馬耳東風
馬耳東風1
聖歴2026年8月19日(水)
校舎前に集まるのは今日二度目だ。徹と別々に行動した朝とは違い、今度は全員での行動となる。
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
出迎えに来たイブリースが折り目正しく頭を下げた。長い金色の髪がさらりと落ちた。
「任せてください! 大舟に乗った気持ちでいてくださいよ!!」
朝そうしたように、徹が胸を張ってどんと叩く。しかしその空元気も弓道部が壊滅したという事実とこれから“午”の〈守護聖獣〉と戦うという緊張感の前にかき消えてしまうようだ。
「あとはおれ達に任せてください。副会長は怪我した人たちの治療を」
「お気遣い、ありがとうございます、浅村君。どうかご武運を」
イブリースは校舎の中に駆け足で戻っていった。
『では、わしらも行くぞ』
メリュジーヌの号令の元、慎一郎たちも校舎脇から〈竜海の森〉へと向かっていった。
北高から〈竜海神社〉へと向かう整備された道を途中で折れて、森の中へと入る。
「こっちです」
一行は彼女の案内で木々の間を抜けていく。
〈竜海の森〉はそれほど木の密度が高いわけでもなく、案内がなくても目的地にたどり着くことは可能だったが、ことは一刻を争う。事情をよく知っている彼女の案内は渡りに船であった。
剣術部とは異なるデザインの紺色の袴。胸には革でできた弓道の胸当てをつけ、背には大きな弓を、腰には矢筒をかけている。
長い髪を後ろで縛った白いはちまきは彼女の決意の表れだ。
「お願いします。部長を……助けてください!」
空き教室で慎一郎たちに弓道部壊滅の顛末を語り、未だ〈竜海の森〉に残されている部長の救助を求めた楓は、全てを語った後慎一郎たちへの同行を願い出た。
願いはもちろん、部長の救出だ。
楓には部長を置いてきてしまったという後悔と自分だけが無傷であることの
楓の案内のもと、慎一郎達は森の中を黙々と進んでいく。途中、小型のモンスターを何匹か見かけたが、いずれも向こうがこちらを見つける前に楓の弓の一撃により撃退していた。
『なかなかの腕前じゃの』
メリュジーヌがその腕前を賞賛するが、残念ながらその声は気持ちが張り詰めている本人には届かない。
「今井さん、ウマが突然出たことについて心当たりは?」
木々の間を迷いなくすいすいと歩いて行く楓の後ろについて慎一郎が訪ねた。
「特には……。あ、でも、あの近くにヘンテコな小屋があったんですよ。それが関係あるかもしれないです。そこ、根が出てるので気をつけてください」
「おっとと……って、小屋?」
根に足を取られて転びそうだった徹が聞き返した。
「はい。軽自動車くらいの大きさで、赤い屋根に白い壁で……」
「それって、もしかして……!」
いち早く気づいたのは結希奈だ。メリュジーヌも同じ事を考えたらしい。
『うむ。“午”のほこらじゃな』
「今井さん、それって、いつからあったの?」
詰め寄るような結希奈に楓は少したじろいだ。
「えっと……。最初から? 少なくとも、弓道部が森を巡回するようになってからはずっとありましたけど……」
「そんな……」
『ふ……ふははははははははは!』
メリュジーヌが突然笑いだした。楓以外の生徒たちはそれを見て唖然としている。
「ジーヌ?」
『傑作じゃ! わしらがこの数週間、必死になって探しておったほこらが地上にあったじゃと? しかも最初から? これを笑わずに何を笑えと言うんじゃ!』
メリュジーヌが腹を抱えて笑う。目からはうっすら涙まで流れている。
『しかも、今のこの時期に〈守護聖獣〉が現れることでその存在が明らかになるとな? ふはははははははは!』
次の瞬間、その表情は一変した。
『気に入らんな。誰だかは知らぬがこの竜王をコケにした報い、いつか思い知らされてやる』
「メリュジーヌは誰かが裏で操っていると?」
『そうであろう? でなければ、できすぎておる』
確かに、と慎一郎は思った。最初からわかっていればこんなに遠回りをしなくて済んだし、今このタイミングで“午”の〈守護聖獣〉が出てきてほこらの存在が明らかになるのも都合が良すぎる。
だとしたら、誰がどうして?
