枯れ尾花2
「あのね、斉彬くん。わたし、本当はこ――」
「待って、こよりさん」
斉彬がこよりの言葉を遮るように彼女の前に手のひらを向けた。
一瞬、こよりの隠し事などいきたくないと言うことかと思ったが、違うようだ。
「何か聞こえるぞ。人の声……?」
「えっ……?」
言われて、耳を澄ませてみる。花火の音にかき消されてしまっているが、その合間によく耳を澄ますと確かに何かが聞こえてくる。
――た――す――だ――
「ほんとだ……」
しかも、よく聞いてみると人の声にあわせてぶきみな音色が聞こえてくる。
「もしかして、屋上にいた連中はこれを聞いて逃げ出したんじゃないか?」
「どういうこと……?」
「あー、そっか。こよりさんは転向したばっかりだから知らなかったのか。あるんだよ、北高にも。七不思議って奴が」
「七不思議……」
「どうやら、ここから聞こえてくるみたいだな」
斉彬がしゃがみ込んだその先には穴が空いていた。雨水などを排水するための穴だ。十センチかける十五センチくらいの長方形で、そこにはゴミが入らないように金属製の網がかけてある。
「じゃあ、ちょっとこの先を調べてみようか」
屋上から逃げ出した生徒達と斉彬たちの最大の違いはこよりが北高七不思議について知らなかったということに尽きるだろう。知らないものは怖がりようがない。
「調べるって……どうやって……?」
「えっとね……。こういう所には必ずあるものだけど……あった」
こよりは少し離れた場所にあった床のコンクリートが欠けてできた破片を持ってきた。手のひらに載るほどの小さなものだ。
それを手のひらに置いたまま、こよりは呪文を唱え始めた。
破片は淡く光り出し、やがて人型を形作っていく。
数分後には手のひらサイズのゴーレムができあがっていた。
「レムちゃん、お願い」
こよりが命じると、ゴーレムのレムちゃんはビシッと敬礼をして斉彬が力任せで網を取り外した排水溝の中へと入っていった。
「それで、どうするんだ? ゴーレム入れてもここからじゃ中の様子はわからないだろ?」
斉彬の指摘は的確だ。ゴーレムは簡単な命令なら忠実に実行できるが、見たものを説明するなどという高度なことには向いていない。
しかし、その指摘にもこよりはにこりと笑う。彼女は制服のスカートのポケットから丸い円盤状のものを取り出した。
「…………?」
不思議そうな斉彬をよそに、こよりはぱかりと円盤状のものを二つに開いた。中にはスポンジパフと鏡がある、化粧のコンパクトだ。
「さっき作ったレムちゃんには仕掛けがしてあってね、ここに――」
コンパクトの鏡部分に映っている像が揺らぎ、別の像が浮かび始める。
「レムちゃんが見たものが映し出されるの」
「なるほど! さすがはこよりさん!」
確かに、鏡に映る像は暗い通路の中を進んでいるように見える。
コンパクトからは音こそ聞こえないものの、レムちゃんは例のぶきみな音がより強い方角へ進むように設定してある。
暗がりを進み、途中で何回か曲がり角を折れて更に進んでいく。その歩みはゆっくりだったが、石のこびとは頼もしい足取りで確実に進んでいく。
と次の瞬間、鏡に映っている景色が突然ありえない速度で下に流れ出した。
「あっ!」
こよりが小さく声を漏らすもなにもできず、そのまま映像は途切れてしまった。
「どうした? 何が起こったんだ?」
「多分……音のする方へ行こうとして雨樋から下に落ちたんじゃないかな」
ゴーレムは音のする方へと設定してあったが、目の前に歩ける通路があるかどうかまでは斟酌しない。音のする方向へまっすぐ進んだら地面がなくてそのまま中庭に落ちてしまったのだろう。
「でも、これでどこから音が聞こえてくるかわかったわ」
「ホントか?」
「ええ。行きましょう、特別教室棟へ」
「おうよ!」
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