人と竜と鬼と4
聖歴2026年7月31日(金)
慎一郎が右手に持った剣を確かめるように振る。
シュッと空気の切れる音が聞こえる。これまで使っていた剣よりも軽くて鋭い音だ。
もう一度、今度は左手に持っている剣を振った。
同じように切れ味の良い音がする。握った感触は今までと同じながらも、今までよりも軽くなっているので、より速く、違和感なく振ることができる。
三回目。今度は頭上に魔法で浮かせている剣を振った。
これも問題ない。この三本目の剣は手に持つ二本の剣よりも更に軽量化が施されており、これまで以上に少ない魔力で扱うことができた。
先日のトラとの戦いでなくした剣に変わって、昨夜遅くに〈竜王部〉の鍛冶担当である
「よし」
名前はともかく、慎一郎はこの新しい剣をすぐに気に入った。軽くなっているのに感覚は今までと変わらない。それに加えて、彼の〈副脳〉ケースを作ったときのノウハウが生かされており、剣身には切れ味が鋭くなる魔法が込められている。魔法の剣だ。
遠くからカン、カンという鉄を叩く音が聞こえてくる。〈エクスカリバーⅡ〉を見た斉彬が自分のも新しくしてほしいと言っていた。きっと今鍛えているのはそれだろう。
『うむ。なかなかの品じゃ。これでしばらくは戦えるようになるの』
それを傍らで見ていたメリュジーヌも満足げだ。彼女は竜人時代、“剣聖”と呼ばれるほどの剣の使い手で、数々の伝説の剣を手にしていた。見る目は確かだ。
『せっかく空いた時間じゃ。新しい剣を手に馴染ませるために素振りでもしておけ』
「わかった」
『とりあえずはそうじゃな……それぞれ一万回ずつでよかろう』
メリュジーヌの指示に従って黙々と剣を振る。三ヶ月前はまともに剣を握ったことがなかった慎一郎だが、今ではそれなりに様になってきているとメリュジーヌは言う。しかし、彼自身はそうは思っていなかった。
――強くなりたい。
慎一郎の偽らざる心境だ。
トラのモンスターに手も足も出すことができなかった。それどころか、トラに見つからないよう、岩陰に身を隠して息をひそめることしかできなかった。
もうあんな惨めな目には遭いたくない。その想いが慎一郎の身体を動かす。
今日の迷宮探索は午後からだ。徹と結希奈は迷宮内にある剣術部の部室近くにある“
残りのメンバーは自由行動だ。おそらく、斉彬はランニング、こよりは新しい薬剤の調合をしているだろう。
今ここでは慎一郎の剣を振る音と、遠くから聞こえてくる姫子の剣を鍛える音しか聞こえてこない。時々ふたつの音がシンクロしたかのようになるのがおかしかった。
この時間、中庭にやってくる生徒はあまりいない。集中して剣を振るには絶好の場所だ。こういう時、メリュジーヌはほとんど何も言わない。それが彼女の指導方針だ。
そんな風に鍛錬をしているとき、リズムよく聞こえる空気を切り裂く音をに分け入るような足音が聞こえてきた。足音の主は少し急いでいるような調子でこちらに向かってくる。
「結希奈」
慎一郎は三本の剣を鞘に収め、やってきた人物の名を呼んだ。剣術部の部室へ行っていたはずの結希奈だ。そのあと、“戌”のほこらの再建をしてるはずだが……。
『ほこらの再建は終わったのか? ずいぶん時間がかかったようじゃが……』
メリュジーヌの言葉に結希奈は表情を曇らせる。
「それが、ちょっと困ったことになっちゃって……」
「はぁ? どういうことだ、それ!?」
「斉彬くん、落ち着いて……」
「…………ごめん、こよりさん」
テーブルを叩いて立ち上がった斉彬がこよりの一言で冷静になり、再び席に着いた。
『それで? ユキナよ、もう一度、最初から説明してくれ』
「うん……」
昼下がりの部室、そこで作業をしていたこよりと合流し、外でトレーニング中の斉彬に戻ってきてもらい、結希奈は午前中に起こった出来事の報告を始めた。
「結論から言うと、剣術部は“戌”のほこらの再建を認めないって……」
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