伝説の樹の下で4

「それじゃ、今日はこれまで」

 午後の授業の後のホームルームは担任の辻先生の一言で終わる。

 クラス委員長――高橋さんの号令で礼をすると、教室の雰囲気は一気に放課後のそれへと変わっていく。


「徹、帰るだろ?」

 前の席で早くも荷物をまとめている徹に声をかけた。


「ああ。慎一郎、お前もだろ? 一緒に帰ろうぜ」

 おれも徹も部活動はやっていない。徹は昼食代を稼ぐために毎日コンビニでバイトの日々を送っている。おれは単純にしっくりくる部がなかったからだ。


「ああ。ちょっと待ってくれ。今準備を――」

 そう返事しようとしたとき、教室の前の方から徹を呼ぶ声が聞こえた。辻先生である。


「栗山! これから職員室に来なさい。話がある」

「え!? 俺これから帰るんですけど!」

「いいから来るんだ。これからお説教だぞ。お前、黒魔術の実習でやらかしたそうじゃないか」

「くそー! 俺の放課後ライフが! はなせー!」

「いいから来い!」

 文字通り辻先生に引きずられていく徹。すまん。おれにできることは何もない。恨むなよ。


「先に帰るからな」

 聞こえたかわからないがそう声をかけて教室の中を見渡した。教室の雰囲気はすでに放課後モードになっており、今まさに教室を出て帰宅の途につく生徒もいれば、この自由時間にクラスメイトと語らう生徒もいる。


 今井さんはいない。あの時のことを謝ろうと思ったんだけど、また明日にしよう。


 教室の隅では何人かの女子が雑談に興じている。黄色い声に顔を向けてみると、高橋さんと目が合った。しかし、すぐに目をそらされてしまう。

 高橋さんは同じグループにいる瑠璃の話を聞いてけらけらとわらい、肩を叩いた。

 ――何かもやもやする。


 高橋さんは同じクラスだが、あまり話したことはない。けど何故か今日に限ってとても気になる。

 またあの違和感……なのだろうか。


 そんなことを考えながらぼーっと女子の談笑を見ていたら、瑠璃がこちらを見ていることに気がついた。にこりと笑う瑠璃。

 何だか急に気恥ずかしくなり、おれは逃げるように教室から出て行った。

 もう帰ろう。




 教室を出て、昇降口に向かう。廊下にはまだ残って雑談に興じる生徒達や、部活動に向かう生徒達がいた。中庭ではどこかの部の部員が筋トレをしているのが見えた。

 おれにはここから先の時間、学校では部外者となる。


 まるで逃げるようにそそくさと自分の下駄箱に向かい、靴を履き替える。

 と、下駄箱の中に何かが入っているのが見えた。紙……?


 下駄箱の中から紙を取りだした。薄いピンク色の封筒だ。封はされていない。宛名も書かれていないが、入れ間違えたのでなければおれ宛の手紙だろう。

 なんだろうと思って封筒から中の手紙を出す。二つ折りになっていたそれを開いて中を見た。




 浅村慎一郎さま

 放課後、校舎裏の伝説の樹の下でお待ちしております。

 大切なお話しです。必ず来て下さい。




 一瞬心臓が跳ね上がった。これでも健康的な男子高校生だ。かわいらしい封筒にかわいらしい文字でそう書かれていたら誰でも一瞬ドキッとするはずだ。


 しかし、すぐにこれは徹のイタズラだろうと思い至った。

 おおかた、おれをかつごうと手紙を入れたはいいが、辻先生に呼び出されたせいで間の抜けた状態になってしまったのだろう。


「どうするかな……」

 昇降口で靴を脱いだままの状態でおれは少し考えた。


 まあ、徹が忘れてないなら来るだろう。それを待つのも悪くはない。お説教と言ってもそんなに時間はかからないだろうから。

 靴を履き替えて校舎裏へと向かうことにした。

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