱いタイプだったのかもしれないと、クレスは心配する。


「クーちゃん、私に任せて」

「エ、エステル。すまない」


 エステルがフィオナの額にそっと手を当てると青白い光が漏れ、目を回していたフィオナの表情が落ち着いてく。火照りも収まっていった。


「はう…………つめたくて……きもちいい、れふ……」


 そのまま、すっかり気持ち良さそうに眠ってしまうフィオナ。クレスはすぐに自分の上着を彼女の背中にかけ、ホッと胸をなで下ろした。


「もう大丈夫よ、クーちゃん。この子は炎熱系の魔術が得意みたいね。酔いの効果がそちらにも影響しているみたいだったから、私の魔力で中和したわ」


 フィオナの頭を優しく撫でるエステル。彼女は主に氷結魔術を得意とする魔術師だが、その力を利用して傷の治療、鎮痛作用を施したり、神経の高ぶりを抑えることも出来た。


「そうか、よかった……すまないエステル。ありがとう、助かったよ」

「どういたしまして。どうもこの子は見た目に反して大胆なタイプのようね。そんなところも可愛らしいけれど、クーちゃんが見守ってあげなくては駄目よ」

「あ、あぁ。わかった」


 こくこくとうなずくクレス。

 ヴァーンはそれを楽しそうに眺めていた。


「ハハハ! 大胆な嫁なんてサイコーじゃねーかよ! 初めてにしては良い飲みっぷりだったぜ! こりゃオレが嫁にしたいくらいだな。よし、フィオナちゃんはオレが連れて帰るか!」

「あなたはオーク族の嫁でも貰っておけばいいのよ」

「おっ? なんだ嫉妬かエステル? そうかそうか! オレと一緒に旅出来なくなったら寂しいもんなァ!」

「冗談は存在だけにしてもらえないかしら……。あまりにイラついて不得意な炎熱魔術を使って貴方の髪を燃やしてしまいそうだわ」

「オイコラ! オレの唐揚げ燃えてんぞ!? マジで使ってんじゃねーよバカヤロウ! だああああ! 髪はやめろマジで!!」


 やかましいヴァーンと、彼をからかいながらクールに酒を嗜むエステル。

 中身は何も変わらない二人のおかげで、クレスはすっかりあの頃の自分に戻っていた。

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