しかし、その疑問はいくら考えても答えの出るものではなかった。
「待って」
黙々と進む一行をこよりが止めた。
「こよりさん?」
「多分、この先にいる」
その一言で楓を含めた全員が戦闘態勢を取る。しかし、何も聞こえないし何の気配も感じられない。
「静かすぎると思わない?」
こよりは斉彬の鞄の中からあらかじめ調合した専用の石を取り出しながら言った。
「まるで誰かが息をひそめて待ち伏せしてるみたい」
『なるほど……。そういう考えもあるのじゃな』
メリュジーヌのような
「ここからは警戒しながら進んでいこう。今井さんは後ろに」
「は、はい」
慎一郎の指示で全員が密集隊形を取る。
前衛に慎一郎と斉彬。中衛の結希奈と徹を守るように後衛にこよりと楓、その後ろにこよりのゴーレム、レムちゃん。
周囲に気を配りながらゆっくりと、しかし油断なく進んでいく。
しかし、結果的にはそれは不要だったようだ。
そこから五分ほど歩くと突然、木々が開ける場所に出た。
そこはすでに〈竜海の森〉の北端。もう少し進めばおそらく見えない壁があるだろう。
広場の奥にはかつて慎一郎たちが最初に地下迷宮へと入っていった“子”のほこらによく似た小屋が建っている。“午”のほこらだ。
よく見ると、ほこらのすぐ近くの木が根元から折れており、小屋の一部を破壊している。そのような部分まで“子”のほこらのようだった。
木は雷に打たれて倒壊したのだろうか、幹はひび割れており、その内部は黒く炭化している。
『木が倒壊し、ほこらが破壊されたことよってウマどもが地上に現れたとみるべきじゃな。ますます気に入らん』
「昨夜の雷があそこに落ちたんじゃねーの? 昨日の雷は凄かったからな」
たまたまだという徹にメリュジーヌの表情は険しくなる。
『トオルよ、一つ二つならまだ偶然と言えるだろう。しかし、三つもの要素が重なって起こった出来事はもはや偶然とは呼べんのじゃよ』
ほこらを取り囲むように十数頭のウマのモンスターと、中央にはそれよりもふたまわりほど大きな黒いウマがいる。その額には鋭い角が二本生えており、背には一本の矢が深々と突き刺さっている。
『バイコーン……』
メリュジーヌがつぶやいた。不純を司るとされるその二角獣は、“堕ちた”という〈守護聖獣〉にふさわしい姿であった。
そして――
「先輩!」
楓が叫んだ。ほこらの前に横たえられている楓と同じデザインの袴を着た女子生徒。あれが弓道部の部長だろう。
楓が思わず駆け出そうとしたのを、慎一郎が手をつかんで止める。
「一人で行ったら危ない!」
その一言で楓は冷静になったようだ。慎一郎に頭を下げる。
「そ、そうですよね……すみません……」
「くそ、ここからじゃ状況がわからんな……」
斉彬の言葉にこよりが頷いた。
「どのみち、救出するにはあいつらを倒さないとダメみたいね」
こよりはあらかじめ創っておいたゴーレムに加えてもう三体を新しく創りだした。結希奈と徹は呪文を唱えはじめ、楓は矢をつがえる。
斉彬と慎一郎は各々剣を構える。臨戦態勢だ。
『気をつけよ。バイコーンは魔法を使うと聞く』
メリュジーヌの情報に一同がさらに気を引き締める。
バイコーンがこちらを見た。瞬間、その姿が大きくなったように見えた。
「……気のせいか」
目を擦って見返してみたが、その大きさは以前と変わらない。バイコーンの威圧感がそう見せたのだ。
「来るぞ!」
斉彬が叫んだ。その瞬間、バイコーンを除く周囲のウマたちが一斉にこちらに向けて駆け出してきた。
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