枯れ尾花6
音楽室から逃げるように立ち去った二人は、最後くらい花火を見ようということで校庭の方へと向かうことにした。
「今からなら最後の一斉発射には間に合うかもしれないぜ」
「うん。それ、見たい」
音楽室で聞こえた歌声は聞かなかったことにして退散してきた二人は、花火大会の最後に間に合わせようと本校舎の方へと向かう。
「あれ……?」
その途中、階段の踊り場付近に何か小さいものが転がっているのが見えた。登ってくるときはトイレから逃げるのに夢中で気づかなかったようだ。
「なんじゃこりゃ?」
斉彬がつついてみるとそれはコロリと転がった。石のようだが、四本の突起が出ていて自然の石には見えない。
見ようによっては手足を前に突き出して四つん這いになっているように見えなくもない。……頭は見当たらないが。
「あの時、送り出したレムちゃんだわ」
「あの時って、本校舎の屋上から排水溝に入れた?」
「うん。何か問題が生じたとき、自動でわたしの所に戻ってくるようにしてたんだけど……落ちた衝撃で頭が取れちゃったんだと思う。……がんばったね」
こよりは半壊したゴーレムの頭のあった部分を撫でた。
「もしかすると、こいつがオレ達を追い回した首のない子犬だったのかもしれないな」
「そうだね。きっとそうだよ」
こよりがぱん、と手を叩くと、ゴーレムは役割を解かれてもとのブロックの破片へと戻っていった。
「ありがとう。ゆっくり休んでね」
こよりはゴーレムだったものに軽く手を振ると立ち上がった。
「ねえ、斉彬くん」
ブロックの破片を見つめならがこよりは斉彬に切り出した。
先に進もうと一歩を踏み出していた斉彬が足を止めて振り返る。
彼女にはのどに引っかかった魚の小骨のように心に残るものがあった。それを今話してしまおう。たとえ、それでこの好青年との関係が切れたとしても。
しかし、こよりが切り出すよりも先に斉彬が言葉を紡いだ。
「あ、そうだこよりさん」
こよりが斉彬の方を見る。彼の顔はこよりが驚くほどの明るい笑顔だった。
「オレさ、考えたんだけど」
そしてこよりの方へ歩み寄り、呆然と斉彬を見ていたこよりの両手を握った。
「こよりさんがどんな隠し事をしていても、こよりさんはこよりさんだ。例え……そう、男だったとしてもオレの気持ちは変わらないから!」
「…………!」
「だからさ、そんな無理して言おうとしなくてもいいぞ」
それは全肯定であった。こよりが感じていたもう同じ関係ではいられないという不安。それらをすべて吹き飛ばす一言。全てを赦し、受け入れる一言。
受け入れられた――。涙が出るほど嬉しかった。ここで泣くと斉彬を困らせるだけだとわかっていたから涙は必死で堪えた。
当の本人はおそらく、そこまでは考えていなかったのだろう。のんきに笑顔で「いや、でも男はいやかな」などと言っている。
「もう! わたしはちゃんと女の子です!」
自然と笑顔になる。
「おっと、もうだいぶ盛り上がってるぞ。行こう、こよりさん」
斉彬が手を差しだし、こよりは自然と斉彬の手を取った。それでこの話は終わり、そういうことだ。
「はい!」
これ以上この心優しい三年生を困らせるようなことはやめよう。またいつか、こんな改まってではなく、自然にいえる日が来るまでこのことは封じておこう。
「よう、お前ら一緒だったのか」
本校舎で靴を履き替えて外に出たところで斉彬が二人で花火を見ていたらしい慎一郎と結希奈の姿を見つけた。
「それでどうだったの、こよりちゃん?」
結希奈がこよりの隣にやってきて、こよりの“告白”の顛末を聞いてきた。
もう、迷うことはない。誰はばかることなく彼女たちを“戦友”と呼ぼう。安心して背中を預け、預けられる仲間と。
「そのことなんだけど……」
その日、ひときわ大きな花火が打ち上げられ、〈竜王部〉の少年少女達を照らした。周囲から聞こえる生徒達の歓声が、彼らがこの生活を心から楽しんでいることを雄弁に物語っている。
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