♯16 人と魔族

 フィオナが何も答えられずにいると、先に母の方が口を開いた。


「フィオナちゃん。あなたがずっと“この未来”を想い願ってきたのだということは、義母ははとしてよくわかりました。小さな頃から家事や料理を覚えようと頑張ってきたのも、アカデミーで誰にも負けずにと励んできたのも、すべてこの方のためなのでしょう?」

「……おば様」

「わかりますよ。あなたの瞳は澄んでいますし、なにより私も、女ですから。そういうもの・・・・・・が、わたしたちを強くするのです」


 微笑む母に、フィオナは黙って目を伏せる。


 クレスは察していた。

 彼女の両親は、おそらくフィオナの『秘密』についてある程度のことを知っている。もしくはすべてわかっているのかもしれない。

 だから最後に、フィオナがこの家を出る前にキチンと話をしておきたかったのだろう。彼女の口から、真実を聞きたがっているのだ。


 フィオナが、わずかにクレスの方を見た。

 クレスは小さくうなずいて答える。

 その反応を受けて、フィオナはしばらくの間ずっと黙り込んでいたが、やがてゆっくりと顔を上げた。


 フィオナの身体が、淡い光に包まれる。

 それは次第に大きくなり、やがて赤い色へと変化していく。濃く強い魔力の輝きは可視化される。



 そして――フィオナの頭部にキツネのような耳がぴょこんと生えた。



 フィオナの両親は、言葉を失って目を見開く。


「……おじ様、おば様。今までずっと、隠していて申し訳ありません」

「フィオナ……それは……」

「はい。わたしの中には……クインフォ族という魔族の血が流れております。わたしは、『混血種ミクス』なのです」


 正直な告白をするフィオナ。

『混血種』とは言葉通り、人と魔族など二つ以上の種族の血が合わさった者たちのことを指す。現代魔族たちは人とそう変わらない外見を持つが、祖先たる者の身体的特徴を宿すことが多く、それは『混血種』も同じだ。

 フィオナの中に流れるクインフォ族の祖先は『天炎狐フレミィ』と呼ばれる高い魔力を持つ魔物だったゆえ、クインフォの魔族はその身体的特徴を受け継ぐ者が多い。フィオナの場合はだいぶ血も薄まってはいるが、それでも見る者が見れば驚いてしまうことはあろう。


「魔力を最大限まで練り上げたとき、その血が、このように身体に表れます。このことを知られてしまえば、きっとおじ様とおば様を驚かせてしまう、ご迷惑をかけてしまうと思いました。だから、今まで語ることが出来ませんでした。大恩あるお二人に隠し事をしていたこと、本当に、申し訳ありません……」


 フィオナは静かに頭を下げる。


 知性を得た魔物は魔族と呼ばれ、より進化した者は人間を凌駕するほどの力と知恵を持つ。クインフォはその中でも特に魔術を得意とする聡明な種であり、ゆえに無益な戦いを好まず、古くから人々と交流を持ち、支え合ってきた歴史がある。


 一口に魔族と言っても、魔王に仕えて人を敵視する好戦的な者たちと、そうでない者たちがいる。

 キングオーガのような者は前者であり、クインフォは後者の一族だ。クレスも、旅の途中でクインフォの魔族に助けてもらったことがある。そのように、人を理解し、共に歩もうとする魔族たちもいる。


 既に魔王がいなくなった今、多くの魔族たちは人と戦う理由も失った。必ずも敵対すべき存在ではない。

 魔族との『混血種』は昔から存在したが、現代ではその数も増えている。


 しかし――そう冷静に考えられる人間ばかりではない。


 多くの人々は本能によって『魔族』そのものを畏怖し、遠ざけ、拒絶する。それは魔族によって大切な者の命を奪われた経験があるからだ。歴史があるからだ。


 フィオナも同じ経験がある。魔物の――魔族の恐ろしさはよくわかっている。


 だから彼女は隠してきた。


 アカデミーの仲間にも、大切な家族にさえ。

 自分の存在で、周囲の人々の平穏を奪わないように。

 クレスに気付かれるまで、たった一人で、誰にも明かせず。

 おそらく、両親から問われるまで話すつもりはなかったのだろう。


 フィオナは、怯えていた。

 

 どんな反応をされるのか、恐れていた。


 多くの人々が魔族をどう思っているか知っている。

 クレスが何の偏見もなくフィオナを受け入れられたのは、クレスがたまたまそういう人間であったからに過ぎない。


 もしかしたら、また家族を失ってしまうかもしれない。

 それも、前とは違う形で。

 本当の家族を――すべての仲間を失った経験を持つフィオナにとって、その恐怖は計り知れないものだろう。


 クレスは、フィオナの背中にそっと手を添えた。



「――俺がいるよ」



 それだけだった。


 それだけの言葉で、フィオナは顔を上げることが出来た。

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